自分が分かる知財戦略こそ重要だ

「知財戦略」というと、とかく分かりにくく聞こえるのは、私だけでしょうか? 確かに、世の中には知財戦略をうたう本がたくさんあり、「知財戦略とは…である」と、定義が述べられています。しかしさすがに知財本だけあって、大企業の元・知財部長や弁理士の視点で書かれていて専門的。エンジニアの視点で見れば、やはり分かりにくいといわざるを得ません。これがある種、知財の世界なのかもしれませんが…。

そんな「知財戦略」について、業界人である弁理士や知財部の人から見ると分かりやすいのかと問われれば、そうでもないというのが、弁理士の一人である私の印象です。少なくとも、私の頭では分からない(笑)。

現役の知財部の責任者とお話をする機会がよくありますが、現役の知財部長であっても、程度の差こそあれ、知財戦略の定義はあいまいです。例えば、知財部門の年度計画の話をしているときに、「これを知財戦略と呼ぶとすれば、当社の知財戦略はこれこれこうです」という形で説明がなされます。

このように業界人でさえよく分からない「知財戦略」という言葉ですが、その一方で広く流通していることもまた事実。例えば、読者の方が開発の企画をする際に、その企画書には「知財戦略」といった項目がありませんか? それをエンジニアの視点では、どのように理解すれば良いのでしょうか? 実際、開発の企画書にある「知財戦略」欄を前にして、何を書いていいのか分からなくなって筆が止まってしまったという経験をされた方も少なくないでしょう。余談ですが、もし開発の企画書に「知財戦略」の項目がないとしたら、それはそれで会社として大問題です。

知財戦略とは事業の利益率を守る活動のこと

知財戦略を一言で言えば、事業の利益率を守る活動のことです。しかし多くの読者の方は、この一文を読んで、頭に「?」が浮かんだのではないでしょうか。抽象的に聞こえると思いますので、例え話を用いて具体的な知財戦略を考えてみましょう。

今から遡ること、15年前。とある会社が材料の研究開発をしており、面白い特徴を持つ新規材料の開発に成功しました。そこで、急いで材料の特許を取得しましたが、その時点では用途は何も見えていませんでした。

その後、数年にわたって当該材料の用途を探っていたところ、商品Aを発明し、特許も取得。いざ、商品Aを市場に出してみると、顧客の課題をバッチリ解決すると評判になってめでたくヒットとなりました。

特許を取ったおかげで、商品Aは市場をほぼ独占。顧客からは要望が寄せられたり、開発依頼が舞い込んだりするようになりました。そこで、数ある要望の中から厳選したものを選び出しては商品化し、特許を取ることを繰り返したのです。この経緯をまとめると、次ののようになります。

図◎特許取得の経緯

こうして15年の月日がたちました。材料特許の有効期限まであと5年です。ここで、読者の皆さんに、私から質問が二つあります。第一は、この会社のここに記した知財戦略は有効だったと言えるのか? 第二は、この会社は今から何をすべきか? です。

知財戦略を具体的に考える

あらためて、上述の会社の知財戦略を考えてみますと、それは出来上がった材料や商品を知財化するというものでした。ここで、第一の質問、この会社のここに記した知財戦略は有効だったと言えるのか? について考えてみましょう。

結果的に見て、私は「有効だった」といえると思います。市場を独占でき、競合相手が現れなかったのですから。

しかし、不備がなかったかと問われれば、そうでもありません。もっと強固な知財網を築くことができたと思われるからです。もちろん、強固な知財網を築かなくても参入者がいなかったわけですから結果オーライではありますが、これから先も大丈夫かといえば、決して安心はできません。

そこで、第二の質問、この会社は今から何をすべきか? です。

それは、5年後に迫った材料の特許切れ対策に他なりません。一般に特許切れが起これば、参入者が増えて利益率が下がります。最近で言えば、3Dプリンターが顕著な例で、特許が切れたことにより低価格化が一挙に進行しました。こうした事態を防ぐには、どうすればよいのか――。対策は3つあります。

対策1は、派生商品を考案して派生商品の特許を取ること。これは、既存の開発活動の延長線上で日常的に実践されていることです。

対策2は、商品の応用特許を取ること。応用特許とは、商品Aの使い方だったり、使いこなしのためのソフトウエアだったりと、商品Aをより有用に使うためのノウハウに関するものです。商品Aをより効率的に使うには事実上、使い方のノウハウやソフトウエアが必要となるため、これらに関する応用特許を取得しておけば、商品Aの寿命は伸びるかもしれません。

対策3は、材料の別の側面を知財化することです。それには、既に公知になっている材料であっても、公知ではない別の側面から研究をしてみるのがおススメです。技術の発展に伴い、材料の研究対象はミクロからナノレベルへ、タンパク質やアミノ酸から分子レベルへと迫っています。たとえ材料が公知の物質であったとしても、その材料の性質が公知とは限らず、そこに焦点を当てれば特許が取れる可能性は十分にあります。

知財戦略を実行に移すには?

以上、私の考える対策、言い換えれば知財戦略を簡単に説明しましたが、読者の皆さんのお考えと一致したでしょうか?

コンサルタントとしての経験から言えば、対策1はどこの会社でも出来ると思いますが、対策2と同3については一部の先進企業を除いて実施できないと思われます。

そう考える理由は2つあります。1つは、異分野技術を含むため。とりわけ、対策2がそうです。一般に、異分野技術のテーマ立案は難しいといわざるを得ません。もう1つの理由は、足元に目を向けることは思いのほか難しいためです。対策3は足元に目を向けることに他なりませんが、頭が固いと、「公知のもの=特許を取れない」と限定解釈しがちなのです。

知財戦略を構築する上で、エンジニアの皆さんにはぜひ、次のような点を心がけてほしいと思います。

まずは、既存事業の延命は、異分野技術の導入でもあると考えること。実際、商品A自体は機械でも、対策2はノウハウやソフトウエア、対策3は材料といった具合に、技術は機械に限らず多岐にわたります。こうした異分野技術を取り入れて開発を進めなければ顧客価値が高まらない上、事業延命のための知財も取得できないのです。

続いては、業界や会社の常識では絶対に考えないこと。特許出願に一度成功すると、「特許って、こんなもの」といった固定観念が生まれます。結果、「機械の特許はこうすれば取れる」と分かっても、ノウハウやソフトウエアになると全く分からなくなるという人は案外多いのです。今までの常識で考えずに、他分野の特許も深く知るようにしましょう。

以上のように、とかく難しいと考えられがちな知財戦略という言葉ですが、決してそんなことはありません。私が一番お伝えしたかったのは、知財戦略を構築する上では、エンジニアが自分の頭で考えることが何より大切であるという点。その際、ボトルネックになるのが、自分の頭の固さです。専門領域に閉じこもっていたり業界や会社の常識にとらわれていたりすると、良い知財戦略はなかなか考えつかないものです。

読者の皆さん、専門領域を拡張し、特許の制約の範囲内で最大限頭を柔らかくして考え、強固な知財戦略を実行していきましょう。

「そんなことを言われても、頭なんてそう簡単に柔らかくならない」という声が聞こえてきそうです。そんな時は、社内の知財部とか弁理士に頼ってみて下さい。頭の柔らかい方ならスグに料理してくれることでしょう。

 

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。