如水川柳〜弁理士の 腕に頼るな エンジニア〜【技術企業の高収益化#103】

いきなり恐縮ですが、私の、ある病気の話をさせてください。

先日、皮膚にできたしこりが気になって皮膚科に行ってきました。数カ月前から「あるな」とは思っていましたが、長く生きているといろんなデキモノができたりするものと、変な病気ではないことを祈りつつ過ごしてきました。しかしあまり変化はないとはいえ、気になり始めたら無性に気になるようになり、病院で診てもらおうと思い立ち、ある皮膚科に行きました。

受付してから1時間待ってようやく私の番に。ご高齢の男性医師が、目視だけでは分からない程度の小さな私のしこりを触って、素っ気なくこう言ったのです。「わかりません、どうしますか?」と。この一言に、私はどのように回答していいのか思い及ばず、「どういう意味ですか?」と聞き返してしまいました。すると、「うちでは分かりません。他を回ってください」と。訪ねた皮膚科は、地域で一番の病院です。良い医師だと思って行ったのに、あまりの愛想のなさに権威主義的な医師だと直感し、すぐに帰りました。

そして、次に訪ねた皮膚科は1軒目よりも小さな、都会にあるクリニックでした。今度は「大丈夫かな」と思いつつ恐る恐る診療室に入ると、そこで待っていたのは中年の女性医師。触診でしこりのサイズや動きを確認すると、「よくある◯◯です。放置しておいても問題ありません。もちろん、切除してしまうこともできますが、傷も残るのでやめた方が良いと思います。大きくなることも稀ですから」と、説明してくれました。これに対して私がいろいろと質問をすると、わざわざ図鑑のようなものを取り出してきて、それを私に見せながら丁寧に答えてくれたのです。

私は、その説明に十分に納得し、良い医師に出会えてよかった、とホッと胸をなでおろしました。

弁理士の世界にもある腕の差

さて、本題に入りましょう。最初に訪ねた皮膚科の「ヤブ医者」よろしく、弁理士の世界にも「ヤブ弁理士」という人たちはいるのでしょうか。私は、「そうでもない」と思っています。実際、私はヤブ弁理士を知りませんし、逆に、多くはいないものの腕のいい弁理士を知っています。そんな腕のいい弁理士に当たるとラッキーですが、そういう人は大抵忙しいため、依頼を受けてもらうのも一苦労です。

弁理士にも腕の差があるのなら、私がきちんと診断してくれる医師を探したように、腕のいい弁理士を探そうという発想になるかもしれません。しかし今回の本コラムで提案する内容は、その逆のことです。そこで、川柳がひらめきました。

弁理士の 腕に頼るな エンジニア

限られた腕のいい弁理士に出会える確率は低いですし、相当な経験を積まなければ腕がいいかどうかを見分けることは困難です。そこで、弁理士の腕に頼らずに、エンジニアが自分自身でやることを提案したいと思います。

そのためのノウハウは、前回書きましたように、「基本的な知財の思考回路の獲得」です。それが身につくと、自分自身でも下表の「レベル3」の仕事ができるようになります。そうなると、もはや弁理士の腕に頼らずとも、権利の質を安定させることができるはずです。

表◎発明提案書のレベル

どうやって基本的な知財の思考回路を獲得するか?

前回は、「基本的な思考回路を獲得するには勉強すれば良いだけ」と書きましたが、やや無責任だったと反省しています。どこを勉強すれば良いのかをきちんと説明しなかったからです。

では、実際に、どこを勉強すれば良いのでしょうか。答えを端的に言うとすれば、「進歩性」です。進歩性を知り抜けば、弁理士に依存せずに質の高い仕事をすることが可能になります。私は、エンジニアに進歩性の知識は必要不可欠だと考えています。コレを外してしまうと、せっかく開発した技術でも評価されずに知財にできない、といった事態に陥ってしまいます。

進歩性の審査基準は「極めて」「極めて」大切です。従ってエンジニアの皆さんは、進歩性については事例を含めて1日をかけて十分に学ぶ価値があります。ただし、自分で学習するには限界がありますし、学習ガイドもありません。では、どうすれば良いのでしょうか。

一度、このコラムを知財部に見せて、「エンジニアがもっと特許をとれるように教育してくれ。そのために、特に進歩性の部分を詳しく解説してほしい」と頼んでみてください。もちろん、私自身は相応の知識が身につく講座を実施していますが、私に限らず、腕のいい弁理士ならば皆、そのことを知っています。ですから、あなたの会社のお抱えの弁理士にぜひ、進歩性に関する講座を開くよう頼んでみてください。

もっと進歩性の教育を

請求項を減縮する補正を提案されて渋々応じた経験があるエンジニアの方は多いと思います。本当は【請求項1】で取りたいけれど、補正を提案されてしまったというケースです。

これは、一般的には自然な流れに見えるかもしれませんが、腕のいい弁理士から見れば実にもったいないことをしていると感じます。もちろん、いくら腕のいい弁理士でも不可能を可能にすることはできません。しかし、一般に不可能に思えることでも、腕のいい弁理士には可能に見えることが多いのです。

なぜ、こうしたことが起こるのでしょうか。ここでは「腕」と表現していますが、腕の中身というのは前述の通り「進歩性の知識」に他なりません。それがあれば、一般には不可能と見えることさえも可能に見えてくる。言い換えれば、多くのケースで、減縮補正をせずに意見書でそのまま通せるのです。

エンジニアである皆さんは、せっかく開発した技術を特許にしたいと思うことでしょう。「特許にする力」を高めることにも異論はないはずです。そうであればなおのこと、そんな重要な部分を弁理士に頼ってはいけませんよね。今回のお話にご納得いただけたら、ぜひ、知財部に声を上げてみてください。「もっと進歩性の教育をしてほしい」と。

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。