実践的な技術戦略の立て方その㊹「どうやって部下を出世させる?」

今日のコラムでは、部下の出世について書きます。「出世」と書くと時代にそぐわない響きもありますが、高収益技術経営において非常に重要な視点だと思っているからです。

このコラムを読むことで、部下の出世や評価という難しそうな課題に対するヒントが得られると思いますので、ぜひ最後までお読みください。

部下の出世と言えば思い出されるのは数年前のA社でのエピソードです。A社は社員数数百人のメーカーで、R&D部門が全部で百人程度の会社でした。そのR&D部門長のA部長と話していた時のことです。

A社ではR&D課題を定期的に話し合って解決策を話し合う機会を設けていました。私はそこで助言役をしていたのです。よくある話ではありますが、A社の大きな課題は既存事業の利益率の低下でした。

海外からの代替品に押され市場全体で価格が低下し、A社製品も安売り競争に巻き込まれ利益率が低下し続けていました。当然、「R&Dは状況を打開する新しい商品を出せ」と言われるものの、当然そんな商品が即座に出せるはずもなく、R&Dは窮地に立たされていました。

そこで社長が起用したのがA部長。A部長に与えられた期間は2年。この間に状況を変革するのがミッションでした。R&Dテーマを出せる体質にするための変革ですが、一般的に見ると非常に難しいミッションだったと思います。そんな変革を実施するためのステップを実行するコンサルティングが今回のコラムの現場です。

「きちんと仕事をした技術者が出世できるようにしなければなりません」A部長は打ち合わせの冒頭でこんなことを言われました。打ち合わせの話題はテーマ創出の筈なのに、出世の話になったので私は少し驚きました。

A部長の真意とは?

「趣旨についてもう少し詳しく教えていただきたいのですが?」と私が言うと、A部長はイライラした様子で口を開きました。「これまで私達の会社では、新しいテーマを起こしてそうとしても、決して評価されてこなかったのです。それが足かせになっていると感じています。」

A部長の話には何か背景がありそうだと感じて「なるほど、どんなことがあったのですか?」と私は聞きました。そうすると「エース格の社員にテーマを創出させるように管理職に言っているのに、その管理職がエースにテーマの検討をさせない」とA部長は言われたのです。

A部長の発言の趣旨に察しがついた私は「テーマ創出業務を確実に成果の出るものにしなければならないというわけですね?」と応じました。A部長は首をタテに2度ほど振り「そうです」と言いました。

このやり取りについて補足説明すると、A部長の言う「エース」というのは管理職前のクラスで評価の高い方々を指していました。もちろん評価が高い理由は比較的難しい仕事でもこなせるというもので、要するに、能力がある者は社内にいるということを意味していました。

テーマの創出はもちろん難しい業務の一つなので、エースが当てられなければならないというのはA部長と私の共通認識のようでした。しかし、そのエースが社内事情でテーマ創出業務に当てられないのです。A部長から見れば、管理職がその邪魔をしていたようでした。

管理職がなぜ邪魔をするのか?通常であれば、上司であるA部長の意を汲んで部下の仕事を決めるはずですが管理職はそうしようとはしませんでした。なぜだと思いますか?

私は過去の経験からそのことを知っていたのですが、その答えはある意味でとても美しいものでした。それは、上司の部下への思いやりなのです。上司と言っても人それぞれですが、部下を思いやり部下が出世できるように気を使う上司も少なくないと思います。A社の管理職はその「部下が出世できるように気を使う上司」だったのです。

部下が出世できるように

そのような上司は、部下が出世できるように配慮して業務を設計し、仕事をさせて、評価します。部下は上司のそんな配慮に気づかずに仕事をすることが多いものの、いつの間にか出世しているし、察しのいい人ならば上司の取り計らいに気づきます。いい上司とは、そうやって部下の道を作るものなのです。

話をA社に戻すと、A社の管理職は出世できるようにする上司達でした。その管理職にテーマ創出業務は難しいだけに「危険な任務」であると認識されたようなのです。「危険」とは、確実に成果が出るかを経験で判断できないという意味です。つまり、部下であるエースを確実に出世させてやれなさそうな業務であるということだったのです。

そのため、部下にテーマ創出業務をさせるのはA社の管理職には好ましいものではありませんでした。そこまで察していた私は「テーマ創出は危険な任務と認識されているということでしょうか?」と質問したのですが、A部長は即座に頷き「そうです」と言いました。

なぜ私が、テーマ創出が危険な業務であると認識されるかを知っていたかと言えば、同じような事例を知っていたからです。業績が安定して組織も安定している時期が長かった会社ほどそういう傾向は顕著です。

業績や組織が安定すると、人はチャレンジよりも安定を求めるようになります。そうすると、安定した会社でのエースはゼロから1を立ち上げる人という人物像ではなく、100を110に確実にすることができる人になるのです。

100を110にする仕事は確実性が求められる仕事なので慎重に進めなければならず、新規事業とは求められるものが大きく異なるというのはお分かりいただけると思います。

そのようなことを知っていたので、「やはり確実性を好む管理職ばかりいるのだろう」と私は心の中で思いました。そしてそれならばテーマ創出が実は確実性のある業務であることを説明した方が良いだろうと思い、A部長にテーマ創出業務にはマニュアルがあることを示し、そのマニュアルを実施すれば一定程度の確率でテーマにつながることを説明しました。

テーマ創出マニュアル

一通りマニュアルを共有するとA部長は、「このマニュアルを早く共有してくれませんか?」言い、私は打ち合わせで承諾したのです。A部長の意図は、管理職がエースを新規テーマ創出に当ててくれるように、マニュアル化などにより「確実に成果が出る業務」に変えることでした。

そして数カ月後のことです。私がテーマ創出のマニュアルをA社の管理職やエースにも伝達する活動が一段落したところでA部長と定例打ち合わせをしました。その際に「管理職はエースにテーマ創出させるようになりましたか?」と私が聞くと、「徐々にではありますが、マニュアルに沿ってやらせる管理職が出てきましたよ」とA部長は少し嬉しそうに話されました。

その後数年間、私はA社に関わりましたが、A部長の方針のもと、最初はエースだけだったものが徐々に増えていき100人くらいの技術者のほぼ全員がテーマ創出に携わるようになったのです。結果についての詳細説明は省略しますが、大まかに言えば、R&Dパイプラインに投入する十分な量のテーマ群が継続的にできるようになりました。

この経験を振り返ると、新規テーマの創出には部下の出世に目配りする上司のマインドというのも考えなければならないことがわかると思います。A部長がマニュアルの共有などを指示せずにテーマ創出の指示だけを与えていれば、A社では何も起こらなかったでしょう。

A社の管理職がマニュアルを学習したことで部下のエースに仕事を任せる安心感が得られ、テーマ創出の業務をエースに任せることが進みました。当初はA部長の指示通りに進まない遅さがあったとは言え、進み始めると部下のことを考える管理職がいたのが良かったのだと感じます。部下は安心して進めることができたのだろうと思います。

さて、このコラムの読者の皆さんは管理職か経営者の方が多いと思いますが、部下の出世について考えていますか?ただでさえリスクの高いテーマ創出業務について、「やれと言ってるのにやらない」と苛立ったりしていないでしょうか?

もし、思ったように動かない場合は、このコラムに書いたような上司の視点で考えてみてください。テーマ創出業務が出世につながるものになれば、きっとうまくいきますよ。

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この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。

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