実践的な技術戦略の立て方その㉘あなたの会社でテーマ創出ができない理由は、経営者の考え方が変わらないから

「効果があれば買うんですけどね、、、」とオンライン会議越しに濁されたのは研究開発部長のA部長でした。

その発言があったのは、研究開発テーマ創出の演習を実施していた時です。会議室にいたのはA部長の他に5名。テーマ創出の演習というのは、技術者の方と営業の方などがチームになってテーマ創出を実践するものです。実践を伴うため、研修ではなく演習と言っています。

A社でも、技術者と営業の方が5名のチームになって実践していました。検討の序盤では、PEST分析などのマクロ調査を机上で検討していただきます。マクロ調査によりテーマの仮説を見出すためでした。

マクロ調査でテーマの仮説が見いだせた場合に、調査を具体的なミクロ調査していただきます。仮説を確かめるためです。ミクロ調査とは、具体的な人物へのインタビューや実機の購入などを通じて行う実務調査です。

ミクロ調査を行うのには、お金がかかります。インタビューをするのも、実機を購入するのもタダというわけには行きません。実は、このお金がA部長の頭を悩ませたところでした。

どういうことかと言えば、マクロ調査で行うのは机上の調査。いわば、グーグルで検索するもの。そのため、手間はかかりますが、外部支出が伴うものではありません。一方、ミクロ調査はググって済むものではなく、外部支出を伴うものです。

会社でお金を使うとなると、発生するのが稟議です。稟議書には、「なぜ必要なのか」、「どんな効果があるのか」を書かなければなりません。そして稟議書は上司に見られるもの。色々と説明をしてご納得いただかなければなりません。

演習の過程で必要となる、外部支出を伴う調査の稟議書を書くかどうか、について議論になった時、冒頭の発言になったのです。

A部長の頭にあったのは忖度

オンラインでしたので、A部長の表情までは分かりませんでした。A部長の口調が渋い理由が分かりません。それで私はA部長にその背景について質問をすることにしました。

「効果がないものが買えないのは分かるのですが、効果があるかどうか分からないものはどうなるのですか?」と私が聞くと、A部長は「効果があるかどうか分からないもの?うーん…」と押し黙ったようになったのです。

それでもA部長は何かを答えようとしている様子。ただ、その発言内容をテレビのテロップ風に表現したとすれば「*%$◯✕△□…」と表示されるような感じで、何を言っているのか分からなかったです。

要領がつかめない私は「ついでに言えば、テーマ創出の調査は効果があるかないか事前にわからない支出がほとんどですけど、会社としてのスタンスはどうなっているのですか?」と聞きました。少したたみかけるような口調になっていたかもしれません。そうするとA部長はさらに黙ってしまいました。

沈黙の長さから、私の質問がA部長を困らせている事に気づきました。会議室もシーンとなってしまいました。しかし、その沈黙により、A部長が答えに窮した理由に気づくことができました。

私の見立てでは、A部長は答えを知らない訳でも、難しすぎて困っている訳でもありませんでした。ただ、言いたくても言えなかっただけなのです。なぜA部長は言いたくても言えなかったのでしょうか?

一言で言えばそれは忖度(そんたく)というものでしょう。

A部長の胸中を察するに以下のようなものだったと思われます。「テーマ企画に調査が必要なのは承知している。お金が必要なのも分かる。しかし、当社経営者が過去に求めてきたものは投資対効果であって、『効果がないと認めない』という雰囲気がある。過去、効果があるかわからないものはことごとく却下されてきた。だから、今回の提案が通るとは思えない。」

忖度とは、必要な情報を上げないこと

話は横道に逸れるようですが、忖度の意味を象徴する出来事が最近ありました。プーチンの戦争の開戦当時(22年3月頃)のことです。「プーチンは戦況に関する正しい報告を受けていない」という情報がありました。正しい報告をすると粛清されることを恐れて誰も正しいこと(時には耳の痛いこと)を言わなくなることが背景説明されたのを記憶しています。

コトの大小はあれど、A部長を取り巻く環境は似たようなものだったのだろうと思われます。A部長は上を忖度するあまりに、稟議を上げるか上げないか迷っていたのです。上げないと部下に示しがつかない。一方で、上げれば却下される。

客観的に見ると、A部長の苦悩は大したものではないかもしれません。単なる中間管理職の悲哀とも受け取れそうです。ただ、A部長は頭の良い方でしたので、悩みの小ささはご自身がよく分かっていたと思います。

しかし、私にはこの話がA部長の器の大小の問題のようには見えなかったのです。私の考えでは、A部長の苦悩はその上の経営者が大きくしたものでした。

一般的に、社員が正しい情報を上げるかどうかは、正しい情報を上げたときに得するか損するかで決まります。上記のプーチンの戦争での例の通り、部下は損をすると思えば正しい情報は上げないのです。社員が損をすると思うかどうかは、日常のコミュニケーションに求められます。

経営者が社員から耳の痛い報告を聞いてその社員を叱責していれば、社員は損をすると思うでしょう。叱責でなくても不機嫌な顔でも社員に送るシグナルとしては十分です。次からは社員の忖度が働き、十分な情報が上がってこなくなるでしょう。

そのような積み重ねがA部長の周りであったのだろうと思います。そしてそれがA部長の悩みを生んだと言えるでしょう。

口では「新規事業」と言い、実際は反対の経営者が多すぎる

A部長の上司にあたる経営者は口では「新規事業」と言っていました。いいえ、口だけではありません。冒頭ではテーマ創出演習をしていたことを説明しましたが、その予算は承認したのです。なので、口だけとは言えません。

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しかし、経営者の考え方はそれほど変わっていなかったのです。「効果があると分かっていることだけをやる」、「ムダを無くす」などは既存事業には必要な考え方ですが、新規事業も同じような考え方で対応できると考えていたようです。本来であれば、経営者自身が新規事業に必要な考え方を備えて、自分自身を変えておかなければなりませんでした。そうすればA部長の悩みはなかったのです。

そしてこのようなことは、A部長の会社に限った話ではありません。口では「新規事業」とか「自由にテーマ設定を」とか言ってはいるものの、行動が伴わない経営者が非常に多いのです。行動とは、現場でどんな阻害要因があるかを把握して、それを積極的に取り除くことです。

私の観測では、待ちの姿勢の経営トップが多すぎます。報告が上がるのを待つ姿勢です。辛抱強いのは否定しませんが、こんなトップに接すると「そんな待ちの姿勢で、任期中に結果を出せると思っているのですか?」とお聞きしたくなります。

何事も待ちの姿勢で結果が出るほど甘くはありません。研究開発然りです。タダでさえ長い時間がかかるのが研究開発ですから、待ちの姿勢であればさらに長くかかるのは自明の理です。

今回の話はA部長のお悩みから始まりましたので、読者の皆さんは「小さな話だ」と思われたかもしれませんが、私はそうだとは思えません。なぜなら、トップの言動が結果に直結する話だからです。任期中に結果が出るかどうか、その結果を左右すると言っても過言ではないでしょう。

それで、これを読んでいる経営トップの方には、ぜひご自身の行動を自問自答していただきたいと思います。

あなたの言動は新規事業の創出を促進していますか?それとも、阻害していますか?

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。

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