しつこい営業では売れません、技術マーケティングのススメ

技術マーケティングで生産性を上げる

「二度も三度も行くなよ、無駄だと思わないの?」というのは、メーカー経営者A社長の言葉です。部下の営業部長とその部下の課長に対するものでした。

発言の場所はA社の会議室。参加者はA社長、A社の営業系の社員が10人程度、コンサルタントの私です。話のテーマは、A社での技術マーケティング業務の構築でした。

メーカー営業では商品売りが基本です。カタログに掲載された自社商品を販売するために顧客訪問します。しかし、何度も足を運ぶことで「営業はしつこい」と悪いイメージを持たれるべきではありません。A社では、そのような状況になっていました。

A社の営業担当者は足を運んで会ってもらおうとするのですが、なかなかそれが数字に結びつかないというのです。その結果として、A社では売上は横ばい、利益は低迷が続いていました。

それもそのはず。A社では何度も顧客を訪問することが「仕事」と捉えられているようでした。会議で話が最近の営業訪問に関する話題に及んだ時、営業部長と部下の課長が「何度も(同じ顧客を)訪問をする」という話をしたため、A社長の冒頭の言葉になったのでした。

叱責したA社長は営業叩き上げです。とは言え、「しつこい営業」とは無縁だったそう。昭和時代には、どぶ板で土下座して買ってもらうなどの営業スタイルも通用したと言いますが、その時代から営業第一線のA社長のスタイルはスマートそのものだったそうです。

A社長のスタイルは「営業訪問は原則2回まで」。初顔合わせとクロージングの時に行くのみ。顧客の課題や悩みの背景を深く聞き、自社技術で解決出来るものだけには提案書を作って解決提案をするようにしていたそうです。

A社長は自ら振り返って「『買ってくれ』とは言わない営業だった」と述懐されています。顧客の技術者から見てもありがたい存在でしょう。

技術マーケティングとは

ここで「技術マーケティング」と言う言葉を説明します。

技術マーケティングとは、顧客の潜在課題(潜在ニーズ)を発掘し、それを自社独自の技術で解決する事業を作り上げるプロセスです。

顧客から「こんなことできる?」と課題を提示してもらえたときには、最大のチャンスと言えます。ここで、営業は「持ち帰って検討いたします」と答えるのではなく、自社技術をまとめた一覧表を取り出して見せ、「この技術であれば、できそうですよ」と回答して、スペックを聞き出すことが理想です。

「持ち帰って検討する」という受託生産型(要望対応型、オーダーメイド)の事業形態では、どうしても課題解決までに時間が掛かり、商機を逃してしまいます。私どもが提案する潜在課題解決型(レディメイド)の事業形態は、事前に解答を用意しておくため、即座に対応が可能です。しかし、こうした対応をするためには、顧客のニーズを解決する技術を事前に仕込んでおかなければなりません。


技術マーケティングは、ニーズの「先読み」をしてどんな技術を仕込んでいくのかを積極的にリードしていく仕事です。端的に言えば、「技術者に予め技術を仕込ませ、需要に応じて出す」、これだけのシンプルなことです。


技術マーケティングについては、「BtoB技術者の技術マーケティングがざっと分かる解説」の記事で概要を解説しています。ご参照ください。

A社の話に戻します。A社長は、現役時代、自社の技術者に「仕込み」をさせておき、仕込んでおいた技術を使って課題解決提案をしていたと言います。

一方、A社の社員にはこれができていませんでした。何度も足を運ぶ、という昭和時代の営業スタイルがそのまま残っており、顧客にも嫌われるしつこい営業になっていました。

本来はどうあるべきだったか

では、本来は、A社はどのようになっているべきだったのでしょうか?

先に触れたように「技術者に予め技術を仕込ませ、需要に応じて出す」ことが出来ていればよかったのです。やるべきことは非常にシンプルでした。

技術マーケティングの流れは以下の3ステップに分かれます。

①A社顧客の技術的需要を先読みする

②先読みした結果に基づいて技術開発をする

③開発の結果を技術カタログにまとめ顧客の潜在課題を引き出す

これだけです。非常にシンプルです。

しかしながら、シンプルなことこそ実践が難しいというのはどこの世界でも当たり前かも知れません。シンプルなことで実践が難しいと言えば、例えば英会話が思いつきます。従来に比較して市販されている教材の量やレベルが上がったのは間違いないところだと思いますが、キッチリ実践できている人は多くはないのが実情でしょう。

実践すればいい事はシンプル、しかし、キッチリ実践できない。だから上達しないのです。

 技術マーケティングに話を戻しますが、上記の①~③の流れがきっちりできているのが望ましい会社です。しかし、多くの会社同様にA社でもうまくできていませんでした。

技術を予め仕込ませることもできていませんでしたし、需要に応じて技術を出すという発想もありませんでした。顧客の課題を聞いてもどうせ解決できないからか、深く調べようともしないのです。とは言え、社員としては売る責任を感じて何度も足を運んでいたというのです。

A社のその後

A社長が「無駄だと思わないの?」と言った通り、A社長は不満でした。しかし、A社長は叱咤することで十分だとは思っていませんでした。それでは何も変わらないし、変えられないのは自分の責任であると思っていたのです。

ただし、シンプルなことでも、具体的にどうやるかが分からなければ社員は実行できません。そのため、A社長が取り組んだことは、シンプルなことを具体化させていくことでした。

シンプルとはいえ、社員にとっては経験のないことです。一般的に、経験のないことを実践する上で必要なのは、その分野の知識です。そこでA社長は、社員に知識を得させ、実践させていくことに決めました。

オーダーメイドの「遅い、高い」から脱して、レディメイドの「早い、安い」にしていくためには、これまでにはない業務をしていかざるを得ません。A社が取った手段は研修やワークショップ等の社員教育(再教育)だったのです。

A社でその後何が起こっているかについて最後に解説をします。技術カタログやロードマップなどの文書がきっちり整備されているのイメージを持たれるかも知れません。確かに文書は成果です。しかし、A社長が満足しているのは、そういうポイントではありませでした。

A社長が満足していたのは、社員と業務のレベルが上がったことです。カタログ等の道具ができたことに加えて、「今まで入ってこなかった情報が入っている」と言われていました。これは、他社が取れないような情報に基づいて開発することができているという意味でもあります。A社長は確実な手応えを感じているようです。

私は何も新しいことを提案している訳ではありません。ここでお伝えしているのはシンプルなことです。技術マーケティング力は極めて重要です。化学、電気、機械など業種を問わず、成熟メーカーにおける有力な高収益化手段だと言って過言ではないと思います。

シンプルなことをキッチリやる。やりきる。

これを徹底することで高収益化は実現できるのです。

さて、あなたの会社は、シンプルなことをキッチリやるようにしているでしょうか?

この記事は日経テクノロジーで連載した記事を改訂したものです。

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