実践的な技術戦略の立て方その㉓R&Dのトランスフォーメーションをするには?

世間ではDX(デジタルトランスフォーメーション)とかCX(コーポレートトランスフォーメーション)とか言われていますが、あなたの会社では、どんなトランスフォーメーション(以下、「X」と言います)をしていますか?

今日のコラムではトランスフォーメーションに悩む経営者のお話をご紹介します。Xをしなければならない方、どんなXをするのかお悩みの方にお役に立つ内容だと思います。

今日のコラムの舞台は、数年前のA社でのR&Dの変革です。当時は変革のことをXと言ってはいませんでしたが、やっていたことは間違いなくXです。A社の背景にあった収益性の低下はどんなものだったのか?どのようなXをしたのか?そして変革後のA社はどうなったのか?などについて解説します。

「どんな領域で課題解決をしていくのか、その選択が難しい」と言われたのはA社長でした。

この発言は数年前のA社会議室でのこと。技術マーケティングを主題にした会議でした。A社長以下、役員や部長が集って今後できることを検討していました。考え枠組みはコンサルの私が提供して、A社長も役員もそれぞれの立場で分析した結果を持ち寄っていました。内容は技術マーケティング、つまり顧客課題の解決でした。

A社は機械メーカー。長年機械製品を作っていたのですが、収益性の低下に見舞われていました。原因は外部環境の変化です。製品のコモディティ化、アジアの競合の台頭と非常によくある話です。外部環境が大きく変わる中で組織が環境についていけなくなった、というもので事業モデルのXが必要でした。

A社の問題とは?

私の目から見ると、A社では非常に古典的な経営が行われていました。どういうことかと言うと、研究開発や営業に関する制度や仕組みやレベルが他社と同じだったのです。

会議前に、私はA社での実態を把握するべくコンサルタントとして研究開発の調査をしていました。その結果、社内の仕組みが古典的だということがわかっていました。

コンサルティングの報告において、私はA社の社内の仕組みが古典的であることを報告しました。「古典的」というのは、もちろん悪い意味。仕組みが古典的で他社並なので、作る製品も他社なみになってしまうことを報告したのです。

その報告で私は「事業モデルの変革が必要」と訴えました。古典的な仕組みを作り変えた現代化(つまり、X)が必要だとお伝えしたのです。その状況に現代化の必要性を認識したA社では、現代化のために社内の仕組みをどのように作り変えることができるのか、検討会が始まったというわけです。

ところで、私の提示していた現代化とは、「顧客課題の解決ができるように事業モデルを変革するべきだ」というものでした。メーカーは、「ものを作って販売する業」と捉えられがちですが、課題解決業であるという認識をもつ必要があります。

なぜかと言えば、「ものを作って販売する業」の考え方は古くて誰でも同じように考えて企業経営をすることができるからです。モノマネが容易な事業がコモディティ化するのは説明の必要はないと思います。

話をA社に戻します。私は、役員や部長に「課題解決業に変革する案を持ってきてください」と宿題を出しました。

役員や部長は長年事業を経営してきた方々です。A社の経営に関して少なからず問題意識を持っているはず。どのような案が持ち寄られたのでしょうか?

どのような案だったのか?

持ち寄られた案は私の目から見れば玉石混交でした。中には役員や部長とは思えないほど稚拙な提案もあったのですが今日はそのコトには触れません。

守秘義務の関係上詳しいことは書けませんが、私が良いと思った提案の概要を3つほどご紹介しましょう。

提案① 

A社の機械は生産現場で使われるものがあるのですが、従来は売りっぱなしでした。提案①は、A社事業を「顧客の生産現場の課題解決業」と捉え、生産現場の課題情報を収集する仕組みを設けるというものでした。メーカーから課題解決業へのXで私の宿題への良い回答でした。

提案②

A社の機械は顧客製品に組み込まれる部品もありました。従来は顧客の設計部門の言いなりでいわゆる下請け的なビジネスでした。提案②は、A社事業を「顧客設計業務のワンストップ・ソリューション」と捉えて品揃えを強化するというものでした。いわばメーカーから商社へのXでこれも良かった。

提案③

DX的な提案もありました。生産現場で使われる機械にセンサをつけて状態監視をするという案。A社製品の交換時期をお知らせしたり、装置の稼働状況を顧客に報告することで付加価値をつけたりしていくというものです。メーカーからIソフトウェア業へのXでこれも良かったです。

3つの提案はいずれも従来のA社にはない発想で、会議の中では良い提案と受け止められたと感じています。しかし、良い提案であると受け止められた一方で、ある種の共通認識もありました。

それは、「色々なXの案があるが、どれを採用すればいいのか?」というものでした。A社は社歴うん十年でしたが、これまでXの機会はそうそうありませんでした。Xの経験がないため、何を選べばいいのかわからない、というものです。

もちろん、提案①②③の定量的な効果を予想して投資対効果が計測できればいいのですが、予想できるほどの情報が足元にはありません。限られた情報の中でどのような選択をしていくのか?という疑問が会議を覆っていました。

古い経営モデルの根幹は?

そのためA社長が「どんな領域で課題解決をしていくのか、その選択が難しい」と言われたのです。会議で共有していた雰囲気が形式化されたように記憶しています。

A社長が発言した瞬間、私には「なるほど」と思えました。A社長の発言には、なにかを選択しなければならないという前提が入っていたからです。そして、選択ができない時には選択できるようになるまで待つ、という意味も感じられました。コンサルティングによる調査で色々な決定が遅いことを掴んでいたからです。

言葉を変えると「先送り」。そんな社風が感じられたのです。この社風そのものが古典的経営モデルでそれをXしなければならないのですが、その時点でそのことが分かっているのは私だけでした。

参加者の役員・部長は「自分たちは提案はしたので、いつものように先送りかな」と言わんばかりの雰囲気で決定を社長に預けようとしていました。しかし、A社長から見れば、案①〜③は全ていいと思われるものの、どれかを選べる段階にはなかったのです。

私の視点から見れば、①〜③を選べないから先送りするのではなく、どの案もうまくいくか試してみることが必要でした。小さな単位で試験的にやってみて、うまくいくのか、その後の展開がどのようになりそうか、さらに深い情報を得るための検討が必要だったのです。

これが、A社がXしなければならないことの根幹でした。言い換えると、「決められないから先送りする体質」から、「小さく試験的検討ができる体質」にすることでした。

「提案①〜③の全てを小さくていいので試験的に実施するように計画してはどうですか?」と私が提案すると、A社長はすぐに私の意見を容れられ、「具体的にはどうしたらいいですか?」と聞かれました。

そこで私は、いくらかの提案をして、次の会議では試験的にやってみるための計画を共有することになったのです。

A社でその後

次の会議では、試験的にやってみることの提案が発案者から発表されました。その会議では荒削りながらも何をやるかが見えたために、A社長はその後、全てに予算をつけてやってみることにしたのです。

その後、数ヶ月から数年の期間を経て、「やってみた」結果を共有すると面白い成果が上がりました。提案①〜③の試験結果は上々、本格実施をしても良いのではないかという評価が得られたのです。

提案①〜③以外もあったのですが、もちろん全てがうまくいったわけではありません。中にはボツ案件もありました。ただ、ボツ案件も含めてその時の経験からA社が学んだのは「試験的にやってみることで今までにない検討ができる」ということだと思います。

繰り返しになりますが、A社の古典的経営モデルを一言で表現するなら「決められないものは先送りする」ことでした。一度決めるとやめられない体質が背景にあったと思います。一方、必要だったのは「試験的に実施することができる」「ダメならすぐにやめられる」という体質にXすることでした。

この出来事を通じて試験的にやってみる体質に変化したA社では、社風が一変しました。試験的に実施できる制度が出来、色々な試みが試験的にできるように変わったのです。

役員や部長だけでなく、社員からいろいろな提案が上がるようになりましたし、それに予算をつけて試験的に実施するようになりました。社員としては大歓迎だったと思いますし、Xの仕事がしやすくなったと思います。

もちろん、試験的実施が本格導入することにも繋がりやすくなり、小さくても実績のあることをやることになるので、本格導入も成功しやすくなったそうです。これこそが正にXだと思います。

トランスフォーメーションの核心は社風にあった、というわけです。

さて、皆さんの会社ではどのようなR&Dの仕組みがあるでしょうか?トランスフォーメーションの必要はありませんか?

もし、A社のような先送り主義の社風を感じるのであれば、小さくてもやってみるように変革することをおすすめします。そうすることで、A社同様、大きなXもできるようになるからです。

小さな取り組みはリスクも低く投資も小さいので、大きな損もありません。R&Dのトランスフォーメーションのために、あなたは、小さな取り組みをやってみるように進めますか?それともこれまで通りの先送り主義を続けますか?

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。

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