「R&Dの価値」をROICやROEの言語への変換にお悩みですか?

研究開発本部のトップとして、こんな問いに直面したことはないでしょうか?
「この研究テーマは、ROICで何パーセントの貢献があるのか?」
「この開発投資は、株主資本コストを上回るのか?」

経営層がROICやROEといった資本効率指標を重視する今、R&Dの価値を財務指標の言語で説明することが求められています。しかし、長年技術畑を歩んできた方であればあるほど、この問いにどこか釈然としない思いを抱えているはずです。

なぜなら、研究開発の成果は本質的に定量化しにくいものだからです。

その一つの証拠が、かつて多くの企業で導入された「ステージゲート法」の混乱です。収益見込みや市場投入時期といった定量指標だけで研究テーマをスクリーニングしようとした結果、事業部に「短期で儲かるか」を過度に求められ、多くの技術シーズが日の目を見る前に打ち切られました。「ステージゲートを導入したら、まともなテーマが何も残らなかった」そう振り返るR&Dマネージャーも少なくありません。

とはいえ、経営陣が資本市場の論理を背負っている以上、「評価はしません」と突っぱねるわけにもいきません。評価しない=経営資源の配分に正当性を持たせられないことを意味し、R&D部門の存在意義そのものが問われる時代になってきました。

では、本当に評価は可能なのでしょうか?

その問いに、私はこう答えます。「評価すべきところをし、R&Dが貢献を可視化するべきだ」と。

ROICやROEといった言語に変換するには、研究開発活動を「どこまでが評価可能で、どこからがストーリーで補うべきか」を明確に切り分ける必要があります。本稿では、R&Dの資本効率マネジメントを実現するための評価フレームについて、R&D部門自身がCEO・CFOに提案すべき立場から、その方向性を整理していきます。

CTOからCEO・CFOに提案すべき、研究開発投資の評価枠組み

1️⃣ 「研究」は短期的評価に向かない。だからこそ、収益ストーリーを明示せよ

まず前提として、基礎研究・探索研究の段階にあるテーマを、売上や利益といった短期的指標で評価しようとするのは無理があります。これは自然科学の不確実性と市場の変化を伴うものであり、CFOが好むような「いつ・いくら」では語れません。

では評価不能かといえば、そうではありません。「将来どういうロジックで収益に貢献しうるのか」を、事業・市場の変化と技術の特性を結びつけて説明する、収益ストーリーの提示が鍵です。

たとえば、「この技術は2030年以降の脱炭素市場において、当社のスコープ3排出削減ソリューションとして組み込まれ、平均価格○円、年間○千万円の価値を持つ事業の中核を担う」といった形で、未来の可能性を論理的に構造化するのです。

これは単なる夢やビジョンではなく、将来のROIC貢献の予告説明にあたります。研究フェーズでは、評価ではなく信頼獲得のためのロジック提示が必要なのです。


2️⃣ 「開発」は定量評価する。ROIC8%以上でテーマ創出の条件にする

一方、製品化直前〜試作開発レベルのテーマについては、評価は十分に可能です。投入コスト、必要設備、事業部との接続性、価格優位性、競合状況などを定量的に整理すれば、ROIC指標への落とし込みは可能です。

この領域ではむしろ、評価をあいまいにし続けることの方がリスクになります。開発費を「惰性の延長」で投下し続け、利益貢献が見込めない商品群を増やしてしまえば、資本効率は下がり、株主からの評価も落ちていきます。

ここで提案したいのが、「ROIC8%以上を目指せる開発テーマに限定する」という創出・評価ルールです。WACC(加重平均資本コスト)が6%であれば、それを上回る収益性(ROIC8%以上)がなければ、株主価値を増やすことにはなりません。この閾値を共有することで、事業部と研究部門の対話が「感覚」から「資本効率」に切り替わるのです。


3️⃣ テーマの入れ替え・新陳代謝を設計する。「価値なきテーマ」の温存は最大の敵

どれほど美しいストーリーや定量評価フレームを作ろうとしても、テーマの「残し過ぎ」こそが、ROIC経営にとって最大の敵です。ゾンビテーマがあればテーマの創出ができません。

優位性を失ったテーマ、事業に接続できないテーマを、過去の経緯や情緒で温存してしまう。これは多くのR&D組織が無意識にやってしまうことです。

したがって、テーマの「入口(創出)」と「出口(見切り)」を定期的に見直す新陳代謝の仕組みが必要です。たとえば:

  • 半期ごとのテーマ棚卸し会議
  • “見切り基準”と“転換条件”の事前定義
  • 外部評価委員や社内横断チームによるクロスチェック
  • 一定期間で出口が見えなければ自動的に凍結検討

こうした明文化された仕組みが、テーマ評価の主観性を減らし、現場の心理的負担も軽減します。加えて、「優位性のないものをやらないことが、全体ROICを上げる」と経営に対して主張できるようになります。

おわりに:R&Dの評価は、経営との信頼再構築のプロセスである

研究開発部門がROICやROEの言語に対応するということは、単に評価方法を変えるという話ではありません。それは、経営陣と“資本効率という共通言語”で対話する基盤を整えることです。

そして、研究部門が自らその枠組みを提案できれば、評価される立場から一歩抜け出し、戦略形成の当事者に近づくことができます。R&Dの未来を守るためにも、「評価されるのを待つ」のではなく、「評価を提案する」姿勢が、いま強く求められているのです。