実践的な技術戦略の立て方その㉜「コア技術理論」は死んだ

「コア技術が大事であることを認識させてほしいんですよね」と仰るのはA所長でした。その打ち合わせには、A所長と部下の方々数名、それと私が参加していました。

打ち合わせの議題は、研究開発テーマ創出のコンサルティングの進め方です。コンサルティングの進め方といってもピンと来ないと思いますので、少し説明させてください。コンサルティング会社には「方法論(メソドロジーと言う方もいます)」がありまして、この方法論の適用のお話です。

方法論の土台になっているのは経営学の考え方があります。経営学は「こうすれば高収益になる」という説明をしたもので、超有名なところではポーターの競争戦略、バーニーの戦略論があります。経営学はあくまで学問ですが、コンサルのような実務は現象をうまく説明できる学問に乗っかる訳です。

そして、コンサルティングには関わるメンバーがいます。もちろん、A所長の部下の方々です。A部長の部下の方々を上手くリードして成果を出す(出させる)のが私の仕事なのですが、その方法論について話をしていた、というわけです。

打ち合わせの議題は大雑把に言えば、「どんな方法論を適用するのか?」というものでした。コンサルタントは私なので、私がリード役です。そのため私は「このような方法論を適用することを提案します」と言い、趣旨を説明していました。

分かりやすく言うと、私がメンバーになるA部長の部下の方々と共同して、「こんな作業をすればこんな成果が出ると思いますよ」と説明していたのです。

そうした所、A所長から「コア技術を認識させてほしい」という趣旨のコメントがされたのです。

打ち合わせには他のメンバーも参加していましたが、皆さん私の顔を見ます。明らかに、私が答える番でした。私は「またこのパターンか、どう答えようかな」と思っていました。

コア技術理論の死

というのも、A所長のコメントの背景にある考え方が今は通用しなくなっていることを知っているのは、その場では私だけだったのです。「そんなの古いよ」と言えば感じが悪いですし、簡単に切って捨てられるものではないことは承知していました。

A所長のコメントの背景には「コア技術が大事である」という考え方があります。少しマニアックな話ですが、この考え方は「高収益には固有資源や特許技術が大事」だというバーニーの理論から来ています。バーニー理論だけでなく知財法の考え方も共通するところがあります。「特許を取れば独占できる」と皆さんも教わったのではないでしょうか?

しかし、バーニー理論や知財法の考え方にも時代というものがあります。諸行無常(すべてものものは変化する)です。バーニー理論や知財法の考え方、たしかにかつては説得力がありましたし、今でも通用する部分が多くあります。そのため、新規事業を検討する実務者の我々の目を曇らせてしまうのです。

一般に通じているバーニー理論を大雑把に言えば「高収益には固有資源が大事だ、固有資源を入手しろ」というものです。固有資源とは、資源のない日本では技術のことを指します。この考え方が言葉を変えて「コア技術を重要視する」という考え方になったわけです。

そのため、日本企業は「コア技術」を磨いてきましたし、それによって新商品や新規事業が出来た事実もあります。しかし、私が認識していたのは、その考え方が昨今は通じなくなりつつあるということでした。

わかりやすい例え話として、ブラウン管があります。かつて、ブラウン管がコア技術のメーカーは多数ありました。では、ブラウン管の技術を大事にして今をサバイバル出来ている会社があるかと言えばどうでしょうか?ご承知の通りテレビは技術が根本から変わりましたの。ブラウン管をコア技術として事業展開できなかったことはお分かりいただけると思います。

こうしたことが分かっていたので、A所長にどう話そうか迷っていたわけです。「確かにそうですね、コア技術にはどんなものがあるのですか?」と私はA所長に尋ねることにしました。

コア技術理論のワナ

「コア技術と言えば、えー、◯◯技術とか☓☓技術とか、かなあ」とA部長。お話の様子からコア技術として定まったものがない様子でした。察した私は質問を変えることにしました。「コア技術は明確に定義しづらいですよね。ところでコア技術からどのような新規事業がでるとお考えですか?」そうすると、A所長は黙ってしまいました。

私は「意地悪な質問をしてしまったかもしれない」と思って沈黙を待つことなく話を続けました。そもそもそこに答えが出ていれば私をコンサルとして起用する必要もないからです。

「我々世代はコア技術が大事だとか特許が大事だとか教えられてきたんですけど、実務を通じて最近それが通じなくなってきたのを感じるんですね。」

私は続けました。「コア技術理論に基づいて新規事業開発をすると、大抵の場合、出口でつまずくんです。どういうことかと言えば、コア技術に沿って検討したテーマは、競合企業と同じような検討になることが多いんですね。」

さらに続けました。「なぜ競合と同じになるかと言えば、競合と自社でコア技術は確かに違いますが、大事なのは顧客視点です。顧客視点で見れば似たような技術なので、コア技術の相違が差異化にならないのです。」

「ブラウン管の例は、コア技術にこだわったら事業がなくなったという意味でもあり、コア技術理論への強いこだわりはテーマ創出には悪影響を及ぼすことがあるんですね」と。

一通りお話した後、皆さんご納得の表情でした。私の提案した方法論は、コア技術理論を意識していない内容でした。そのため、従来の考え方では違和感があって、A所長が心配したのだろうと思います。「A所長の親心ですね。」と言って私はその場を収めました。

実は、この手の会話は新規事業あるある(よくある話)なのです。私のようなコンサルタントは職業柄、実務を複数こなせますので知見も貯まるのですが、企業では自社が経験の全てになるので認識に差がでるのは仕方がないことだと思います。

コア技術理論が常に「古い」というわけでもない

ただ、注意しなければならないのは、このコア技術理論が通じる領域もまだあるということです。実はコア技術理論が通じる領域なのに適用を怠ると結果がトンチンカンなものになるので注意が必要だと思っています。

そのため、テーマ創出に関してどのような方法論を適用するかには常に注意が必要だと思います。会社に合った方法論(結果が出やすい方法論)があるからです。場合によってはコア技術理論を方法論として使うこともアリです。

さて、読者の皆さんは自社に合った方法をどのように探られているでしょうか?今回のコラムではコア技術理論の死ということで、一般に通じている考え方が、実は古くなっていることをお伝えしました。

現代はWEBで表層的な情報が得られますし、書籍も充実しています。どの情報源にもそれなりにまとまりのあることが書いてあるように見え、どれが正しいのか判断に迷うと思います。コア技術理論はその一つで、今でも説得力のあるものとして捉えられていることが多いです。

しかし、前述したように、コア技術理論もかつては通用していた理論の一つに過ぎません。我々の目的は常に高収益。目的達成のために役立つことには鋭敏でありたい一方、役立たないことは例え常識とされているものであってもスルーしたいものです。「常識を疑え」と言いますが、この格言は新規事業でも通じると思います。

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さて、読者の皆さんは常識を疑っていますか?今日示したコア技術理論以外にも、「技術の棚卸し」「10%ルール」など、新規事業周りには常識的な考え方がありますよね。常識的な考え方を適用しても結果が出ないことを見据えて判断してほしいと思います。

そのために必要なのは能動的に考える力。WEBや書籍で探す力も大事ですが、それらを組み合わせて考える力が問われているように思います。あなたは自分の頭で考えるように努力していますか?

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。

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