高い利益率を生むための「潜在ニーズ」、本稿では、潜在ニーズとは何か、潜在ニーズの発掘はなぜ重要なのか、そして、潜在ニーズ発掘をする上で大切になる考え方を紹介します。
目次
潜在ニーズとは?
潜在ニーズとは、顧客が真に望んでいることでありながら、言語化されず、誰からも認識されていない課題を指します。聞けばすぐに分かる顧客要望(顕在ニーズ)の対極となる考え方です。
とある男性の体験談を例として紹介しましょう。雨が長引く 5月の末、その男性は、洗濯した衣服を部屋干しするための商品をアマゾンで検索していました。
「物干し」と検索すると色々な種類の商品がヒットします。自立するタイプ、突っ張り棒タイプ、壁面取り付けタイプなど。
ここで、「部屋干し用製品が欲しい」というのが、この男性にとっての「顕在ニーズ」です。
しかし、洗濯物を干すためには、「ある程度の高さを持ち、地面と平行に置かれた棒」があれば良い、ということに気付きました。つまり、欲しいのは製品ではなく、「洗濯物を干せる状況」だったわけです。
この「洗濯物を干せる状況があればいい」というのが「潜在ニーズ」です。本当に欲しいものは製品ではありません。
そこに気付いてからは物干し竿を立てかけられる平行な 2つの支点を家中探し回りました。最終的には、物置に眠っていた筋トレ用の懸垂マシンを見つけた、というオチです。
潜在ニーズは、単なる知識不足や、逆に知識が豊富すぎることよる先入観、特定の社会構造に起因する偏見を持っていることで見えづらくなる場合があります。今回の例の場合、「洗濯物を干すためには、専用の製品が必要」と考えることが先入観になっていました。
潜在ニーズの発掘が重要である理由とは?
ここからはビジネスシーンの話をします。ビジネスシーンで潜在ニーズ発掘が重要である理由、それは「収益性向上」のためです。
以下では、潜在ニーズ発掘が収益性向上に直結する理由を分かりやすくするため、アンゾフの成長マトリクスを引用します。
アンゾフの成長マトリクスと潜在ニーズ
アンゾフ(1918-2002)は、会社の成長には4つの方向があると述べました。
(D)既存市場 × 既存技術 → 「市場浸透」
(B)既存市場 × 新規技術 → 「技術開発」
(A)新規市場 × 既存技術 → 「市場開拓」
(C)新規市場 × 新規技術 → 「多角化」
原著では横軸が製品(product)となっていますが、本質的なことは変わりません。上記4つの成長政略のうち、どの方法で成長を目指すも自由ですが、それぞれの戦略にはメリットとデメリットが存在します。
例えば、図中左下領域の「市場浸透」では、事業が失敗する確率が低く、安定的に収益を得られますが、他社の参入や製品の模倣によって、利益率は時間と共に低下していきます。ずっとこの領域に留まることはできません。そのため「収益低下ゾーン」。
また、図中右上、「多角化」を行う場合、上手くすれば会社の可能性を大きく広げることとなりますが、これまで培ったノウハウの活用が難しく、ギャンブル性の高い戦略となります。図の中で右方向や上方向に進むほど利益率と事業失敗の可能性が高くなるわけです。
確実な成長を見込める業界では市場浸透戦略が合理的となりますが、近年の高度情報化社会においては情報拡散の速度、すなわち模倣のスピードが上がってきており、右上側の戦略が相対的に有利になりつつあります。
潜在ニーズは、特に「既存市場 × 新規技術」の成長戦略で効果的に機能します。
「既存市場 × 新規技術」における潜在ニーズの位置づけ
この領域で問題となりやすいのが、「提供価値と顧客ニーズの不一致」です。「新技術を取り入れなければ」という使命感に支配されると、顧客が本当に求めていることが見えなってしまいます。
この不一致を解消する突破口が、「潜在ニーズ」です。
潜在ニーズは、自社の既存事業から新規事業への道筋を照らし、両者をスムーズに接続します。「顧客が本当に求めている製品ではなかった」という、製品開発におけるリスクを減らし、事業の成功率を高めることができるのです。
潜在ニーズを発掘するための基本的な考え方は?
ここからは潜在ニーズ発掘の方法について話していきますが、その前に、大切にして頂きたい考え方がいくつかあります。
まず抑えて欲しいこととして、潜在ニーズの発掘は個人や一部署だけでやるべきではない、ということです。
これについては後で詳しく解説しますが、潜在ニーズ発掘とそれに伴う事業の創出は、会社全体で取り組んでこそ最大の効果を生み出します。技術者から営業、現場から経営陣までが連携し、一体となって進めるべきことであり、その意味では会社の方針や体質に近いものと言えるでしょう。
もちろん、この考え方を根付かせるためには長期的、段階的な社内教育が必要となります。しかし、目指すべき最終的なゴールとしては、「会社全体が潜在ニーズ発掘型へシフトすること」に設定すべきです。
また、ここから導かれることとして、潜在ニーズの発掘は、「誰でもできる仕組み」でなければなりません。
社内で能力が高い人、余裕がある人だけがやる仕事になってしまえば、会社全体へは根付きません。「技術者は研究開発だけをやっていればいい」という風土の会社も多いでしょうが、私の考えでは、技術者こそ顧客の潜在ニーズにアクセスする努力を絶やすべきではない、と考えます。
少なくとも、業界盛衰スパンが短くなっている昨今、技術者の役割も昔とは違うと考えるのが自然でしょう。
潜在ニーズ発掘マニュアル
先ほど、「誰でもできる仕組み作り」が必要だと述べましたが、その仕組みを可視化したものが「潜在ニーズ発掘マニュアル」というツールです。
このマニュアルは、会社内部でノウハウを蓄積し、共有し、随時更新して改善する、という一連のプロセスを補助します。事業創出の過程で陥りやすい行き止まりを回避する方法を伝承し、潜在ニーズ発掘の最低レベルを大きく引き上げることが可能です。
このようにマニュアルを推進しているのは、私の経験上、これが最も良い方法だと確信しているからです。潜在ニーズ発掘を会社として進めていきたいと考えている方は、是非、そのための仕組み作りにも目を向けて頂きたいと思います。
潜在ニーズを発掘する方法とは?
ここからは潜在ニーズを発掘するための具体的な方法を述べますが、その方法自体はよく知られているものであり、陳腐です。重要なことは、具体的な方法論ではなく、「マニュアル化」と「会社全体で取り組む」ことだと再度強調しておきます。
潜在ニーズ発掘方法として代表的なものには、「マクロトレンド調査」、「IPランドスケープ」、「インタビュー」が挙げられます。
潜在ニーズを発掘する方法は他にもたくさんありますが、ここでは上述の3つについて解説していきましょう。
マクロトレンド調査による潜在ニーズ発掘
マクロトレンド調査とは、社会全体の大きな流行の変化を調べることです。
代表的なフレームワーク(体形化されたアルゴリズム)としては PEST分析があります。「Politics(政治)」、「Economy(経済)」、「Society(社会)」、「Technology(技術)」の各方面が業界に与える影響を精査します。
政治、経済、社会、技術については、誰が調べても同じようなものになりがちですが、それらが「特定の業界に及ぼす影響」を考え始めると、一様な結果にはならないはずです。しかし、慣れないうちは当たり前の結果となり、潜在ニーズは見つけられないでしょう。だからこそ、マニュアルが必要となります。
マクロトレンド調査について詳しくは、こちら(外部リンク)をご覧ください。
IPランドスケープによる潜在ニーズ発掘
IPランドスケープで行うことは、特許情報の類型化と、有意な可視化、及び特許分布を用いた業界構造の把握です。
具体的に言えば、特定のキーワードから抽出した数百件の特許を精査し、以下のような図を作成します。
ここでは、横軸を課題、縦軸を構成(課題を解決するための技術や仕組み)として、特許がどのように分布しているのかを調べました。
こうした図を作ると、どの領域に特許が集中して、どの領域が空白なのか、が分かります。その理由を追求していけば、業界の抱える課題が見えてくるはずです。
顧客が特許を出すような会社の場合、有効な情報収集方法となります。
ただ、注意して欲しいのは、特許情報の限界です。よく調査している場合には、特許情報をいくら調べても既知の情報ばかり出てきます。
インタビューによる潜在ニーズ発掘
最後の方法は、単純な聞き込みです。顧客に、自社製品を使っているときの状況をインタビューします。
当社では、以下のようなインタビューシートの作成を推奨しています。
当たり前ですが、「製品使用時の不満を教えてください」という抽象的な質問をしても、顕在ニーズしか得られません。先入観で覆われ、見えにくくなっている潜在ニーズを発掘するためには、質問の方法にコツがあります。そして、そのコツは業界によって全く別のものになるはずです。
潜在ニーズ発掘の成否は、インタビュワーの「経験」や「目の付け所」、「ひらめき」のような個人の能力に依存します。ゆえに、マニュアルを使って、どういうことに注意して聞くべきなのか、を共有することが重要です。
発掘した潜在ニーズの活用と事業化への流れ
発掘したニーズは、放っておけばただのシーズです。金の成る木に育てあげるためには、どうやってその要求に応えるのか、を考えねばなりません。とはいえ、そこは技術者の得意とすることではないでしょうか。与えられた課題を解決する仕事です。最も難しい問題設定は既に終わっています。
また、技術者目線で考えると、この問題の解決は、顧客要望に対応することよりも容易であると分かるでしょう。
技術者とは、営業から上がってくる訳の分からない要望によって、常々抑圧される生き物です。そうした要望は、時に複雑な人間関係や、非合理な因習、コミュニケーションエラーが介在し、難解なものとなります。これら課題の解決は、技術者の精神を蝕みます。
対して、自身が発掘した潜在ニーズは、「なぜその課題を解決しなければならないか」が明瞭です。技術者は顧客要望対応よりも高いモチベーションで課題解決に取り組めるでしょう。
レベル毎に必要となる教育
潜在ニーズを発掘し、それを企画書としてまとめれば、現場レベルでの仕事は一旦終了となります。ここから先、課長・部長レベルでは、その企画を推敲し、経営レベルでは、どの事業を残し、どれだけ予算を付けるかを決めていきます。
ここで気を付けたいのは、各レベルで必要な教育を施すことです。
潜在ニーズから生まれた事業計画は、先行きが見通しづらいことが多々あります。発案者はそこにどれだけニーズがあるのか分かっていますが、それが上手く伝達されないこともあるでしょう。
すると、そのような企画は簡単に弾かれてしまいます。収益性の高い事業のシーズが、こうして日の目を見ない展開は避けたいものです。それを回避するために、現場レベルだけでなく、部長レベル、経営レベルでそれぞれ教育が必要になります。
例として、経営レベルでは「顧客目線で価値ある商品を創出することが重要である」という意識が必要です。
現場から上がってきた事業テーマをふるいにかけるとき、「売れそうなもので、自社技術で作れそうなもの」の優先順位を高くしがちになります。しかし、そうしてできた商品は、顧客にとって本当に価値あるものでしょうか。
視点を変えるだけで、同じテーマであっても、その重要性は大きく異なります。潜在ニーズを製品開発に活かすために、経営者は「顧客にとって価値があること」及び「他社が模倣しづらいこと」を重視する考え方にシフトしなければなりません。
技術者や特定の部署の意識だけが変わっても会社の体質が変わらない、というのはこういうことです。潜在ニーズ発掘は全社的に、同じ方向を向いて進めていきましょう。
潜在ニーズを活用する企業事例
最後に、潜在ニーズ発掘に関する事例を紹介します。
P&Gと潜在ニーズ
米国に本社を置く消費材メーカー、P&Gは、今からおよそ25年前、ファブリーズという新製品を開発しました。
カーテンやソファなど、頻繁に洗えないものを除菌・消臭できるスプレー型製品として売り出しましたが、当初その売上は芳しくありませんでした。
ユーザー目線に立ち、ファブリーズのポジショニングを常に考えることで、今では誰もが知る巨大なブランドとなっています。
この状況を変えたのは、徹底した顧客調査・インタビューです。
ファブリーズを購入した顧客の家を訪問してみると、ペットの匂いが充満している家でも、ファブリーズはあまり使われない、ということが分かりました。自分の家の匂いは本人が気付きづらく、意識されていなかったのです。
それまでファブリーズは「日常の嫌な匂いを消す」を謳い文句としていましたが、宣伝の方針を大きく改めました。この発見は、CMのコピーなどにも活かされます。
また、ファブリーズのヘビーユーザーに尋ねると、布団を干す時や、掃除の終わり、外出する時などに、「習慣として」ファブリーズを使っていることが分かりました。ファブリーズの販売促進に、「習慣の中に溶け込ませる」ことが必要だと感じたマーケティング部は、パッケージを見直し、より目立つところに置きやすいデザインを考案しました。
写真の出所 P&G
花王と潜在ニーズ
花王は、1887年創業の老舗メーカーで、石鹸の製造・販売から始まった会社です。石鹸は油脂の分解や除去を行うため、「油を分解する」という要素技術が社内に蓄積されていました。
この油に関する知見を活かせる分野を探し、消費者のニーズを探索した結果、辿り着いたのが「健康食品」という分野です。
ヘルシア緑茶は、「内臓脂肪の燃焼を促す効果」が認められ、緑茶として初めて、厚生労働省から「特定健康保健食品」に認められました。
また、ヘルシア緑茶は、ユーザーの「安心感」のようなものにリーチすることを意識した販売戦略が採られています。
・自販機では売らず、店頭販売のみ
・通常緑茶よりも割高な価格設定
・花王という巨大ブランドの有効活用
・大掛かりな宣伝を打ち、「テレビでよく目にする商品」というイメージ付け
花王の健康食品は、「痩せたい」、「健康になりたい」、「安心して続けられるものが欲しい」という消費者の根源的なニーズと、花王の技術やブランドが上手く合致した例です。
写真の出所 花王
キーエンスと潜在ニーズ
キーエンスは、主に計測器の製造販売を行うメーカーです。業界でも有数の高い利益率を誇ります。
そして、この高い利益率は、ユーザーの潜在ニーズを先取りすることから生まれている、といっても過言ではありません。例として取り上げるのは、深度合成顕微鏡です。深度合成とは、深さ方向に異なる箇所にピントを合わせた複数の写真の合成のことです。下の写真を御覧ください。凹凸のある被写体の写真なのに、どこにもピントが合っているのが分かると思います。
顕微鏡では、原理上、奥行きのある物体を見る際に、ピントの合わない部分が生じてしまいます。これは写真などでも同じです。手前にあるものと、奥にあるものを同時にピントを合わせることはできません。
顕微鏡を使い慣れている人であれば、それは当たり前のこととして受け入れられます。初めて顕微鏡を使ったとき、「ピントを合わせるのが難しい」と感じたことなど、忘れてしまっているからです。熟練の技術者は勘を頼りに素早く物体にピントを合わせ、対象を観察します。
しかし、キーエンスは、この問題をデジタル処理で解決しました。それぞれのピントで撮影された画像を内部処理で合成し、「画面内全てにピントが合う」という状況を作り出したのです。
技術者が潜在的に思っていた「深さのある被写体は何枚も撮らなきゃいけない」という課題を拾い上げ、深度合成顕微鏡はヒット商品となりました。
シマノと潜在ニーズ
自転車部品メーカーであるシマノは、米国の卸・小売店を巡回する「キャラバン隊」を編成しました。これはひとえに、ユーザーをより深く理解し、潜在ニーズにリーチするためです。
「ユーザーはどうやって自転車に乗るのか」、「実際にどんな壊れ方をするのか」など、ユーザー目線での徹底したリサーチを行いました。
自転車部品メーカーであるシマノは、ユーザーとの間に多くの業者が挟まっています。実際の製品は「シマノ → 自転車メーカー → 卸 → 小売 → ユーザー」と経て届けられます。
直接の顧客である自転車メーカーの要望だけを聞いて製品開発を行うだけでは、「下請け」にかなり得ません。潜在ニーズを拾い上げるためには、川上のメーカーこそ、顧客目線を忘れてはいけないのです。
まとめ
最後までご覧頂きありがとうございました。本稿で述べたことを簡単にまとめます。
・潜在ニーズは利益率が高い事業を生み出す。
・潜在ニーズ発掘は、会社全体で実施すべきであり、そのためのマニュアルを作成すべきである。
・潜在ニーズ発掘の方法として、代表的には、マクロトレンド調査、IPランドスケープ、インタビューが挙げられる。
・徹底的な顧客目線が潜在ニーズを拾い上げる。
また、本稿では取り扱わなかった具体的な事例については、別記事で多数取り扱っております。本稿の内容を通じて潜在ニーズ発掘の重要性を感じて頂けた方は、是非、そちらの記事も併せてご覧ください。
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