2025年4月、トランプ関税の衝撃が世界の貿易構造にひずみを生んでいる。わずか1カ月前、筆者はこのコラムで、トランプ政権の新たな関税政策が中国とのデカップリングで日本が相対的有利になると論じた。だが、事態は想像以上にインパクトがあった。
今回の関税は中国だけでなく、日本を含む同盟国にまで及んだことだ。アメリカの経済政策が保護主義を越えて、事実上の経済的鎖国主義へと変質した。これによって、世界の貿易体制は再びブロック経済化の方向へ傾いた。
政府が対抗関税を控えているため、日本の自動車メーカーは依然として米国・欧州・中国という三大市場へのアクセスを維持しており、相対的には貿易の柔軟性を保っている。とはいえ、輸出に頼るメーカーには厳しい環境になったことは間違いない。
このような地政学的な環境変化の中で、特に自動車業界における再編のスピードが急激に加速している。その背景には、サプライチェーンの分断と関税によるコスト上昇、さらには各国の対抗措置によって国際物流が一層制限されるという構図がある。輸出によって利益を上げるという旧来のモデルはどうやらオワコンのようだ。
企業はもはや現地で生産するしか道がない。しかし、現地生産だけでは競争力を維持できない。貿易戦争前から知能化や電動化といったトレンドは不変だ。次世代のコア技術は、依然として本国での開発が必要であり、そのための研究開発投資は兆円単位にのぼるからだ。
輸出モデルは限界、かといって現地生産にも知能化・電動化などの技術が必要。こうした二律背反の中で、企業は現地生産と本社開発の最適な分業体制を確立する必要に迫られている。この状況において、体力のない企業はもはや自力での生存が難しくなっており、再編は選択肢ではなく、生き残るための必然となった。
再編のルールとは?
では、自動車業界の再編は、いかなるルールに基づいて進められるべきなのか。私は四つの基軸があると思う。
第一に挙げられるのは、知能化への対応と、それを支える投資体力である。ADASや自動運転といった知能化技術は、もはや差別化要素ではなく、参入の前提条件となっている。兆円規模の研究開発資金を捻出できるか否か、つまり規模が、企業の存続を左右する分水嶺だ。
第二は、中国依存からの脱却と技術的自立である。リチウムイオン電池に含まれるレアアースの多くが中国に依存している現在、電池材料を他国に握られることは、地政学的リスクだ。全固体電池など、レアアースフリーまたは使用比率を大幅に下げた次世代電池の開発は、単なる技術革新ではなく、戦略的防衛とも言える。これはEVだけでなくPHVやHVにも必須なはずである。
第三が、車種と販売地域における相互補完性である。経営統合においては、単に台数を足し合わせるのではなく、ブランドが棲み分けできるか、市場が重複しないかといった視点が重要になる。量販とプレミアム、欧州とアジアといった組み合わせによってこそ、シナジーが生まれやすい。
最後の第四に、プラットフォームの完全共通化を含む連携強化と現地生産である。過去のアライアンスモデル、たとえばルノーと日産のアライアンスから学んだのは、プラットフォームの一部連携や一括調達という形では十分ではないことだ。スケールメリットを得つつ関税対応で現地開発・生産するには、プラットフォームを完全に共通化した上で深夜開発や生産を現地に任せることが必要だ。これを実現するには、もはや業務提携では不十分であり、経営統合に踏み込む必要がある。
こうした四つの基軸を踏まえて考えた場合、具体的な再編のシナリオがいくつか浮かび上がってくる。
日本の自動車会社の行く末は?
以下、筆者の独断と偏見に基づいて上記4要件を満たす組み合わせを考えてみよう。勝手な思考実験ながら、日本メーカーの基軸とするのは独立性の高いホンダとする。ホンダのサバイバルのための経営統合はどこがふさわしいか?
もちろん日産ではない。日産とでは競合車種が多く、展開する市場も競合していることからカニバリを起こすだろうし、そもそも破断したばかりだ。上記の4要件を満たすのは国内メーカーにはなく海外にある。
ホンダと様々な技術協力をしてきたGMだろうか?そうかも知れない。しかし、GMが目を向けているのはあくまでも米国市場でありグローバル展開に乏しいように見える(筆者独断)、グローバル化が前提でサバイバルを考えることが必要なホンダとは考え方が大きく異なるだろう。
GMではないとすればどこだろうか?おそらくメルセデスだろう。年間生産台数ではホンダがざっと400万台、メルセデスは約200万台なので両社を合わせれば、年間600万台規模となり、知能化への投資体力をなんとか確保できるはずだ。企業規模は異なるものの時価総額はかなり近い(25年4月23日時点で両社ともに7、8兆円程度)。
また、全固体電池に関する研究開発でも協力が可能であり中国依存度を低めることは共通した狙いと言える。ホンダは日本、メルセデスは欧州と母国マーケットも異なるし、ホンダは量産車、メルセデスはラグジュアリーと車種構成おいても補完関係が成り立つ。
プラットフォームの共通化についてはどうか?例えば、CセグメントではシビックとAクラスを共通プラットフォームにする、DセグではアコードとCクラスを共通化するなど、プラットフォームの共通化が可能だし、カニバリを起こすことも少ないだろう
問題は連携の進化である。先に述べたように、ルノー日産アライアンスは進化を深める余地が多分にあった。プラットフォームの完全統一化などの、もっと深い経営統合が必要だった。しかし、やらなかったために現在の状況が生まれている。
しかし、そうも言っていられない。上記では例としてホンダを取り上げたが、ホンダだけでなく全ての自動車メーカーが再編を迫られるだろう。それにはプラットフォームの完全統一などの高度な経営統合が必要になるだろう。それには、経営の意思だけでなく、「やらなければ生き残れない」という現在の貿易環境のような経営環境が強い動機になるはずだ。
それでも、「そんなことできるはずがない」と思われるかも知れない。しかし、実はモデルケースはある。DMG森精機の例だ。実際、日本の森精機とドイツのDMG(旧・ギルデマイスター)は約7年の歳月をかけてブランド統一から経営統合に至り、現在では世界有数の工作機械メーカーとして存在感を示している。自動車業界においても、同じことができない理由はないのだ。
もはや、再編は企業の自由意思ではない。関税という外的環境によって、再編は外から強いられる現実となったのだ。その中で問われるのは、どこと組むかだけでなく、強固に経営統合する戦略的な意思である。アライアンスの幻想にすがるのではなく、実のある経営統合を見据えること。今こそ、日本の自動車産業はその一歩を踏み出すべき時に来ている。
最後に。このコラムは筆者の独断と偏見できたものであり、私見である。日経BP社の見解ではないことを断っておきたい。
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