事業計画立案時の研究開発テーマの考え方(シナリオ・プランニングによる潜在ニーズ発掘とR&Dテーマ化)

PBR1倍以上、ROE向上にR&Dとしても貢献するには、単なる目先の売上確保だけでなく、中長期的な視点に立った成長戦略の策定が欠かせません。複数の事業を持つ企業のCEOは、事業部長・CTOに対してに対して、その事業の予算達成とともに、将来的な成長を見据えた戦略の立案と、その実現方法を具体的に説明することを求めることとなります。

これを受けて事業部長・CTO(あるいは単一事業の企業の社長)は、短期的な売上目標は営業活動を通じて達成するにしても、中長期的な成長を実現するためには、独自性のある開発テーマを設定する責任を担うことになります。

しかし、従来の開発テーマの設定方法には限界があります。これまでは、顧客からの要望に応じて開発テーマを決めたり、サステナブルや脱炭素といった社会的トレンドに沿ったテーマを設定することが一般的でした。

社会的トレンドに沿ったテーマを設定は一見すると戦略的に見えるかもしれませんが、これらは「戦略」とは言い難い側面を持っています。なぜなら、社会的トレンドに対応することは企業として当然の責務であり、それだけでは競合他社との差別化につながらないからです。差別化が伴わなければ、企業の競争力や収益性の向上には結びつかず、結果としてそれは「まやかしの戦略」となってしまいます。参考記事はこちら

シナリオ・プランニングによる潜在ニーズ発掘とは?

こうした状況を打破する手段として提案するのが、「シナリオ・プランニングによる潜在ニーズ発掘」という手法です。シナリオ・プランニングは、将来起こり得る複数の外部環境変化を想定し、それぞれのシナリオにおいて顧客や市場が抱えるであろう課題やニーズを仮説的に描き出す方法です。 しかし、シナリオプランニング単体では、顕在的なニーズに対応するテーマが出てしまいます。

そこで、 シナリオプランニングに潜在ニーズという要素を加えて単なる未来予測ではなく、不確実性を前提に複数の可能性を考慮する点が特徴であり、これにより現時点では顕在化していない「潜在ニーズ」の発掘が可能となります。

例えば、あるシナリオにおいて脱炭素規制が強化されると仮定した場合、その環境下で求められる製品やサービスをあらかじめ構想することで、実際にその未来が現実となったときに迅速な対応が可能となります。このような「待ち受け型」のアプローチは、顧客の期待を超える価値提供につながり、企業の競争優位を築く上で極めて有効です。

事業部長が今後果たすべき役割は、顧客要望やトレンドのみに依存せず、シナリオ・プランニングによって将来の不確実性を洞察し、潜在ニーズに基づいた独自の開発テーマを設定することです。これこそが、真に差別化された戦略を実現し、企業の中長期的な成長に資する道筋であると言えます。

例として:自動車電装品メーカーに沿って説明

背景と目的(ステップ1:課題認識)

  • CASE(Connected, Autonomous, Shared, Electric)の進展により、自動車産業の構造は大きく変化中。
  • 特に電装品メーカーは、「電動化」「高度運転支援」「サイバーセキュリティ」などに対応した戦略転換が求められる。
  • → 将来に備え、どんな未来が起こりうるか? どこに投資すべきか? を明らかにする。

環境スキャニング(ステップ2:外部トレンド分析、PEST、STEEP)

分類代表的な変化要因(ドライバー)
社会(S)若者のクルマ離れ、ライドシェアの普及
技術(T)EV化、ソフトウェア定義車両(SDV)、車載センサー高度化
経済(E)中国・インド市場の台頭、EV関連投資の集中
環境(E)脱炭素規制の強化、エネルギーマネジメントの高度化
政治(P)自動運転の法整備、安全基準の厳格化、地政学リスク

シナリオ構築(ステップ3:未来像を描く)

■ シナリオ軸の例:

  • X軸:電動化の進展度(加速 vs 停滞)
  • Y軸:ソフトウェア主導の車両化(SDV化の進展 vs ハードウェア主導の維持)

戦略への落とし込み(ステップ4:バックキャスティング)

<例:シナリオ①「ソフトEV世界」に備える戦略>

項目アクション
製品戦略ECU・制御ソフト・OTA通信モジュールへの投資拡大
開発体制組込みソフト・AIエンジニアの採用/社内育成
アライアンスソフトウェアベンダーや半導体メーカーとの提携
事業ポートフォリオ既存製品の選別と脱ハードウェアの戦略的判断

開発テーマへと具体化(ステップ5:意思決定とモニタリング)

  • 未来シナリオをベースにした開発テーマ化(特にテーマ漏れの防止)
  • 各シナリオに対してKPIやモニタリング指標(EV普及率、各国規制など)を設定して情報収集
  • 半年~1年単位でシナリオの妥当性と新たなドライバーの出現を再評価

本手法が向いている場合

この手法は、将来の不確実性が一定程度あって、かつ意思決定の影響が中長期にわたって大きい状況において、特に有効な戦略的思考ツールです。この手法は、単に未来を予測するのではなく、「複数の起こりうる未来像」を構築し、それぞれに備えた柔軟な戦略立案を可能にすることから、変化の激しい環境にある企業にとって重要な意思決定の基盤となります。

特に向いている業種としては、自動車、自動車部品や電機・機械、化学などの製造業が挙げられます。これらの業界では、技術革新の速度が速く、法規制や国際政治の影響も受けやすいため、未来の展開を単一の予測に依存することは極めてリスクが高いといえます。たとえば、自動車部品メーカーにおいては、EV化やソフトウェア化といった業界構造の変化に備え、複数の技術進化パターンをもとにした製品戦略や投資判断を行う必要があり、まさにシナリオプランニングの力が発揮される場面です。

一方で、スタートアップやベンチャー企業のように、迅速な仮説検証と実行が求められ、経営資源も限られているケースでは、シナリオプランニングはあまり現実的ではありません。未来の複数の道筋を描くよりも、現在の限られたリソースを活用して「今すぐできること」に集中する方が合理的です。

メリットと限界

以上ご紹介したシナリオプランニングによる潜在ニーズの開発は、単純にトレンド順張りではないと言うところが特徴です。トレンド順張りだけでは にはならないと言うのは、こちらのコラムで説明した通りです。

シナリオプランニングによる潜在ニーズの開発では、競合にはないシナリオまで考案できていれば、差別化要素になりえます。具体的に言えば、トヨタ自動車は複数のシナリオに対応して全張りしていました(EVだけでなくHEV、PHEVだけでもなく、内燃機関単体にも)。 そのこともあり、 競合企業がトレンド順張りする中(EVへの投資を表明する中)で 収益性を維持しました。

足元の世の中の動向に惑わされずに競合にはないシナリオまで考案できることが非常に大切なことになります。これには情報収集力も必要ですし、世の中の動向に惑わされない胆力も必要になります。

また今後も同じような 手法で研究開発テーマを作ろうとする場合には、同じテーマになってしまうので、この方法にも限界があります。

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