何事もそうですが、素人と玄人は違います。残すところあと1話となった大河ドラマ「真田丸」でも、素人と玄人の違いが描かれていました。
関ヶ原の戦いから10年以上が経過して始まった大阪の陣。ここに多数参加している若い兵のほとんどが合戦の素人であるのに対し、彼らを指揮する猛者たちは合戦の玄人。合戦が何たるかをよく知っています。真田丸での戦いの時のこと。初陣を飾る、真田幸村(信繁)の息子、大助は徳川の軍勢を見て恐れをなします。初陣ですから、ビビるのも仕方がありません。その姿を見た幸村はこう言います。
「軍勢を塊とみてはならない。大きく見える軍勢も所詮、一人ひとりの集合体である」
幸村は徳川勢に対して、豊臣方が仲間割れしているように見せかけたり徳川勢をからかったりすることで、わざと攻撃を仕掛けさせます。しかも、攻めてくる徳川勢は堀を降りて登ってくるために、塊だった軍勢が一人、また一人と分断されていきます。そこを、幸村率いる豊臣方が一斉に狙い撃ちにするのです。かくて、真田丸の戦いでは、幸村は徳川方を完封。まさに玄人の戦いと言えます。
また別の場面では、どちらかといえば素人に近い徳川秀忠が、「真田丸など攻め潰せる」と豪語しますが、家康と本多正信にたしなめられます。「お味方の犠牲を出さずして勝つのが戦です」と。このシーン以外にも折に触れ、玄人の家康が素人の兵士に対して戦法を指導する場面が描かれており、素人と玄人ではアプローチの仕方から全然違うことを気付かされます。
もちろん、何事も玄人が良いというわけではありません。がしかし、素人だけで結果を残すのは容易ではありません。歴史に「たら」「れば」は禁物ですが、仮に秀忠が徳川勢を陣頭指揮していたら、徳川勢は負けていたかもしれません。素人だけでは、勝てるものも勝てなくなるといったことが起こり得るように思います。
前置きが少々長くなりましたが、このことは、私は知財にも通じると感じています。私の経験上、素人だけで知財に取り組むと、絶対にいい結果を生みません。では、知財における素人と玄人の違いは一体、どこにあるのでしょうか。
知財における素人と玄人の違いとは?
このコラムではズバリ、素人と玄人の違いは「知財によって利益率を高められるかどうか」で判断することにします。要するに、「権利の利活用によって、競合を排除したり収入を得られたりすることができるかどうか」という視点です。
こう言うと、「知財の取得件数の多寡によって判断するのが良いのではないか」という声も聞こえてきそうです。確かに、「特許取得件数◯◯件」というエンジニアはスゴいと思います。第9回「弁理士の腕に頼ってはいけない」で書いたように、進歩性の考え方をマスターするのはとても大変ですから。
その一方で、何件、何十件もの特許を取得して「特許を通す術」を身につけたとしても、権利行使ができるかどうかは全く別の話です。権利の利活用の際に使える権利が書けるかどうか――。私は、特許の本来の目的を考えれば、この点がやはり素人と玄人を線引きするポイントになると考えています。
「権利行使できるかどうか」については、クレーム(特許請求の範囲)の書き方が極めて重要な要素となります。クレームの表現が甘いと、知財が侵害されることなく事業だけが模倣されてしまいます。こんな事態を許してしまえば、せっかくの知財が水の泡。そんな事例を紹介しましょう。まずは、下のクレームを見てください。
これは、食品分野で実際に存在する特許です。このクレームを見て、何か問題を感じましたでしょうか。「製法特許は、仮に侵害されても立証が難しいのではないか」と思われた方が結構おられるのではないでしょうか。確かに、その通りです。そこで、次のように書き換えてみました。下線部が書き換え部分です。
ご覧の通り、修正案1では、「製法」から「もの」のクレームに修正しました。これにより、製法特許ではなくなりましたが、どこか違和感を覚えませんか。もののクレームとはいえ、その内容は主に製法について書かれているからです。「(ものとして)何が違うかよく分からないけど、何かが違う」と、感じられるのではないでしょうか*1。
*1 このようなクレームを専門用語では「プロダクトバイプロセスクレーム」と呼びます。少し前までは一般的でしたが、最近ではNGとされています。裁判例などもありますが、これ以上の言及は控えます。
クレームを見てダメ出しできるか?
では、修正案1が持つ違和感を払拭するには、どうしたらよいと思いますか。
そう、製法のクレームではなく、結果物のクレームにするのです。実は、この製法の特徴は良い香りを逃さない点にあります。そこで、香りを特定した、結果物のクレームに修正してみます。
だいぶ改善されてきましたが、修正案2では香気成分が特定されていません。そのため、権利行使の際には明細書を見なければ、香気成分を特定できません*2。このことが何を意味するのかと言えば、裁判で不利益になる恐れがあるということ。権利は、クレームに基づいて判断されます。従ってクレームに書かれていないことは、一義的には判断対象にはならないのです。そこで、次のように修正します。
*2 香気成分が特定されていないこの例では、審査において「発明が不明確である」と、拒絶される可能性すらあります。
修正案3では、化合物の名称で香気成分を特定したことに特徴があります。これにより、だいぶ使えるクレームになりました。「使える」というのは、「利活用できそう」という意味。その理由としては、[1]もののクレームである、[2]結果物で特定されている、[3]クレームだけで判断される裁判でも使える程度に特定されている、の3つがあります。
以上、実際の事例を基にして修正した案を見てもらいましたが、実際に出願前においてこのような修正ができるようになるためには、エンジニアがクレームを単に見るだけではなく、ダメ出しして修正指示ができるかどうかにかかっています。
誰がどう修正指示をするのか?
本コラムの第6回「あの模倣品をやっつけろ」で書いたように、ダメ出しをするのは、発明したエンジニア本人では難しいと思っています。本人の視点では、かなり主観的になってしまうからです。そこで、第6回では、「隣のエンジニアアプローチ」を紹介しました。
同アプローチは、文字通り隣に居るエンジニア(上司)が模倣者役になって、作成中の特許を侵害せずに模倣ができるかどうかを考えるという試みです。これにより、クレームがより明確になりますが、ただし、隣のエンジニアの腕が悪ければ何の足しにもならないことも。
こうした事態を防ぐには、隣のエンジニアがレビューする方法を明確にする必要があります。要は、どのようにして模倣者役を演じるのか、をあらかじめはっきりとさせておくのです。そこで、私が提案するのが、「構成要件分解アプローチ」。構成要件、すなわち発明特定事項ごとに、証明方法を記載する方法です。例えば、前ページの修正案3で見てみましょう。
構成要件分解アプローチでは、「回避方法」と「分析方法」を記載することにより、当該知財にスキがないかどうかを判定することができます。まず、回避方法は、現実性があるかどうか、回避できたとして同じ性能が出るかどうか、で判断します。上術の例では、「◯◯」を「□□」に変えて回避しようとするものの同じ香りの効能が得られないために、「□□に変えることは性能が出ない」と判断します。
一方、分析方法については、回避の可否を証明するために製品をどのように分析するかを示します。ここで大切なのは、クレームに用いられる文言や意味内容が、その分析手段によって証明できるか、という点。上術の例では、◯◯という化合物の名称で特定されていますが、仮にこの名称が化合物の総称だったりすると、最適な試薬を手に入れられずに分析できない可能性が高くなってしまいます。
出願時に裁判のことを意図する
このように、「隣のエンジニアアプローチ」では「構成要件分解アプローチ」を用いて、知財を侵害せずに模倣ができるかどうかを確認することを提案しています。そしてこれらは全て、出願時に実施しなければなりません。クレームに書かれることも含めて全てが出願時に決まり、後で修正することができないからです。
これらのアプローチは別の言い方をすれば、出願時に裁判のことを意図し、裁判で意図通りに判断してもらえるようにするために不可欠なものです。クレームをレビューする際に何の指針もなくレビューすると、裁判においてその知財は意図した通りには機能しません。これ、すなわち「使えない」権利ということに他なりません。そこには、せっかく苦労して取得した知財が、参入防止の障壁にはならないという悲しい現実が待っているのです。
読者の皆さん、こうしたことがないようにいたしましょう。模倣品は、クレームを使ってやっつけるのが鉄則ですから。そこで、最後に一句。
「クレームは 裁判意図して 出願時」
余談ですが、大河ドラマ「真田丸」では以前にも触れたように、大阪冬の陣が終わり夏の陣を前にして、大阪城内の混乱ぶりが描かれています。公の約束を信じて和睦したのに、豊臣方の大蔵卿の口約束で堀は埋められ、真田丸は取り壊されてしまいます。
さらに、牢人の扱いが課題になると、彼らに報いようと金銀を配ります。ところが、浪人が武器を買い集めてしまったために、徳川方には「戦争準備」ととがめられ、豊臣方は意図しない形で夏の陣に突入していきます。
結果はご承知の通り、幸村は戦死し、徳川方が勝利を収めます。また禁断の「たら」「れば」で恐縮ですが、もし大阪城内で上述のような混乱がなく全てが意図通りに進行していたとしたら、ひょっとして豊臣方が勝利していたかも…などとついつい考えてしまいます。
意図通りに機能させること、やっぱり重要ですよね。