(要約)ROICスプレッド向上を「売上を上げろ」「費用を減らせ」とだけ読み替えると、R&D投資が削られ、中長期テーマが消えていきます。本稿では、ROICの誤読がなぜ起きるのか、そしてR&Dを壊さないために何をどう読み替えるべきかを整理します。
ROIC経営という言葉は、いまや多くの企業で当たり前のように使われています。資本効率を高め、資本コストを上回る収益を出すという考え方自体に異論は少ないでしょう。しかし、現場に降りていく過程で、この考え方がしばしば別の意味に変質してしまいます。
その典型が、「売上を上げろ」「費用を減らせ」という短期的な号令への変換です。ROICスプレッド向上という本来は経営管理上の指標が、現場では単純な短期利益圧力として受け取られ、結果としてR&D投資や中長期テーマが圧迫されることがあります。
本稿では、なぜROIC経営が短期思考に化けやすいのか、その誤読がR&Dにどのような影響を与えるのか、そして日本企業のR&Dにとってどのような読み替えが必要なのかを整理します。

ROICスプレッド向上は現場でどのように誤読されるのか
ROICスプレッドは、ROICからWACCを差し引いた指標です。本来は、企業が資本コストを上回る収益を上げているかを確認するための指標であり、経営全体の資源配分を考えるための道具です。ところが現場では、この指標がかなり単純化されて伝わることがあります。
典型的なのは、**「売上を上げろ」「コストを下げろ」**という形です。たしかに、ROICを改善するためには売上や利益を増やすこと、費用や投下資本を適正化することが必要です。しかし、その理解が短期の数字だけに偏ると、現場では「今期の利益を良く見せるには何を削るか」という話になりやすくなります。
R&Dの現場で最初に圧迫されやすいのは、中長期テーマです。今すぐ売上に結びつかないテーマは後回しにされ、出願、探索、顧客課題調査、新用途検討といった活動は「余力があればやること」に落ちてしまいます。つまり、ROICスプレッド向上という経営指標が、短期成果だけを求める現場運用に置き換わってしまうのです。
なぜ「売上を上げろ・費用を減らせ」だけではR&Dを壊してしまうのか
R&Dは、今期の利益を守るためだけの機能ではありません。将来の競争優位を作るための機能です。したがって、R&Dを短期の利益改善だけで運用すると、将来に必要な種まきが削られてしまいます。
短期利益だけを重視すると、起こりやすいことは明確です。すぐに売上につながる改良案件が優先され、既存顧客対応やモデルチェンジが増え、中長期テーマへの資源配分が細ります。さらに、探索型のテーマは「今期の数字に効かない」という理由で抑制されやすくなります。その結果、来期以降に向けたテーマの種がなくなっていきます。
これは単なる理論上の懸念ではありません。R&Dのテーマパイプラインは、継続的に作られていなければ、ある時点から突然細ります。そしていったん細ったパイプラインを元に戻すには時間がかかります。だからこそ、ROICを短期利益圧力としてのみ運用すると、今期の見栄えと引き換えに将来の競争力を削ることになりやすいのです。

ROICを「競争優位性向上」と読み替えるべき理由
では、ROICをどう読み替えればよいのでしょうか。ここで重要なのは、ROICを単なる短期利益管理ではなく、競争優位性向上のための経営圧力として理解することです。
ROICが求めているのは、単にその場の利益率を上げることではありません。資本コストを上回るだけの収益構造を継続的に作ることです。そのためには、将来も高い収益を生み続けられる競争優位が必要になります。したがって、ROICの現場での正しい問いは、「何を削るか」ではなく、**「どうすればこの事業の競争優位を高められるか」**であるべきです。
この読み替えに立つと、R&Dの役割も変わります。R&Dは費用ではなく、競争優位をつくるための投資として見直されます。新用途探索、顧客課題調査、F軸仮説の構築、評価技術の整備といった活動は、短期的には利益に見えなくても、将来のROIC改善につながる行動として位置づけ直されるのです。
事業ステージを無視した短期ROIC運用は何を招くのか
ROICを短期思考に変えてしまうもう一つの理由は、事業ステージの違いを無視してしまうことにあります。事業には、成長期、成熟期、問題児化した段階など、それぞれ異なる局面があります。当然、必要な投資行動やR&Dの役割も違います。
成長初期の事業では、売上拡大のために投資が先行することがあります。成熟事業では、競争優位を維持するために差別化が必要になります。問題児化した事業では、新用途探索や事業モデル転換が必要になることがあります。この違いを無視して、すべての事業に同じ短期収益基準だけを当てると、必要な投資まで削ってしまいます。
つまり、短期ROIC運用の問題は、単に「厳しすぎる」ことではありません。事業ステージごとに異なる最適行動を無視して、一律の短期評価を押し付けてしまうことにあります。R&Dにとっては、どのステージで何に資源を振り向けるべきかを見誤ることが、最大のリスクになります。

川崎重工、オムロン、旭化成の事例から何を学ぶか
短期ROIC偏重の限界は、実際の企業事例からも見えてきます。資料では、川崎重工、オムロン、旭化成の事例が挙げられています。ここで重要なのは、個別企業の評価ではなく、ROIC運用に対する学びです。

川崎重工の事例からは、ROICだけで事業を単純に判断することの難しさが見えてきます。事業の特性や投資回収までの時間を無視して一律に判断することには無理があります。

オムロンの事例からは、短期的なROIC目標達成を優先しすぎると、成長投資が不足し、後から大きな反動が出ることが示唆されます。

旭化成の事例からは、低収益事業を即売却とみなすのではなく、収益改善や事業モデル転換の対象として捉える考え方が見えてきます。
これらの事例が示しているのは、ROIC経営そのものが悪いということではありません。短期だけで読むと失敗しやすく、将来の競争優位性を含めて読む必要があるということです。
R&DにとってのROICの正しい使い方とは何か
R&DにとってROICを正しく使うとは、短期利益を守るために予算を削ることではありません。将来の競争優位をつくる活動を、資本効率の文脈で正当化し、継続的に資源配分することです。
そのためには、ROIC改善を「今期の数字を良くすること」ではなく、「中長期的に高い収益構造を作ること」と捉える必要があります。具体的には、顧客課題調査、潜在ニーズ探索、F軸の設定、新用途発見、評価技術の整備など、将来の差別化に効く行動をR&Dの正式な業務として位置づけなければなりません。
ROICを正しく使う企業では、R&Dは費用削減の対象ではなく、競争優位性を作るための中心機能になります。つまり、R&DにとってのROICの正しい使い方とは、短期利益の圧力として受け取るのではなく、将来の競争優位をつくる責任として読み替えることなのです。

FAQ よくある質問
Q)ROICスプレッド向上はなぜ現場で誤読されやすいのですか
経営指標としては抽象度が高いため、現場では「売上を上げろ」「費用を減らせ」という短期的な指示に単純化されやすいからです。
Q)なぜ短期ROIC運用はR&Dを壊してしまうのですか
今すぐ利益に見えない中長期テーマや探索活動が削られ、将来の競争優位を生むための種まきが止まるからです。
Q)ROICを競争優位性向上と読み替えるとはどういう意味ですか
ROIC改善を短期利益管理ではなく、将来も高い収益を生み続ける事業構造を作ることとして捉える、という意味です。
Q)事業ステージを無視すると何が起こるのですか
成長初期や転換期に必要な投資まで抑制してしまい、将来の成長機会や競争優位の回復機会を失いやすくなります。
Q)ROICをR&Dで正しく使うには何が必要ですか
中長期テーマにつながる行動を正式な業務として定義し、将来の競争優位に効くプロセスへ継続的に資源配分することが必要です。
研究開発ガイドライン「虎の巻」を差し上げます

研究開発マネジメントの課題解決事例についてまとめた研究開発ガイドライン「虎の巻」を差し上げています。また、技術人材を開発するワークショップやコンサルティングの総合カタログをお送りしています。
部署内でご回覧いただくことが可能です。
しつこく電話をするなどの営業行為はしておりません。
ご安心ください。
・潜在ニーズを先取りする技術マーケティングとは?
・技術の棚卸しとソリューション技術カタログとは?
・成長を保証する技術戦略の策定のやり方とは?
・技術者による研究開発テーマの創出をどう進めるのか?
・テーマ創出・推進を加速するIPランドスケープの進め方とは?
・新規事業化の体制構築を進めるには?
・最小で最大効果を得るための知財教育とは?



