実践的な技術戦略の立て方その㉝研究開発テーマ、上司を説得する?その必要はあるの?

「このテーマで良いんでしょうか?」と仰るのは技術者のAさんでした。その打ち合わせは、私の実施する技術マーケティング研修の一幕。Aさんのテーマについて相談していたところでした。

Aさんが検討しようとするテーマは会社がこれまでやってきたものとは違うもの。そのため、Aさんには不安があったようです。

どういうことかと言えば、会社では、いわゆる「顧客要望対応」をしていたのです(※)。一方、Aさんが検討中のテーマは顧客要望対応「ではないもの」だったのです。そのため、Aさんが「このテーマを提案して上が受け入れてくれるかな?」と案じていた、という訳です。

※顧客要望対応では減益になりますが、このあたりについてはこちらをご覧ください。

技術者としては当然、自分の仕事が結果になるのを望むものです。技術マーケティング研修を開催する会社が求めているものは、顧客要望対応「ではないもの」でした。そのため、研修においてAさんが顧客要望対応「ではないもの」を提案しても良いはずです。

しかし、Aさんは迷っていたのです。どういうことでしょうか?今日のコラムでは、Aさんの気持ちの奥を探ってみたいと思います。

「Aさんのテーマは顧客要望対応でもなくて、独自性もあって良いと思いますよ。何がAさんを迷わせているのですか?」と私が聞くと、Aさんはこう答えました。

「説得するのが難しいですよね」と。

「説得」と聞いて私はピンときました。Aさんは何気なく話をしているのですが、話し手が選ぶ何気ない言葉はその背景や課題を表すことが多いと思います。それで、Aさんは「説得しなければならない」と思っているのだな、と思いました。

何が問題だったのか?

ところで説得とはどういう意味でしょうか?辞書によると、「よく話して、相手に納得させること」という意味があります。ちょっとくどいようですが、「①よく話す」「②相手を納得させる」の2つに分解しましょう。

Aさんに当てはめて考えてみましょう。Aさんは多弁という訳ではありませんが、決して口下手ではありませんでした。お話は上手にできる方です。それで「①よく話す」はクリアしていました。

では、Aさんが「②相手を納得させる」ことができるかと言えばちょっと話が違って見えました。というのは、Aさんが話すだけでは足りないからです。Aさんは有能でお話も上手、しかし、お相手が納得するかはお相手次第、ということもあります。

Aさんが思案顔だった背景には、明らかにそういう上司がいるのだろうと私には推察できたというわけです。

「そういう方がいるのですよね?」と私が聞くと、Aさんは「そうなんですよ、悪い方じゃないんですが」と小声で話して苦笑いをされました。私も少し笑って「わかります」と返しました。

私の解釈で分かりやすく言えば、Aさんは「あの物わかりの悪い上司に理解させなければならないのか、、、それならいっそ分かる程度のテーマの方が良いのではないか」と思っていたのです。

ここで我々が実施していた研修の話に戻るのですが、テーマ提案のための研修ですから、会社としては「飛躍のあるテーマの方が良い」ということになっているのです。タテマエとしては飛躍のあるテーマだが、実際にAさんの脳裏に浮かんでいたのは物わかりの悪い上司の顔、というわけでした。

Aさんは賢い方。飛躍のある提案をして物わかりの悪い上司を「説得」しなければならない状況で軋轢(あつれき)を生じるよりも、穏便に済まそうかと思ったという訳です。

説得する必要があるのか?

「説得なんてする必要がないんじゃないですかね?」私が言うと、Aさんは笑って吹き出しました。明らかにAさんが思ってもいないことだったようです。

私は続けました。「説得しなきゃ分からないような相手なんだから、放っておけばいいじゃないですか?」Aさんはもっと聞きたそうな顔をしていましたのでさらに続けました。「僕の考えだと、そもそもテーマって説得するようなものじゃないですよ。説得という構図がおかしいのです。説得が必要な場合、もしできなかったら『Aさんの責任』ってことになるんじゃないですか?」

吹き出した後のAさんは神妙に聞いていました。初めて聞く内容に戸惑うような、笑いが抑えられないような表情だったと記憶しています。

私はさらに続けました。「説得って関係が対等じゃない気がするんですよね。しかも相手の物わかりも悪い、と。ちょっと例えが違うかも知れないですけど、そういう相手には確実な銀行預金しか売れないと思うんですよね。」

「これが投資だったらどうかと言えば、投資家だって儲けたいと思っているし、儲けるためにビジネスを理解したいと思ってますから理解しようと努力するじゃないですか?」

Aさんは頷きました。

「説得しなければいけないような相手には銀行預金しか勧めちゃダメだと思うんですよね。逆に分かろうと努力してくれて色々うまくいくように提案してくれる相手だったら投資をさせてもいいと思うんですよ、起業家と投資家の関係ってそもそもそういうものですから。」

と私がここまで言うと、Aさんの表情は晴れやかに変わりました。打ち合わせの最初は迷っているように見えましたが、口角が上がって頷くのが見えたのです。

Aさんはこう言いました。「そう言ってもらえると楽になりました。思い切り面白い方の提案をすることにしようと思います。ダメだったらダメでいいですし。」

過剰な説得はいらない?

「そうそう、ダメだったらダメで良いですよ。Aさんが過剰な説得をするのは危険です。逆に相手が理解して支援しようとするのであれば、それで良いじゃないですか。」と私は応じました。

私の意見は暴論と思う方もいるでしょう。そのような方は「社員は上を説得して開発を進めるものだ、そして成功するのが美しいんだ」と思っているかも知れません。しかし、その方は失敗した時のことをなにも考えていないか、提案者本人が冷や飯を食って責任を取るくらいにしか考えていないと思います。

私はそうは思いません。社員と経営者の関係は、起業家と投資家と同じように対等な関係です。「説得」の必要はどこにもなく、経営者は積極的に理解をしようとし、支援することが必要です。経営者と技術者でリスクは共有するもの。こうした理解の姿勢もなく居直っている経営者がいるというのは情けない話だと思います。

もちろん、技術者にはそれなりの説明力が求められます。「リスクはありますが、実現できれば儲かります」と胸を張って言えるだけの根拠が提案には必要です。こうした説明をしないのに、「経営者が無能だ」などと言って居直る技術者がいるのも事実で、これはこれで実に嘆かわしいことです。

余計な一言かも知れませんが、経営者と技術者、両者に共通する問題は大企業にいて守られた意識だと思います。一歩外に出てみれば分かりますよ。自分でテーマ作って投資を得てリターンを実現しないと生き残っていけないですから。起業だけではなく転職でも同じです。

ぬるま湯に使って過ごすのも良いでしょうけど、そろそろ目を覚ます時期じゃないでしょうかね。「日本がダメ」というのは新聞にすら書かれるようになりましたし。新聞に書かれるということはよほど顕在化したということです。今、時間を無為に過ごせば後が苦しくなると思います。

さて、Aさんの「説得」という構図のように、経営者と技術者にはこれまで培ってきた関係性があると思います。このような関係性は見えづらいものの、提案の質に大きな影響があることはお分かりいただいたことと思います。

2022年、もう今年も終わりです。来年はこのような関係性にもメスを入れて良いテーマを提案してもらおうと思いますか?

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。

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