実践的な技術戦略の立て方その㊼「中期経営計画テーマはゾンビテーマである」

「これまで説明した内容から、本テーマは中期経営計画の『サステナブル事業領域』に当てはまるものです。」という技術者の説明を聞いて、質問は起こらず、そのテーマは採択されました。

場所はとあるクライアントの会議室。その会議に私はコンサルタントとして同席していたのですが、そこには説明した技術者の他、社長をはじめ、役員級、部長級、課長級も出席していました。その数ざっと30人はいました。

説明した技術者は自身の説明後に質問がなかったことがやや残念そうでした。とはいえ、30人もいればスムーズに会議が終了するのが誰にとっても合理的なもの。自分が質問すれば自分以外の時間を奪うと考えがちです。よくある予定調和的な雰囲気がその会議室にはありました。

当日の私の立場は外部のコンサルタントでした。クライアントとしてはせっかく外部者を呼んだのですから、私にはなにか言うことを期待されていたのかも知れません。ただその日は調査の一貫として、その会議様子を見るのが目的でしたので発言せずにいました。テーマ資料をよく拝見して説明をお聞きして理解するのが私の役目だったのです。

発言はしなかったものの、技術者の説明と会議の様子を見聞きした私には違和感がありました。というのも技術者の説明は「サステナブル事業領域に当てはまるものです」というものだったのですが、その言葉はなんの説明にもなっていないと感じたのです。

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どういうことか説明します。「サステナブル事業領域」とは、クライアントの中期経営計画で決められた新しい事業の領域だったのです。一般的に「中期経営計画」と言えば会社の中長期的な方向性を定めたものなのだろうと思います。しかし、本当にそうでしょうか? 

中計にあるから良いのか?

中期経営計画と言えば、誰か偉い人が検討し決めたことなのでそれなりの合理性や背景があることは期待します。表面的なことですが、経営企画部のエリートが戦略コンサルタント等とともに書いた計画だと言えば、それなりに合理性があるように聞こえるのかも知れません。また、中計を定めたのは経営者である社長です。社長が決めた方針に沿っているから良いだろうと思うかも知れません。

しかし、至極当然のことながら、「中計に書かれた事業領域に沿っているから」儲かる訳ではありません。儲けが出るロジックと、中計に書かれた事業領域であることは重複する部分があるかも知れませんが、全くの別物なのです。中計にかかれていることを実施しても儲からないことが多々あるのが事実です。

改めて言うまでもないかも知れませんが、研究開発テーマは投資を検討するものです。投資には儲けが必要。儲けが出るかどうかの検討が必要なのに、「中計に書かれた事業領域に沿っているから」でテーマを通して良いはずがないでしょう。

ただ、クライアントも「中計に書かれているから」だけの理由でテーマを通していた訳ではありませんでした。儲かるかどうかの検討は形式的にはしていました。例えば、差異化です。競合がどんな商品を出しているのか?競合と何が異なるのか?などの説明はありましたし、技術者も説明はしていました。

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しかし、私がその説明を聞くと論理の飛躍を感じたのです。というのも技術者の方の説明は、新聞や専門誌を読んでいれば出てくるキーワードのオンパレードでした。「中計に書かれたトレンドに沿ったテーマです」という説明はされていましたが、それ以上ではなかった。

私からすれば「トレンドに沿っている」ことは他社と同じことをしているという意味でした。つまり、トレンドに沿っているだけでは差異化にはならない=儲からない、という風に受け取れる説明しかしていなかったのです。

会議がシャンシャンと進むことが問題なのか

新聞や専門誌に掲載されているようなテーマなのですから、早晩競合他社も同じようなものを出してくるのは容易に想像できるわけです。それなのに、「今競合他社が販売していないから」という理由だけで差異化になるという説明には違和感しかないわけです。「トレンドに沿ったテーマが差異化になるはずないでしょう?」と言いたい気持ちを抑えていました。

前述の通り、会議では意見らしい意見は出ず、淡々とそのテーマを通した(予算をつけた)クライアント企業なのですが、読者の皆さんはこの会社にどういう問題があるとお感じになりますか?

まずは、この会議に波風が立たないことが大きな問題であると感じるかも知れません。上の顔を見る技術者、社長の顔を見る役職者、ものを言わない社長。「これぞ現代日本の会社」というイメージ通りかも知れません。

ただ、皆が悪意でそうしている訳でもありませんでした。みんなが黙っている背景には、会議で波風を立てることが必ずしも良いことではないという認識も共有されていると思われました。というのも、テーマを通さないという決定をすることがこれまでの検討を無駄にしてしまうという配慮をしていたのです。会議の効率性を高めるため、と言い換えでき、ここはある意味で良いことだと思えます。

私が課題のセンターピン(他への影響力のある中心)だと考えたのは、私が出席したテーマ検討会議のような後工程ではなく、その前工程にあるということでした。具体的には、そもそも儲からないテーマに時間をかけてしまうR&Dの企画段階に問題があると考えたのです。

誤解なきよう前後関係を説明すると、私が出席した会議はR&Dテーマ進捗において後工程でした。それに対して、前工程は企画段階に当たります。その企画段階での検討を変えなければならないと私は考えたのです。

そして、企画段階で儲からないことに時間を費やしてしまう理由とはなにか?突き詰めて考えていくと、仕組みや組織の問題ではなく、人の意識の問題にたどり着きました。つまり、企画者は儲けをあまり意識せずに顧客や営業から言われたことをやろうとし、上司はそれを止めようとしない。そういう構図があると思われたのです。

自ら変わるか?外圧でしか変えられないか?

このクライアント企業では、上司が部下にフィードバックしていないと思われました。部下がつまらない企画を持ってきたら「それでは儲からないからやり直し」と言えばいいだけの話なのに、そういうフィードバックを十分にしていないのだろうと思われたのです。

儲からないテーマのことを私は「ゾンビテーマ」と言っていますが、ゾンビテーマをいくら続けても儲かりません。

ではなぜ上司がゾンビテーマにフィードバックしないのか?それは上司の上、つまり経営層がゾンビテーマ通してきたのだろうと考えました。そしてその背景には、そういうやり方でも会社を存続できた外部環境があるとも言えます。具体的には、経営者に甘い株主、低いリターンでもモノを言わない投資家が背景にいたということです。

しかし、世間はすでに変わりました。「PBR1倍以下の改善」、「資本コストを意識した経営」などが声高に叫ばれるようになってきました。日本の外部環境はこれまで甘すぎたと言えるでしょう。リターンを明確に求める投資家が出てくる今後、成長投資を要求する圧力は強まるのは間違いありません。

つまり、ゾンビを続けていてはクビになってしまうのです。こういう外圧が迫る今、変わらなければならないと考える企業はゾンビ排除の内部変革に励んでいます。外圧がかかる前に自ら変わるか、何もせずに外圧がかかるのを待つかの選択をした結果です。

「サステナブル」などの中計に書かれたトレンドはあまりにも当然なこと。上司であれば、単にトレンドに沿ったテーマであるだけでなく、競合他社をとの大きな差異化が実現でき、高い収益が期待できそうなものを提案するように部下に促すことが必要ではないでしょうか。そして経営者であれば、そういうフィードバックのできる上司の集団を作っていくことが大事ではないでしょうか。

少なくとも、「これまで検討したことが無駄になるから」という理由だけで、現状維持的な投資をし続けることはやめたほうが良い。そこに時間と人を使うくらいなら、はじめからやり直したほうがよい。なぜか?くどいようですが、ゾンビを継続すればクビになるからです。

今日書いたことはあまりにも当たり前かも知れませんが、読者の皆さんの会社で実際に起こるのはもう少し先かも知れません。いつか起こる変化に対して、あなたの会社では外圧がかかってから改善しますか?それとも事前に内部変革しますか?

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。

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