実践的な技術戦略の立て方その㊶「R&Dの目的が不在になっていないか? 」

「その人材開発を実施することはできますが、会社や部門としてはどのようなことをしたいのですか?」と私が投げかけると、打ち合わせしていたAさんは言葉をつまらせました。

その打ち合わせは、Aさんが私の開催していたセミナーを受けて打ち合わせを依頼されて設定されたものでした。来社されたA社のCTOであるAさんとその他のメンバーと私が参加していました。

A社はBtoCの企業ではないので一般的な知名度はそこそこですが、その業界ではガリバー。知る人ぞ知る企業です。そんな有名企業のA社にもR&Dに関する悩みがありました。

聞く所によれば、Aさんの配下の技術者は数十人。もちろんそれぞれがテーマを抱えて進捗しているものの、そのやり方がAさんにはどうもしっくり来ていなかったのです。Aさんの言葉を借りれば、そのやり方は次のようなものでした。

「開発をしてから特許相談をするのですが、相談を受けてから知財部で調べますよね。そうすると、似たような発明があることが多いです。それで、先行技術との相違点を明確化するなどして、その明確化した点についてデータを取るなど知財部が助言して技術者はそれに対応しているのですけど、どうもそれが、、、」

このAさんの言葉、知財部の方には分かりすぎるくらい分かるのではないかと思います。知財部でない方のために少し解説を加えると、Aさんの理想としては、そもそも先行技術調査をしてから開発を開始して欲しいのです。なぜなら先行技術がすでにあるものにリソースをかけても無駄だからです。開発後に先行技術調査をしてしまうと、重複開発が避けられず、その後先行技術との相違点を作っていく時に権利範囲が狭くなることが明白だからです。

Aさんのしたかったことは?

Aさんの要望をまとめると「先行技術調査で知財部に頼ることなどしないで欲しい。先行技術調査くらいは自分でして、どこに新規性があるのかを自分で調査して、新規性のあるポイントを進歩性があるように表現して欲しい」というものでした。

「そうなのですね。たしかにそのような開発スタイルは良くないものとされていますし、伝統的に知財部が抱える課題の一つだと思います」私がこう言うと、Aさんは「そうなのですよ、そこがしっくりこないのです。」と真顔で応じられました。

こうした会話を交わしながらも、私はAさんの表情にどこか表面的なものを感じていました。というのはAさんが口に出されたのはどちらかと言えば知財部的な課題設定で、CTOという職責に合ったものではないように思われたのです。

CTOであれば、会社の次世代の成長を実現できるような大型のテーマ設定を仕込まなければならないはずです。それなのに「技術者の知財スキルが低い」という趣旨のお悩みだったので、職責と悩みが合わないように感じられ、私は困惑していました。

「その他に課題やお悩みはありますか?」と私が聞くと、Aさん一同は「うーん」と苦笑いしながら、天を仰いだりうつむいたりして黙ってしまいました。その表情や間(ま)から、いかにも課題がありそうなのに言語化がしずらさそうな印象を受けました。

しばらく答えがまとまるのを待っていたのですが言葉にできそうにもないことを察したので、Aさんのご要望の意図を確認して次の質問をすることにしました。「Aさんのご要望としては、技術者が自ら先行技術調査をして新規性や進歩性のポイントを仕込んでから開発するというものですよね?」私がこう聞くとAさんはうなずきました。私は続けました。「その人材開発を実施することはできますが、それができたとして、会社や部門としてはどのようなことをしたいのですか?」

上記の質問だけでは趣旨が伝わらなさそうだったので、先行技術調査をすることや明細書を読んだり先行技術との相違点を評価したりするのは基本的な知財教育として(比較的簡単に)できるという趣旨の言葉を添えました。その上で、私はAさんの答えを待つことにしました。

ダイアグラム  低い精度で自動的に生成された説明

技術者に知財スキルを付けさせるのは簡単にできる

Aさんはご自身の悩みが比較的簡単に解決できそうなことが分かった反面、私の質問には面食らったような表情をしていました。そして少し考えて「うーん、よく考えるとそこが片付かない所なのですよね」と言い、腕組みをされたのです。

そうすると、Aさんのご一同は各々の立場で自社の状況を説明しはじめました。参加者はAさん以外に3名(私は除いて)おられたのですが、3名は異口同音に「会社からR&Dへの要求が明確ではない」との趣旨の発言をされたのです。

Aさんも頷くようにして他3名の意見を聞いていました。そして、Aさんも同様に「何かR&Dとして取り組むことが明確であれば良いのですが、、、」と本音を隠さずに困惑されていた様子でした。

「結局どうしたいの?」という私の質問にはスパッと答えてほしかったのですが、そこで言葉を詰まらせたということは、目的がないままに手段だけをやろうとしているように私には見えました。

本来であれば、R&Dとして解決したい課題(目的)があり、それを実現するための手段として人材開発をするという順番で検討すべきです。しかし、Aさんの場合、人材開発という手段が先に立ち、目的がないように見えたのです。

読者の皆さんは「CTOがR&Dの目的を明確にできないことがあるのか?」と耳を疑われるかもしれません。一般的に、CTOは会社の技術を支えるだけでなく将来の成長を約束するためにテーマや技術を仕込む役職です。目的を明確にすることは簡単だと思われます。

しかし、私からすれば、Aさんのような悩みも珍しくはないと思います。というのも、端から見ればCTOという役職ですから職責に沿った人材が選定されると考えがちですが、実際は会社の人事慣行に沿って決まっていくこともあります。そのため必ずしもCTOという役職の方が将来の会社の成長を担うテーマや技術を仕込む職務を強く自覚しているわけではないのです。

A社メンバーの「R&Dへの要求が明確ではない」という言葉には、「だからR&Dの目標設定ができない」、「だから人材開発の次にR&Dが何をすべきか見えない」という意味が含まれていました。悪く言えば他人のせいにしてしまっているように見えました。

しかし、私の目には「R&Dへの要求が明確ではない」「だからR&Dの目標設定ができない」というのは論理に飛躍がある話のように見えました。要求が明確でなかったとしても目標を設定することはできると思われたのです。

というのも、経営者が自らR&Dに細かく要求することなどないからです。経営者の立てる経営目標に沿ってR&Dは自ら目標を設定するというのが普通です。そして、経営者の要求が厳しければR&Dの目標も高く厳密なものになります。もちろん、そうでなければA社のようなことにもなり得ます。

R&Dの目標を高く厳密なものにすることが必要

実際に、経営者の要求が厳しくてR&Dの目標も高く厳密なものになっているという事例は多数ありますし、R&D目標を高く厳密なものにすることを私も推奨しています。

「高く厳密なR&Dの目標」について簡単に説明すると、R&D目標とは

  1. いつ頃にどの程度の成長を果たすのか?
  2. ↑そのためにどのような資源配分(時間や資金の配分)にするのか?
  3. ↑そのために何件くらいのテーマを仕込むのか?そのために何をするのか?

について答えられるものです。このようなR&Dの目標が必要なのは、会社は株主のもので成長させなくてはいけないためです。

上記のようなことを踏まえて「人材開発の目的を明確にしても良いのではないでしょうか?現在は目的がないまま人材開発という手段だけの話をしているように見えますが?」と私は言いました。

そうすると、Aさんご一同はそれぞれがご納得の様子でした。目的が無いままに手段が先行することはできても、好ましくはないことに気づかれたようです。Aさんは「社内環境に慣れすぎてしまって目的を設定することが大事だということに気づきました」と言って帰っていきました。

ここまで読んだ読者の皆さんは「そんな話本当にあるのか?」と疑われるかもしれませんが、本当にある話なのです。読者の皆さんの会社でも、目的がないまま手段に走っていることは無いでしょうか?手段とは、A社の場合は人材開発でしたが、最近では「脱炭素」「GX」などがあります。こうしたバズワードに乗っかるのは簡単なものの、目的を見失ったまま手段が先行することになりがちです。

手段が先行して目的が見失われていると、あとで「あれ、何が目的だったっけ?」となります。手段はとることが容易なものの、目的を明確にせずに始めると目的を達成できたかわからないのです。

では、目的とは何でしょうか?

利益です。企業の目的は常に利益だからです。人材開発をしても、脱炭素やGXをしても、利益に繋がらなければ無意味です。利益を出せるようなR&Dの目標や目的を掲げて、その達成のために人材開発や脱炭素、GXなどの手段を取るならば良いのですが、手段が先行して目的不在ということもありますので自己吟味が必要です。

あなたの会社では、利益につながるようなR&Dをしていますか?

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。

研究開発ガイドライン「虎の巻」を差し上げます

研究開発マネジメントの課題解決事例についてまとめた研究開発ガイドライン「虎の巻」を差し上げています。また、技術人材を開発するワークショップやコンサルティングの総合カタログをお送りしています。

部署内でご回覧いただくことが可能です。
しつこく電話をするなどの営業行為はしておりません。
ご安心ください。

研究開発ガイドライン「虎の巻」の主な内容

・潜在ニーズを先取りする技術マーケティングとは?
・技術の棚卸しとソリューション技術カタログとは?
・成長を保証する技術戦略の策定のやり方とは?
・技術者による研究開発テーマの創出をどう進めるのか?
・テーマ創出・推進を加速するIPランドスケープの進め方とは?
・新規事業化の体制構築を進めるには?
・最小で最大効果を得るための知財教育とは?