「この技術はココが素晴らしいのです、なぜなら、、、」から始まった説明が終わったのは開始から30分後でした。
そこはクライアント企業の会議室でした。説明していたのは、今日のご相談者であるAさんの部下の方です。部下とはいえ、Aさんよりも年が10年くらい上でいわゆる年上の部下でした。
会議室にいたのはAさん、Aさんの部下をはじめ5人いました。私を加えて6人で協議したのは部下の方の技術開発の方向性についてです。それで部下の方の技術説明を聞くことになったのです。
部下の方がおやりになる技術説明は、私には初めてとはいえ、私以外には周知の内容でした。説明がなされている間、私以外の様子を見ると、ぼーっとしていたり、スマホを見ていたり明らかに聞いていない様子でした。
当然、私は部下の方の説明を聞いていましたが、「この技術はすごい」というのを高らかに言う割には、「すごい」という点は雑誌とか新聞で聞いたようなことばかりだな、と感じていました。偉そうで申し訳ないのですが、独自性は乏しい割には、よく知られた性能軸でチャンピオンデータをとったことを勝ち誇っているような印象に見えました。
読者の中でもご経験のある方はお分かりいただけると思うのですが、決して悪い意味ではないのですが、わが道を突っ走って暴走気味になりがちな方はどこにでもいらっしゃいます。
不遜な書き方で申し訳ないのですが、独自性がなく、新聞雑誌でも見聞きできるものについての説明を30分も聞かされれば私でなくても飽きるとは思います。ただ、私達は初対面。部下の方の説明を途中で切るのには十分な人間関係とは言えませんでした。
30分経過後、部下の方も少し疲れたのか、そのマシンガントークが少しゆっくりになったタイミングで私は口を挟むことにしました。
私の感じた違和感の正体は
「今日のご相談はこの技術開発に関する方向性の相談ですか?」と私がお尋ねすると、上司であるAさんが恥ずかしそうに「そうです、ちょっと長くてすみませんでした」と言われました。部下の方は自分の説明が「長い」という表現にムッとしたような表情。この辺りにお二人の感情のもつれのようなものを感じました。
ただ、既に触れた通り第三者的視点で見ても部下の方の説明は私には長かったと感じられました。決して悪い意味ではないのですが、部下の方はそれにも気付かない方なのだろうと思われました。
少し横道にそれるようですが、一般論として人間には人の感情を察する「対人センサー」みたいなものがあります。この対人センサーが多く感度が高めな人もいれば、少なく感度が低めな人もいます。
どちらが良いとか悪いとかの話をしている訳ではありません。対人センサーが「多めで感度強め」だと人間関係は良好かも知れませんが、人の機嫌を読んでしまうために他人の意見に左右されやすい傾向にあると思います。一方、「少なめかつ感度低め」な人は他人の意見に流されない独自な取り組みができるというのは私の経験則です。
これを今回の話に当てはめると、部下の方は対人センサーが「少なめかつ感度低め」に見えました。私の経験則では、部下の方は独自な取り組みができるはずなのですが、私の聞いた長い説明はなんとも一般的なもので、ここに違和感を感じたのです。
ここでAさんがこの打ち合わせの背景を説明してくれました。「実はこのテーマは長いことやってまして、方向性を打ち出したいと思ってこの打ち合わせを持たせてもらいました」というのがAさんの文字通りの言葉でした。しかし、Aさんの言い方には嫌気がさしているの感じられ「テーマに取り組むのが長すぎてもうそろそろ潮時だ、やめたいんだが部下の方が言うことを聞かないのだ」とでも言いたげに感じました。
私はこの時、上司のAさんが私に「このテーマはダメ」という烙印を押させたいのかも知れないと感じました。自分では決定したくないために、コンサルタントに決定させたいというのはありがちなコンサルタント利用法でもあるからです。
ただそうしたことを感じつつも、また部下の方の説明が長くて独自性はなかったものの、私にはまだダメ出しができるほどの情報をお聞きしたようには思えず、その時点ではAさんのお望み通り「ダメ」という烙印を押せなかったのです。
フィードバックを受けているか
「なぜこのテーマを推進しているのですか?」私は部下の方に質問しました。そうすると部下の方はまた長い話をされましたが趣旨としては「顧客からの要望です」という説明をされました。
「顧客からの要望です」では説明になっていないと感じた私は「なぜその要望が発生するのですか?」とお尋ねしました。そうすると部下の方は「なぜ?ですか?そりゃ顧客の要望だから、、、」と苦しそうに言葉を詰まらせたのです。その様子を見た私は「背景の深掘りが甘いのかも知れない」と直感しました。
往々にして、「なぜ?」に十分に答えられないテーマというのは独自性がでないです。なぜなら、顧客要望は一般情報(公知情報)ですから、そこに疑問なく取り組めば新聞雑誌に書いてあるようなことと同じテーマとなるのが必定だからです。
そして、「なぜ?」の質問に十分答えられないのは、これまで「なぜ?」と問われたことがないか、あっても浅い答えで納得してもらえる相手としか会話してこなかったからです。掘り下げレベルが浅くて思考を深められず、すぐに技術開発に手を動かしてしまいます。
おそらくこの部下の方も同じだったのです。自部門の方を5人も集めた会議でこうした状態になるのですから、よほど日常的には「なぜ?」を問われていなかったのだろうと推察されました。だから私の質問に答えられなかったのだろうと。
この反応をうけて私はその後の打ち合わせをどう進めるか悩んでいました。というのも私の頭の中には2つのことが浮かんでいたからです。
1つ目はマネジメント。私の頭に浮かんでいたのは、部下の方のテーマの質ではなく、上司であるAさんの日常的なマネジメントに問題があるのでは?という疑問だったのです。
2つ目はテーマへのダメ出し。打ち合わせの設定経緯からして、Aさんは、部下の方のテーマに「ダメ」な烙印を押したい場面だったのだろうと思いますが、烙印は押せない、まだ深掘りができそうな状況だったのです。それでAさんの面子を潰してしまわないかな、と心配になりました。
テーマの深掘り
「このテーマは独自性が現時点では感じられないのですが、お聞きするところによると、顧客がどのような背景とか課題を持っているかさらに深掘りの余地があるように感じましたので、一度背景の調査をしてみてはどうですか?」私がこう話すと、一時、Aさんも部下の方も黙ってしまいました。
こう言った背景は、部下の方には「そういう事を調べなければ独自性が出ないんだな」という素直な気づきになって欲しいと思いましたし、Aさんには「本来、自分がフィードバックすべきことだった」という気づきになって欲しいと思ったことがありました。
Aさんの面子を潰さないかを心配しながら言った一言でしたが、建設的な話し方が功を奏したのか、一瞬の沈黙の後、受け入れられたと感じました。というのも、その後の打ち合わせでは、Aさんも部下の方も明るい表情になり、Aさんは「なるほど、まだ深掘りができるんですね」と言われたのです。
Aさんの話をうけて、私はいくつかの方向から深掘りする作業を具体的に提案していきました。「深掘りをしたらこんな情報が取れるんじゃないか?」「そうするとこういう潜在ニーズが見えてくるのでは?」という具合です。もちろん、それらは全て空想や仮定の話でした。
「もしこんな調査ができたら」「もしこんな情報が取れたら」と「もし」を重ねる話でしたが、私達は仮説や意見を述べ合い、それに連れて徐々にAさんと部下の方の緊張が和らいでいることを感じました。
しばらくそうした話を続けた後、「結局調べてみないとわからないけどね(笑)」と私が話を締めくくると、Aさんと部下の方の感情的なしこりはなくなったようで、和やかな雰囲気で打ち合わせを終えられました。Aさんの面子も潰さず、部下の方の納得を得られたのは良かったと感じました。
さて、皆さんの会社にも暴走気味な方はいらっしゃると思いますがどのように活躍されているでしょうか?暴走気味の部下に手を焼いている方もいらっしゃるかも知れませんが、Aさんの部下にようにいい意味で独自性のあるテーマを追える潜在性を秘めています。
今日のコラムでお伝えしたかったのは、そのような方の潜在性を引き出すのは上司の役目である、ということです。日本人は特に周囲を見がちだと言われ、周囲に気を使う方は多い一方、潜在性の高い方(暴走気味の方)は珍しいと思われます。そんな方には、「暴走気味」という評価をするよりも「頼もしい」という評価に変えるほうが絶対におトクですよ。
というのも、R&Dテーマ創出は決められたことを正確に効率よくやる業務ではなく、不確実な情報をコツコツ深掘りしていく業務です。不確実なだけに、「暴走気味」と評価されがちな方の潜在性を高めることで結果が出やすいのです。
もし、暴走気味の部下がおられれば評価を変えてみませんか?
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