男気のある仕事で発明の質が変わる【技術企業の高収益化102】

仕事柄、私はいろいろな会社の方と会食をする機会があります。私の仕事のほとんどが技術系であることから、会食の相手は男性であることが多く、そこに時々女性が来られます。先日、とある会食で、女性のNさんと一緒になり、その方の話に「男気」をひしひしと感じました。

Nさんは非正規職員なのですが、仕事は正規職員よりもできるそうで周囲の評価も高いようでした。正確さの要求される仕事は寸分違わぬ正確さでこなし、正規社員に要求されるような資格などに対しても「Nさんも取ってみたら」と薦められればどんどんと取る。そんな、正規社員の若手からも慕われているNさんは、「新社会人が選ぶ理想の上司 女性編」(明治安田生命)で2010年から7年連続1位を獲得している天海祐希さんを彷彿とさせます。

とりわけ、若手のA君はNさんを頼りにしているようです。二人は、入社時期こそ近いものの、正規と非正規ですから受けてきた教育は全く違います。もちろん、A君が受けた教育の方が充実しています。しかし、仕事の能力はといえば、Nさんの方が明らかに上。A君に分からない仕事がある時には、Nさんが事実上の教育係として接し、「知らないことは仕方ないね」と優しく教えているそうです。しかし、件のA君は甘えん坊。同じことを幾度となく聞いてきたり、小さなミスを繰り返したり…。そんな甘い部分を見せるときには、Nさんがビシっと言っているとのことでした。

こうした「指導」ぶりを聞きながら、Nさんの仕事力は相当高いと感じました。そして、そんな仕事力には、正規も非正規も、ましてや男性も女性も関係ないものだ、とも思いました。非正規で女性のNさんは正規で男性のA君よりも、業務の背景や意味をきちんと理解し、A君の成長までを見越して指導をしているというお話ぶりだったのです。

会食の席で、「男気」という言葉が出ました。しかしよくよく考えてみると、男気という言葉の正確な意味を知らないと思い、改めて辞書で調べてみたところ、そこには「犠牲を払って人に尽くしてやる気性。義俠心」とありました。なるほど、Nさんの指導ぶりは女性でありながら、まさに男気にあふれたものだと確信したのです。

男気のある知財業務とは?

Nさんの話を聞きながら、「知財の世界にも男気って必要だなあ」と思いました。例えば、何をどこまで任せるかという話。「知財は知財部門に任せる」というエンジニアがいたり、「知財は弁理士に任せる」という会社があったりします。無論、「任せる」こと自体は悪くはありませんが、任せ方には大きく二種類あると思います。一つは、「全てを丸投げして責任まで押し付ける」任せ方。もう一つは、「依頼者が責任をとることを明確にして必要な部分は完全に依頼する」任せ方です。

悪いのはもちろん前者。「責任まで押し付ける」と書くと辛辣に思えるかもしれませんが、依頼の方法が雑だと、受け手側の弁理士が「押し付けられた」と感じてしまうことが間々あるのです。腕の立つ弁理士に聞いても、「資料もろくにないのに『先生にお任せします』と言われる依頼が一番イヤ」と言います。特許が成立するか否かは、弁理士の腕にも大いに掛かっているのは事実ですが、基本的には発明次第なのです。弁理士に資料のとりまとめまで依頼するエンジニアは論外と言っていいでしょう。

上述の例は極端なケースですが、低レベルの依頼は受ける側の弁理士のモチベーションを低下させます。こうした依頼は、およそ男気のある依頼とは言えません。

弁理士もプロである以上、大事な発明の権利を取ってあげたいと思っています。お互いにプロの関係であるのが理想ですが、私の経験から、企業やエンジニアの側がプロとは言えないケースが結構あります。弁理士に依頼してお金を払う企業が何をどこまで任せているのかさえ把握していないのですから。

仮に、企業側がプロではなかったとしても、弁理士は明細書というアウトプットを書きます。しかしその質が良いか悪いかは、一義的には企業やエンジニアの責任です。そのことを自覚しないで相手のことを思いやっているとは決して言えないのではないでしょうか。

きちんとした依頼をするには

それでは、きちんとした依頼をするにはどうしたらよいのでしょうか。端的に言えば、発明提案書をしっかり書くこと。私は、発明提案書にはレベルがあると考えていますが、できるだけ高いレベルを目指すことが重要です。下表に、そのレベルを示しましたので参考にしてください。

表◎発明提案書のレベル

もちろん、発明提案書のレベルを上げていくことだけがゴールではありません。レベルの高い発明提案書を書くには、それ相応に時間がかかります。その時間をエンジニアが費やすことに対し、妥当ではないと判断されることがあるからです。

その場合、上手に弁理士や知財担当者と協力することが重要になります。ただし、レベル3の発明提案書が書ける能力がなければ、上手に協力することは難しいでしょう。先行技術を調査して差異を抽出し、その作用効果を考えるという一連の行動、すなわち知財を取るための基本的な思考回路なくして、発明に関する会話は成立しないからです。

共通の思考回路がないと、エンジニアは弁理士に教えられたり、提案されたりするだけになってしまいます。結果として、良い権利を取れないばかりか、相手を困らせることにもなってしまうのです。きちんとした依頼をするカギは、基本的な知財の思考回路を獲得することに他なりません。

男気のある仕事をしよう

ここまで書き進めてきた通り、知財の基本的な思考回路が仕事の成否に直結します。知財で求められる基本的な思考回路を獲得すれば、必ずしも発明提案書を書く必要もありません。

冒頭のNさんとA君の話に戻りますと、ほぼ同時期に入社した二人の差を分けたのは勉強量の多寡にありました。勉強というのは、必ずしも座学のことではありません。仕事の意味や背景を理解するのもしかり、目の前の業務がなぜ存在するのかを理解するのもまたしかりです。こうした理解の差によって、NさんはA君を指導する立場になっていったように思います。

このことは、知財でも同じ。基本的な思考回路を獲得するためには、勉強すれば良いだけです。そうすれば、発明の質を高められる上、弁理士に対しても的確で、かつプロとしての能力を引き出せるような依頼ができるようになります。エンジニアとして、男気のある仕事、言い換えれば相手を思いやる仕事をすることで、結果としての発明の質も変わるのです。弁理士や知財部がいるからといって、やるべきこともやらずにサボれば、絶対に良い結果は出ません。

「男気」と書くと男性だけのものかと思わるかも知れませんが、冒頭で述べた通り、仕事には男も女も、正規も非正規も関係ないことはNさんとA君の事例が端的に示しています。さあ、男気のある仕事をしてカッコ良く生きようではありませんか!

余談 男気について

男気と言えば、私にとっては東郷平八郎です。有名な日本海海戦での「丁字戦法」。旅順艦隊との戦いにおいて、早めに舵を切って旅順に逃げられた苦い経験もあって、日本海海戦では敵の標的になるリスクを取りつつギリギリまで待ってから取舵を切りました。結果はご承知の通り、日本海軍の大勝利。東郷平八郎が部下である秋山真之が提案する方法を採用したのも男気なら、平八郎が自ら取舵を取る判断をして責任の所在を明確にしたのも男気だと思います。

今回のコラムの中で、男気の説明にあえて東郷平八郎を出さずに、NさんとA君の例を引いたのは、読者の皆さんには平八郎よりもNさんやA君の方が身近に感じてもらえるのではないかと考えたからです。エンジニアは日々重要な仕事をしています。その中で、知財の出願は大きなイベントに違いありません。しかし、それらは日常的な行為として、十分な勉強をしていれば業務を遂行することは可能で、戦時下における東郷平八郎の男気とは趣を異にするものです。

読者の皆さんの周りにも、NさんとA君のような人はいませんか。Nさんのように、男気のある仕事ができる人は、見ていても、男女の違いなくカッコ良いですよね。Nさんよろしく、思いやりのある男気のある仕事、したいものです。

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。