実践的な技術戦略の立て方その㉑「新規事業、石橋を叩いて壊す会社になっていないか?」

今日は新規事業創出の起点となるポイントで、経営者やマネージャーが気づきにくい点をご紹介したいと思います。「なぜうちではテーマが出ないのだろう」と思われるようであれば、その理由についてスッキリできます。

さて、新規事業創出の起点とは何だと思われるでしょうか?オープンイノベーション?CVC?IPランドスケープ?バズワードが色々と浮かぶと思いますが、今日のコラムでは別の側面を扱うことにします。

オープンイノベーション、CVC、IPランドスケープなど取り組んでいる読者の会社もあると思いますが、なにか素晴らしい結果は出ましたか?このコラムを読む方の会社は、結果が出ていないだろうと思うのです。結果が出てればこのコラムは読まなくて良いかと(笑)。

いつの世にもバズワード的、手法的なお話はありますよね。バズワードや手法で結果がでればどこの会社もテーマ創出に成功して悩みはないでしょう。それでは治らないことは読者もお気づきではないでしょうか?

今日、私がお伝えしたい「新規事業創出の起点」、それは技術者の意識です。気合や根性の話かと思われるかも知れませんが、そうではありません。しかし、意識の話です。

なぜこのテーマでコラムを書こうと思ったかといえば、意識の問題で新規事業がうまくいかないことが多いからです。私は仕事柄、色々な業種で新規テーマ創出をご支援しています。業種的にも幅広く、抱えている案件には機械、電気、化学、消費財などがあります。

業種ごとに色々な課題があるのだろうと思われるかも知れませんが、意外なほど課題は共通しています。その共通する課題を理解するのに、ある技術者とのやりとりをご紹介しましょう。

Aさんの悩みとは?

今日の登場人物はAさん。機械系メーカーの技術者です。テーマの創出をすることとなり、私の主催する技術マーケティング研修に参加することとなりました。

研修ではいわゆるPESTやSWOTなどの分析等をしてもらいます。そうすると、テーマが見えてくるからです。Aさんにも同じようにしてもらい、ディスカッションを通じて新しいテーマが見えてきました。

「これって面白いテーマですよね?」と私が訊くと、

「面白いのですけど、うちの会社ではできないのですよね」とAさんは答えました。

「なぜできないと思われるのですか?」と私が訊くと、

「いや、これをやるには、、、」とAさんは答えました。

Aさんの声のトーンや表情から、私はAさんの言外の意思を読み取りました。ここに至るまで多くの経験があったのだろうな、と思ったのです。

Aさんの経験をいちいち聞くことはしませんでしたが、Aさんのテーマから推察することはできました。Aさんのテーマは、一言でいえば、会社の保有していない技術が必要なテーマでした。

会社の保有していない技術が必要なテーマのため、今の会社ではできないのです。逆に言えば、その技術を調達してくればできるということ。このようなテーマについて、Aさんがどのように考えたのか、追ってみましょう。

上記の事情で「現在の社内技術ではできない」とAさんが判断を下すのは自然です。しかし私は、問題はそこにはないと思いました。社外から調達してくればいいからですし、研修でもその手法を提案していたからです。

では別の側面に問題があったのでしょうか?例えば利益の検討。「テーマが儲かることを検討するのが困難」だと感じていたかといえば、そうでもありませんでした。そのテーマはトレンドに沿ってかつ競合とも異なるテーマであったので、当たれば儲かることは説明できそうだったからです。

いくつかの側面で考えてみたのですが、Aさんに無理と思われることはありませんでした。

では、Aさんの「うちの会社ではできない」という発言の趣旨がどういうものだったのでしょうか?

「この手のテーマはダメ」その中身とは?

それは、「うちの上層部はこの手のテーマ提案を受け入れそうにない」というものだったのです。

長年上司と付き合っていれば、その上司の性格や価値観まで分かるものですよね。そうすると、「上司はこういう話が好きでこういう話は嫌い」というのも部下は判断するもの。Aさんは長年働いた結果、このような経験を積み重ねていったのです。Aさんは賢い方。経験から「社内にない技術を含む提案をしてもダメ」などと判断していました。

ちなみにAさんの会社では「オープン・イノベーション」を標榜し、「社外技術をどんどん取り入れる」とホームページでは言っています。この矛盾、お分かりいただけますでしょうか?

対外的には「やるやる」と言いつつ、社内では全くできていない現実。実はこのような会社は多いと思います。「この手のテーマは上層部が受け入れそうにない」とAさんが判断できるほどの積替さん、変わらない上層部、これがあると提案しても無駄だと思うのも納得です。

とはいえ、ホームページでも掲載するほどのこと、上層部は形式的には新規事業に前向きなのです。そのため、研修もする。提案して欲しい、とも言う。しかし、変わりそうにない印象を与えてしまっている。

余談ですが、この手の研修が「新規事業ごっこ」のアリバイに使われるケースはあります。変革のために研修をしたということにすれば、一応格好は付きますからね。私としても愉快な仕事ではありませんが、引き受ける時には分からないものなのです。

石橋を叩き割る会社

慎重さを表す言葉に「石橋を叩いて渡る」という言葉があります。さらに慎重なことを「石橋を叩きすぎて壊す」とか「叩き割る」と言ったりもしますよね。

Aさんは、石橋を叩いて壊してしまう社風なのだということを暗に示していました。新しいテーマほど不完全なもの。そのため、欠点を示そうと思えば簡単にできます。

そうした欠点を指摘して結局やらない、そのような経験がAさんにはあったのだろうと思います。Aさんの上司だけが悪いわけではありません。Aさんの上司はその上司に、最終的には社長に欠点を指摘されていたのだろうと思います。それが長年続いていたとも。

Aさんとの打ち合わせの話に戻します。Aさんの真意を知った私はこう申し出ました。

「では、新しい技術が必要なテーマは本当にNGなのか、会社に確認しましょう。それまでは、できる前提で検討を続けてください」と。

そこで研修の依頼主である研究開発部長に聞いた所、「新しい技術が必要なテーマは大歓迎で予算も付ける」という趣旨の話を聞きました。表向きの話なのかも知れませんが、会社としては新規テーマが欲しいというのが本音だったようです。

その旨を研究開発部長からAさんに話をしてもらった所、Aさんは安心したようで、研修では新しい技術が必要なテーマについて提案してもらいました。

一件落着と思いたいところですが、そうはいかないだろうと思います。そんなに簡単に会社は変わらないからです。その時は私という仲介がいたためにAさんは会社にない技術をテーマ提案しました。しかし、仲介がいなければAさんは諦め、無難なテーマを提案していたでしょう。そして、諦めたことは上司の耳にすら入らなかったことでしょう。

だから仲介が必要、という話ではもちろんありません。そもそもの関係性を変える必要があるというお話です。今回のケースではAさんの長年の経験から「この手のテーマはダメ」と判断していた訳です。

経営者やマネジメント層の読者の方には、ぜひこの点を認識していただきたいと思います。つまり、面白い提案が上がってこないのは、長年積もった関係のせいなのです。

Aさんのように、技術者はその気になればいい仕事ができます。そうした環境を作れていないのは、ひとえに経営の問題だと考え、突き詰めていくのが望ましいと思います。社員の積もり積もった経験、これを打破するには経営者が本気でそれをやり抜く意思を示さなければなりません。

あなたは新規事業のテーマが出ないのを部下のせいにせずに、自分の問題であると捉えて解決しようとしていますか?

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。

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