成果を刈り尽くした社長になるか、畑を残す社長になるか

どうせやるなら、まともな方が良いでしょう?

今回のコラムでは、上司と部下の視野について書きます。

「長くかかるよ」

と呟いたのはA社の社長です。A社の開発会議でのことでした。

A社長を囲んでいたのは、A社幹部数人、私です。話題は、技術の棚卸しのことでした。

A社での技術の棚卸しをした結果、技術的な資産が可視化されていないことが分かったのです。

A社長の言葉は、参加者の一人である幹部に向けられたものでした。

その幹部は直前に、「可視化はできていないが、業務に問題はない」という意味の発言をしていたのです。

A社長はこの発言にピンと来て、冒頭の発言をされました。

いえ、もっと正確に言えばイラッと来たものの、自分から怒りが出ると幹部含め社員が文句を言えなくなることを知っていたのでしょう。柔らかめに諭そうとしたのだと思います。

「長くかかるよ」という言葉の意味は、幹部の「問題ない」という見解とは真っ向から対立するものだったからです。

会議でのA社長の発言を私なりに解釈すると、こうなりました。

・可視化ができていないと承継できないだろ?

・社員がヤメたら、製品を作れない可能性もあるだろ?

・それを「問題ない」とは言えないだろ?

・社長の俺に「やれ」って言わせるのか?

言われた幹部は気まずそうにして、社長と視線を合わせようとはしませんでした。

言われたことが、図星だと思ったからでしょう。

「長くかかるよ」という言葉には、「やれ」という命令は言わないものの、やることを前提に考えるように、という意味があったのです。

社長と幹部のスタンスの違い

ところで、私がA社に関わっていたのは、技術戦略の策定に関することでした。

本来、技術戦略策定では、技術の棚卸しとか可視化・承継は本論ではありません。

しかし、「承継できない」ことはA社に限らずクライアント企業の課題であることが多いのは知っています。

そのため、そういう場合には、ある提案をすることにしています。

その提案とは、技術資産の可視化と承継の計画をたてることです。

一通りの提案をして、現状を共有したところ、冒頭のA社長の発言につながったという訳です。

先に書いたとおり、幹部は「問題ない」のに対して、A社長は「問題だ」というスタンスでした。

なぜこうしたスタンスの違いが起きたのか。

それは社長と幹部の時間軸の違いでした。

どういうことか説明します。

幹部の言いたいことはこういうことだったでしょう。下線部です。

可視化できていないとはいえ、部下の社員は技術を分かっている。

その部下がいるうちは安泰だ。

要するに、部長が見ていた世界は、自分の任期・自分のポストだったことでしょう。

一方、社長のスタンスは次のようなものでした。下線部です。

技術の本質が分かっている部下がどれだけいるのか。

シニア技術者だけに頼れない。彼がヤメたら会社はどうなる?

このままでは、応用が効かない人が世代交代と共に増える。

要するに、社長は自分の任期ではなく、会社の継続的発展の礎を意識されていたでしょう。

と、ここまではよくある話です。

賢明な読者は、「社長が正しい、長期的視点で考えろって話ね」、とツッコミたくなっているのではないでしょうか?

社長の本当の思いとは?

でも、今日お伝えしたいのはそういうことではないのです。

そこから少しだけ深掘りして、社長のスタンスがどこからくるのか?という話です。

A社長がオーナー経営者なら話はスッキリするのです。

長期的意思決定をする理由は「子どもに相続させるから」です。

しかし実は、このA社長はオーナーではなく退任時期が決まったサラリーマンだったのです。

退任するサラリーマン社長なのに、なぜこうした長期的視座を持つに至ったのか、そのことが、今日お話したい正体です。

後日、A社長と話をする機会がありました。

上記のやり取りを振り返って、中長期的な視野に立てている理由を聞いてみました。

そうすると、A社長が笑いながら言われました。

「どうせやるなら、まともな方が良いでしょう?」、と。

詳しくうかがってみると、こういうことでした。

「自分の任期は短いものの、退任後に残されるのは若手社員だ。

若手社員から見て会社が発展的に継続するのが一番だ。」

私はこう解釈しました。

・A社長は、自分の任期とかサラリーマンという立場で仕事の仕方を決めていない。

・むしろ、自分が信じる最善から、仕事の仕方を決めている。

私が関心したのは、A社長の腹が据わった態度です。

普通、自分の任期や立場があれば、与えられた任期・立場で成果を出そうとします。

しかし、「長くかかるよ」というのは明らかに、自分の任期中には成果が出ないという意味がありました。

にもかかわらず、それをやろうとする姿勢に侠気(おとこぎ)を感じたのです。

世間では、人生100年の時代です。

書店に行けば「100年時代の◯◯戦略」「副業」など、個人利益に関する本ばかり出回っています。

こうした情報を見れば個人利益を追求したくなる世の中です。

こんな世界でも、自分より、あとの世代のことを考えることをどこかで「決めた」。

その潔さから来るのでしょう、A社長はどこまでもネアカでした。

さて、今日お伝えしたかったのは、個人的・短期的成果よりも組織的・長期的成果という話ではありません。

長期を志向したA社長の腹の話、腹が据わった背景は、どこかでそれを決めたという話でした。

経営者として、中長期的なことはさておき、短期的成果を刈り取りたくなる時があります。

短期成果が重要ではないとは思いませんが、常に短期を志向するのは自分の思いの現れであることに気づかなければなりません。

例えば、「とりあえず、、、」とか「目先の優先順位は、、、」などの表現が口癖であれば、短期思考に支配されているということです。

大事なことが何であるのか決めないままに仕事をすれば、ほとんどの場合、人は短期成果を志向します。

退任する時に、「成果を刈り取り尽くした社長」と評価されて退任するのか、

「刈り取れそうな畑をたくさん残した社長」と評価されるのか、

あなた自身の本質が問われると言っていいでしょう。

さて、あなたは、自分が大事にしたいものを決めているでしょうか?

決めたことは、誰が見ても恥ずかしくないものになっていますか?

追伸(以下余談)

こんなことを書いていると、

「そういうお前はどうなんだ?」と読者からツッコミが来そうです。

私の話をすれば、あるタイミングで決められました。

A社長の話を聞いた直後くらいです。

自分が何を大事かを決めたい、と思ったのです。

なぜかと言えば、明るく過ごして行きたいからでした。

決めずして、知らず知らずに個人的・短期的成果に惑わされ・悩む自分よりも、

決めて、組織的・長期的成果を志向して、明るい方が自分に合っている。

そのことがキッカケで、そう思うようになったのです。

コラムに書くくらいですから、美しい話ですみません。

ツッコミには耐えられるくらいじゃなければ、コラムには書かないんですよ(笑)。

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。

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