技術戦略、抵抗勢力にのまれるな

「他社でも実績はあるのですか?」

古参の経営幹部がこう言われたのは、ある会議でのことでした。

その会議では、私が、クライアント(A社)で新しい技術戦略を提案しました。会議に出席していたのは、A社社長とA社経営幹部、社員の10人くらいでした。

私が提案した技術戦略とは、ある新しい開発テーマのことでした。会議ではそのテーマついて説明したのですが、私には自信がありました。十分に検討したこともありますが、筋が通っていたからです。

私の説明は30分くらいだったと思います。その間、社長はしきりに頷いていたように記憶しています。そしてその後、その開発テーマについての話し合いの時間になりました。

「実績のある」技術戦略?

一通り質疑応答をした後に、A社の古参幹部から質問がでました。それが冒頭の発言でした。「他社でも実績はあるのですか?」と。

その発言には、どこかトゲがあることも感じました。前後の発言の文脈からは「実績がないものはやらない・やりたくない」という意味にも解釈できたのです。責任を押し付けようとするニュアンスにも聞こえました。

どのように対応しようかと一瞬考えました。私の中では「答え」は明確に決まっていましたが、それをストレートに言うだけでは角が立ちそうなので悩んだのです。一瞬、言葉が出ずに、黙ってしまいました。

今日は、こんな時にどう対応するかについて、読者の方にシェアしたいと思います。

一般的に、正面切って反論すると、人間関係が崩れることがあると思います。テレビの討論番組などでも、発言者が討論相手の人格否定のようなことまで言うシーンを見ることがあります(それはそれで番組としては面白いのですが)。

しかし、ここは会議室。どんな発言でも、一旦は認めるのがマナーです。

技術戦略に関する私の回答は?

A社でのコトの顛末をご説明する前に、社内改革者・経営者の読者のために、このような古参幹部への私の答えを共有させてください。

「実績はあるんですか?」という問いに対する私の中の答えは簡単です。それは、「実績がないからやるんですよ」。というものです。月並(つきなみ)な答えで拍子抜けされたのではないかと思います。

ただし、これには続きがあります。「実績のあるようなものはやらないんです」という、逆のこともセットです。他社ですでに実施されている戦略やテーマはやらないという意味です。それは模倣だからです。

実績があるものは戦略ではない、単なる二番煎じ

模倣して同質化すると収益が下がるのが一般的な解釈です。もちろん、例外として模倣して同質化してもコストで勝っていく戦略はあります(一部の自動車会社など)。とは言え、あくまでも例外。それが通じる分野に限定した話です。

この例外を除くと、基本的な考え方は、最初にやるか、あとからやるなら差異化するか。このどちらかです。そのため、「実績のあるものはやらないんです」となります。

と、論理的帰結はそうなのですが、人の感覚の話でもあります。私は、個人的に「他人がやったことはやりたくない」と思っています。すでに他人の実績があることであれば、同じ道をたどるのには違和感を感じます。

とはいえ、私も大人ですから、他人がしたことであれば安心できるという人が多いのも分かります。経験では、日本人や韓国人にはこうした性格の方が多数派とも思います。

そして、人数的に多いのですから能力のある方も当然多くて、会社幹部になる人も多いと思うのです。件のA社・古参幹部さんもそのお一人だろうと拝察しました。

「人がやったことはやりたくない」と考えるのも筋は通っていますし、「他人がしたことであれば安心できる」と考えるのも筋が通っています。どう考えるのが良いのでしょうか。

正しい技術戦略とは?

これだけは言えるのは、「どちらかが正しい」、と二者択一的に考えることは間違いだということです。ケースバイケースでどちらも正しいのです。人間は過去の自分の生き方を肯定したい生き物ですから、性格とか見方によって意見も変わって当然だと思います。

他人の性格とか見方は変えられないものです。他人の性格や見方を反映した発言なのですから、好き嫌いは別として、それはそれで尊重しなければならないと思います。

とはいえ、尊重が行き過ぎれば、決めなければならない時に決められません。そういうものです。そのため、「人がやったことはやりたくない」派の私のような人間には、役割と義務があると思っています。

筋を通せ、忖度するな

それは、徹底的に自分の意見を提示することです。もちろん、相手に嫌われることなく、とはいえ過度に尊重しすぎずに、です。しかも徹底的に。

徹底的に自分の意見を提示するには、言える自信があるというのが大事なことだと思っています。私のようにコンサルタントとして社外から言うか、読者の皆さんのように社内から言うかは別として、奇抜な意見を言うのは常に改革者側です。根拠がなければ、アホな意見で終わります。論理的な根拠があることは前提条件のため、手を抜いてはいけません。

改革者側は守旧派からは常に白い目で見られます。改革を検討する分、ルーティンは少ないですし、裁量は多いですから。多分、軽薄そうに見えたり、楽しそうに見えたりするのではないかと思います。だからこそ、こちら側に、出し尽くした感がなければ伝わらないと思うのです。

件のA社古参幹部の技術戦略は?

さて、話をA社に戻しましょう。

「他社でも実績はあるのですか?」と問われた私はこう返しました。

「他社で実績があるようなことを、私は提案しないんです。そうすると、結果が出ないと思いますから。」

私自身は、若い頃に「実績はあるのか?」と聞かれると、ムカッと来ていました。しかし、その時はそうでもありませんでした。上記のことを、とてもフラットな感情・表情で言えたので、自分で自分のことを「変わったな」、と思ったのを記憶しています(笑)。そして、私にそう言われたA社古参幹部の反応はどうだったかをご紹介します。

古参幹部は私の回答を聞いて一瞬考えた後、苦笑いされました。恥ずかしそうな苦笑いです。「一本取られた」とは、もちろん言われませんでしたが、それでも、提案に筋が通っていたこともあったのでしょう。苦笑いされた理由は、ご自分の質問が「愚問」であると気づかれた、ということだと感じました。

忖度のない意見がいい技術戦略をつくる

質問をされた時は、批判めいたご質問だったこともあり、一瞬場が凍ったように感じました。ただ、当の本人が苦笑いをすれば丸く収まるというものです。場はまた活気を取り戻したのです。

古参幹部の質問が愚問であると気づかせ、苦笑いで済ませられた理由の一つは、私の表情がフラットだったからだと思っています。そして、私がフラットでいられた理由は、きちんと検討して提案に筋が通っていたからです。

私自身の心持ちとしては、やるべきことをやったので、運を天に任せる姿勢だったと思います。コントロールできないことには集中しない感じでいました。

やるべきことをやっていれば、自分の提案に自信を持つことができる、というのが私の結論です。これを読んでくださっている読者の皆さんが改革者側であれば、是非やりきっていただきたいと思います。

そうしてフラットな気持ちでいてください。自分自身、清々しい気持ちになれますし、きっと結果がついてきます。分からず屋の古参幹部がいても、きっと変えられますよ。

古参幹部さんが苦笑いした時(ご自分の発言が愚問だったことに気づくシーン)を思い出すと、年をとっても誰もが人間的に成長するんだなあ、と思います。改革者の側だけに成長があるわけではない。そう思うのです。

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。

研究開発ガイドライン/カタログのご案内

研究開発部門の高度化や人材開発を担う担当者のために、研究開発ガイドライン「虎の巻」をお送りしています。あわせて、技術人材を開発するワークショップやコンサルティングの総合カタログもお送りしています。

部署内でご回覧いただくことが可能です。
しつこく電話をするなどの営業行為はしておりません。ご安心ください。