実践的な技術戦略の立て方その⑪ IPランドスケープで何か見えると思っていないか?

「当社でも遅ればせながらIPランドスケープ、らしきものを始めたんですよ。でも技術者からの反応がイマイチなんです。」

先日、オンラインで打ち合わせをしていた所、このような悩みをお聞きしました。大手企業の知財部の方です。

「らしきもの」と言われていたのが印象的なその方は知財部では古参のエキスパート。仮にAさんと言いましょう。とはいえ、知財情報解析はあまり慣れていないらしく、複数の研修に参加された程度ということで、それほど自信があるわけではなさそうでした。

聞くところによると、知財部には支援すべき研究所や事業部門があり、多数の技術者がいるとのこと。研究所や事業部が検討するテーマに対してIPランドスケープの観点から支援をしたいと思っているが、空振り感があるということです。

「反応が悪いというか、ニーズがないように感じるんです。ニーズのない所に話を持っていっても仕方ないんでしょうか?」とAさんは尋ねます。知財部長はそれを横で聞きながら頷かれます(オンラインですが)。

さて、皆さんの会社でもこんなことはないでしょうか?知財部はIPランドスケープをやる用意があるものの、実際にやろうとすると技術者が乗ってくれない。そんな状況です。

実はこの手の話、よくある話なのです。「IPランドスケープあるある」と言いましょうか、IPランドスケープに限らず、バズワードには必ずあります。例えば「オープンイノベーション」も同じです。手法が先行して新聞・雑誌で報道されて一般化はするものの、現場には落ちないのです。そのため、推進者は困るという構図です。

IPランドスケープは親子関係に似ている

この状況は子どもと塾の関係によく似ています。「塾に行かせる準備が親にあったとしても、子ども本人はその気でない」そんな状況です。子どもは勉強の必要性を感じておらず、「なんで塾に行く必要があるの?」という質問をされても親は応えられないのです。

「いい大学いい会社」などという時代ではないとは言え、良い教育を受けることは大切だとは多くの親が思っており、塾に行こうとしない子どもにはイライラしてしまうのです。

そんな時、親の対応は概ね3通りあります。①放置する、②本人が行きたくなるまで待つ、③行くように誘導する、の3つです。

塾に行く子どもの場合、「親の言うことは聞いておいたほうが良いだろう」とその誘導に乗ることが多いように思われます。そうして、塾に行かせることができれば親は肩の荷が一つ降りますが、その後もことあるごとに親の誘導があることは想像に難くないでしょう。

話をIPランドスケープに戻しますが、件のAさんも子どもを塾に行かせたい親と同じ状況にありました。技術者がやりたいと思っていないのです。Aさんにも3つの対応がありました。①放置する、②技術者がやりたくなるまで待つ、③やるように誘導する、の3つです。

先述の通り、Aさんは知財部では古参のエキスパートです。経験豊富ですし、IPランドスケープの研修も受けました。できる準備はしたのです。しかし、技術者が乗ってくれない、というのは悩ましい状況ですよね。

Aさんや知財部長は③の誘導の方法を探っているようでした。打ち合わせでは、「どうすればうまく誘導できるのですか?」と問いかけられました。それで私はどんな答えを伝えるのがいいのか、考えていました。

というのは、③の誘導をした結果を知っているからです。どういうことかといえば、別の会社での話になります。B社と言いましょう。B社では技術部門に知財部から定期的に情報が配信されていました。単なるSDI(特許公報等の配信)ではありません。なんと、毎月パテントマップにされたものが毎月送られてくるのです。

知財部の方はこのサービスの行き届きぶりに驚くかも知れません。読者のために補足しますと、パテントマップというのは作成が非常に面倒で手間がかかります(自動化ツールで通り一遍のものは簡単にできるのですが、きちんと意味のある情報にするには手間がかかります)。その苦労は分かりにくいと思いますが、B社の知財部員は粉骨砕身、寸暇を惜しんでマップを作ったであろうことは想像に難くありませんでした。

知財部が苦労したIPランドスケープに対する反応は

そんな手間のかかったマップです。さぞかし技術者からはありがたがられているのでは?と思ってしまいますよね。私もそう思いました。

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しかしです。B社技術者がそのパテントマップを見てどのような反応をしていたかというと、否定的で冷たいトーンで「パテントマップを見て新しいことが浮かんだことがないんですよね」とポツリと言われたのです。

B社技術者にその背景を聞いた所、あることが分かりました。それは、B社技術者の思い込みです。B社技術者は、開発テーマそのものに役立ちそうな・美味しい情報がパテントマップに分かりやすく掲載されていると思いこんでいる、ということでした。

お話をお聞きすると、B社技術者はまるでスマートフォンで情報を得るかのような手軽さを期待しているようでした。スマートフォンを見ればすぐに必要な情報にアクセスできます。最近のWEBサイトは親切ですから、読む必要性すらなくなっています。眺めれば絵でわかるようになっています。

そのような考え方でパテントマップを眺めても何も出てこないことは自明なのですが、B社技術者はまるでスマートフォンでWEBサイトを見るかのような感覚のようです。平然と「パテントマップを見ても、『ふーん』で終わります」「明細書を読みません」と言います。当然ながら、知財部の苦労など素知らぬ顔です。

私は、B社技術者の顔を見ながら「まるで親の苦労を分からない子どものような表情だな」と思いました。

「そんな姿勢で読んでも何も出てきはしませんよ」と口から出てきそうになりました。しかし、B社技術者はそれほど迫った助言ができる関係ではありませんでした。失礼になりそうなことは言わず、当たり障りのない話をしておいたのでした。

B社では、知財部が誘導に誘導を重ね、親切にマップまで作って提供していたに違いありません。しかし、誘導に誘導された技術者が「ありがたい」と思ってくれるかと言うと話は別です。B社技術者は、まるで無理やり塾に行かされた子どものようでした。

そんなことがあったので、Aさんに「誘導すると良いですよ」とは言えなかったのです。

可愛い子には旅をさせよ、甘える技術者には指導せよ

本来であれば、研究開発テーマを優れたものにしたいという動機は技術者が持つはずです。しかし、IPランドスケープという言葉は、知財部に主導権を持たせるような響きもあります。「知財部がなんとかしてくれるんでしょ?」と言わんばかりの技術者が生まれてしまう理由の一つになっていることは否めません。事実、Aさんの会社でも「技術者の反応が思ったほど良くない」ということになっていました。

当然のことですが念の為に書きますと、知財部と技術者は、塾に行かせたい親と子どもの関係ではありません。知財部は誘導しまくる親ではないのです。もし、「知財部がなんとかしてくれるんでしょ?」と言う技術者がいたら「馬鹿野郎、甘えるんじゃない」とでも言ってあげていい位です。

IPランドスケープの目的は新規事業創出や既存事業の競争優位性の構築です。目的達成の責任を負うのは技術者であって、IPランドスケープはそのための手段に過ぎないことを念頭に置かなければなりません。

では、知財部は放置すれば良いのでしょうか?いいえ、そういうわけでもないんです。過度に甘えさせてはいけない、かといって放置してもいけない。まるで誘導のうまい親のように振る舞わなければなりません。

話はAさんとの打ち合わせに戻りますが、私が助言したのはうまい誘導法についてです。うまい誘導と言っても、単に技術者に働きかけるのではありません。技術のトップをうまく使うことでした。技術者が甘いということは、そのトップが甘いのです。

なあなあ主義の先送り経営型のトップが君臨していては現場は動こうにも動けません。会社ですから、トップがうまく動かないと新規事業創出や既存事業の競争優位性の構築などうまくいきません。現場の技術者を動かすには、まずトップから変えよう、ということです。

IPランドスケープに限らず、バズワードに乗っかっていると気楽です。最先端のツールでトレンドのお仕事をしている感覚になります。イメージ先行でお茶を濁す程度の仕事しかしないのであれば話は別ですが、そんなことをしていても意味がないことは賢明な読者の方々ならお分かりでしょう。

意味のないお仕事などには手間を割く必要性がありません。本当に効果がある部分を見極めて、そこに全力を注がなければならないことなど、あまりにも当たり前の話です。

さて、あなたは会社全体を動かしてIPランドスケープを有意義なものにするために何が必要か、分かっていますか?

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。

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