収入を増やしつつ定時で帰る、これがイマドキの発想だ【技術企業の高収益化#105】

最初にこのコラムの説明をさせてください。前回連載させていただいたコラムは、2016年の大河ドラマ「真田丸」にちなみ、「知財で築く真田丸」というタイトルを付けました。

大河ドラマが放送されているうちは、放送されたエピソードにちなんで知財や経営のことが説明できて良かった。ところが、真田丸が終わって「直虎」が始まると、筆者の大河ドラマへの興味が猛烈に薄れました。新しい大河ドラマ「直虎」は筆者にとっては知識を得るのも知財と関連付けて説明するのも苦労しそうなテーマでもありました。そのため、1月をもって「知財で築く真田丸」を一旦お休みとさせていただきました。

しかし、大河ドラマ「真田丸」が終わったからといって、このコラムのテーマである知財と技術経営が終わるわけではありません。それどころか、半年間のコラムの休みで得た時間でいろいろと調査ができ、ネタも増えました。それで再開することになったのです。

2016年は、知財をメインテーマとして技術経営に関するトピックも取り上げました。読者の関心が高かったのは、どちらかと言うと技術経営に関するトピックでした。そのため、このコラムの再開に当たってタイトルを少しだけ変えて、知財だけでなく技術経営に関するトピックを取り上げたいと思っています。加えて、「全員経営」というキーワードも入れました。この全員経営という言葉は、個人的にすごく好きです。全員が経営者という意識を持って仕事をするという意味を込めています。

トピックが広がる「真田丸2」を、ぜひお楽しみ下さい。

エンジニアの働き方改革はどうあるべきか?

政府を中心に議論されている「働き方改革」が、毎日のようにメディアを賑わせているようです。政府を中心に企業を巻き込んで働き方を変えようという動きです。私の記憶では、日本は労働生産性(時間当たりの付加価値)が低い国の1つです。日本と同じ技術立国であるドイツと比較した場合、1人当たりの国内総生産(GDP)は遠くドイツの後塵を拝し、労働生産性も同様です。つまり、日本人はドイツ人よりも長時間働いて低い賃金しかもらえていないのです。

長時間労働を危惧し、働き方改革以前に「ノー残業デー」を実践してきた会社は多いと思います。私の関わる会社でも「◯曜日はノー残業デー。それ以外も20時消灯」といった制度を導入している会社のことをよく聞きます。

ノー残業デーで面白いエピソードがあります。ある企業の研究開発部門は、研究開発を活性化するために米3M社で実施しているような「◯%ルール」を導入しています。ところが、ノー残業デーの影響で、制度を主導する企画部門担当者が「◯%ルールを導入しても使ってもらえない」とこぼすのです。研究開発者の感想を聞く機会もあります。人事部主導で導入されたノー残業デーには強制力があって従わなければならないため、研究開発者は「したいことはおろか、しなければならないことも十分できない」と嘆いています。

働き方改革以前に、こうしたノー残業デーのことをよく耳にしてきました。その時から今に至るまで、この動きには違和感を覚えていました。働き方を変えるどころか、上記のように意欲的な人を働けない状態にしてしまう側面があるからです。

長時間働く自由があるのも働き方改革では?

私は「長時間働こう!」と言っているのではありません。しかし、「長時間働く自由」があるということも、働き方改革だと思うのです。本人が「楽しい」という時に残業できなくてどうするのか、という感じがします 。本人が「楽しい」と思うような時の意思は強烈なものがあると思います。そういうときは「帰るよりも仕事がしていたい」と思うものです。残業していても楽しいことでしょう。逆に、集団や上司の圧力にさらされ「帰りたくても帰れない」と思いながら仕事しても、それは苦しいだけ。長続きしないと思われます。

個人的な経験では、人から言われた仕事をしている間は苦痛でたまりませんでした。しかし、自分で企画して実行するような仕事をするようになってからは、楽しくてたまらなくなりました。楽しかった時のことを振り返ると、私が当時の上司に新規事業の企画について相談すると、必ず「差異化」を問われたのを覚えています。「First mover’s advantage(先行者利益)を確保するか、差異化していない事業には取り組まない」という言葉を強烈に覚えています。この上司の言葉は、当時の自分には十分に理解できなかったものの、その後、体験と共に理解できるようになりました。

収益性は差異化のリターンだった

上司の言葉に沿って事業企画を実施して実践すると、非常にたくさん売れるようになりました。収益性も高く値引きも必要なかったのです。しばらくして模倣されるまでは、かなり良い状態を経験できました。

本論から逸れるので企画した事業の詳細は書きませんが、この経験を通じて、私は体験的に上司の言葉の意味が分かるようになりました。要するに、「差異化して収益を得るってこういうことだったのか!」という体感です 。

このこともあり、私は現在の立場になってからも差異化を続けています。象徴的なのが私の職業です。私は、一応、弁理士ではありますが、収入の大半はコンサルタントで得ています。

なぜそうするかと言えば、差異化しないと収益性が低いことを知っているからです。弁理士試験は一般に難しいものとされていますし、特許出願の代理業務も難易度は高いものです。しかし、難しいからと言って収益性が高いわけではありません。差異化していない標準的な役務だけを提供していては、どれほど難しいことができる弁理士でもそれほど儲からないと思います。

私はコンサルタント業務を主に活動を行ってきましたが、それを行ったせいか、差異化には成功したと思います。もちろん知財の専門知識は生かしていますし、少しですが弁理士業務は行っています。しかし、メインはコンサルタントです。そのため、私は弁理士業務のような競争環境には属していません。コンサルタントの競争環境は弁理士業界に比べれば比較的緩やかだと思います。

このように、私は、「差異化して収益を得るってこういうことだったのか!」という体験を繰り返しています。

働き方改革の本当の意味は?

差異化して収益を得るということを言葉にすると、人と違うことをしてユニークさが価値になることを見つけること、となります。

それを実践している筆者からすると、働き方改革を、従来通りの残業ゼロに矮小化する動きにはどうも違和感を覚えます。これまでの仕事の仕方のままでは、残業ゼロになったら確実に収入が減ります。収入が減ることを喜ぶ人はいないと思います。

一方、収入を増やしながら残業がゼロになれば最高だと思います。そして、その道は差異化だと思うのです。差異化とは、上述の通り、人と違うことをしてユニークさが価値になることを見つけることです。

研究開発も同様ではないでしょうか? 競合に追いつくための開発をしても、売り上げを維持する効果はあるでしょうが、収益性は高くなりません。逆に差異化する開発を行えば、収益性は高くなることでしょう。

差異化して実績を出せば、技術者には余裕が出来るはずです。何事も実績のある人はコツが分かった人と見なされるからです。コツが分かっていれば心理的にも余裕が出来るもの。こうなれば集団の圧力など関係なく、早く帰れるというわけです。

極論すると、私の考えはこうです。差異化を志向することで、「競合に追いつく」などという、収益性にはあまり貢献しない研究開発に背を向ける人が増える。すると、「差異化を達成して収益性を高めつつ残業ゼロ」という、働き方改革の本来の姿に近づくのではないか──。

皆さんはどう思いますか。

要は、経営者の価値観の問題です

この議論にウンウンとうなずいてくださる方もいると思います。しかし、実際にやろうとすると、「うちではできない」と考える会社の方も多いだろうと予想します。そして、その理由はほとんどの場合、経営者がそれを「よし」としないからだと思います。確かに、上司が承認しないことを部下ができるはずはない。そんな会社ではできないだろうと思います。

そんな会社の経営者の皆さんに、大経営者である永守重信氏が経営する日本電産の取り組みを紹介したいと思います。

「日経ビジネスオンライン」の記事を引用すると、残業ゼロを推進する日本電産常務執行役員の石井健明氏は次のように述べています。「残業ゼロは目的ではありません。あくまでも目的は生産性の向上であり、その結果としての残業ゼロです。生産性を上げる、ビジネスで利益を上げる、あくまでもこの両立を目指していきます」(同記事)。

また、日本経済新聞の記事を引用すると、永守氏はこう述べています。「当社が目指すのは残業ゼロではない。残業ゼロは手段であり、目的は『生産性を世界のトップレベルまで高めること』だ。その結果、競争力が高まれば、利益が増える。利益が増えれば、給料もボーナスも上がる」(同記事)。

ビジネスで利益を上げるのが目的であり、残業ゼロは手段・結果であるということです。筆者も同調する至極真っ当な捉え方だと思います。つまり、「収入は増やしたい。でも、働く時間は減らしたい」ということです。こうした考え方を公言すると、労働を美徳と考えるかつての日本では認められなかったように思います。しかし、永守氏でさえ上記のように言うようになりました。時代は変わったのです。

真面目な経営者の方々でも、上記のような考え方をしてもよいように思うのですが、どうでしょうか?

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。