年末に大河ドラマ「真田丸」がとうとう最終回を迎えました。その中では、幸村を中心とする豊臣軍が徳川軍を苦しめたとされる歴史的事実を再現。戦端が開かれてからしばらくは、豊臣軍が戦を優勢に進め家康・秀忠に迫るものの、一転して形成は不利に。最後は、逆転負けの展開が描かれていました。
最終回で最も印象に残ったのは、幸村が家康に対峙する場面でした。銃を構えた幸村に、家康は配下の兵士を下がらせて「打つなら打て」と言わんばかりに向き合い、こんな言葉を幸村に投げかけます。
「戦で雌雄を決する世は終わった」
この時まで数十年の間がどんな時代だったかと言うと、戦国時代の初期は、室町幕府が統治機能を持たなくなり、大名が戦争によって地域の覇権を争っていました。その後、織田信長の「天下布武」により「天下を統一する」という概念が登場しましたものの、それもやはり戦争を主体として領地の争奪戦を繰り広げていました。
先の家康の言葉は、こうした時代の終焉を予見するものでした。事実、大阪の陣以降は安定した平和の時代、江戸時代を迎え、戦争で勝負を決める考え方はほぼなくなっていきます。
この変化の時代に、人々の行動も大いに変わったことでしょう。豊臣軍として招集された大量の牢人が行く場を失ったのはもちろんのこと、それまで戦争をするための兵士だった武士が行政を担うことになったり、刀職人が刀ではなく包丁を作るようになったりするなど、様々な変革を迫られたに違いありません。
ビジネスも時代によって変わる
このように時代が戦国から江戸に移ると、相当大きなパラダイムシフトに見舞われ、多くの人が失業して別の仕事を獲得しました。実は、パラダイムシフトは現代の今も、様々な形で起きています。
一つは、市場の飽和です。とりわけ日本は少子高齢化が進んでいる上に物も溢れ、人々が消費しなくなってきています。
もう一つは、既存の延長線上で研究開発を続けていても価値に結びつかなくなってきたこと。足元でいえば、自動車産業が典型です。自動運転の登場により、サービスで収益を上げる仕組みが求められるようになりました。従来通り「品質の良い車を造る」研究開発を実施しているだけでは価値を産まなくなってきています。
このようなパラダイム・シフトが起こっている中で、我々エンジニアの仕事の仕方が従来通りで良いはずがありません。何か変化が必要です。
どんな時代でも、「価値を創出」しなければならない状況に変わりはありません。しかし時代が安定していると、あえて変化をしなくてもいい時期があります。そして、その時期が長ければ長いほど、その先に求められる変化は大きくなります。
現在はパラダイムシフトの真っ只中にあると言えるでしょう。そして、その変化が速いのも、ここで私が書くまでもありません。今回テーマにしたいのは、「変化の速さ」とか「変化が必要」ということではなく、変化し続ける人や組織を「どのように」作っていくかということ。「変化が必要」なことは分かっているけど、じゃあ、どうやって変化するのか――。ここが大切なのです。
意識と仕組みは違う
我々エンジニアは、価値を創出する必要があります。かつては、需要が右肩上がりで増えるというトレンドの下、技術の正常な進化を追求していれば価値を創出できました。しかし今は、需要は減る、正常進化は価値につながらないという環境です。しかも、変化が極めて速い。エンジニアはそんな中で価値を創出していかなければならないのです。
今の多くの会社の組織は、過去のパラダイムに沿って出来上がっています。つまり、過去の環境において業績を伸ばすための組織であるため、組織自体が変化する必要があります。
私が講師を務めるセミナーでもよくお話しすることですが、「意識」と「仕組み」は違います。意識は、◯◯をしなければならないという「掛け声」のこと。スローガンとも言えます。一方で、仕組みは「仕事の方法」のことです。我々エンジニアは、パラダイムシフトに応じて意識を変えるだけではなく、仕組みを作る必要があります。この仕事の仕組みというのは、別の言葉にすると「技術経営」に他なりません。
私は仕事柄、色々な会社の研究所でセミナーを実施していますが、印象に残っているエピソードがあります。テレビを研究開発しているメーカーの研究所で次のように質問しました。
「4Kテレビが欲しい方は手を上げてください」
参加者数十人のうち、挙手した人はなんとゼロ人。手を挙げにくい雰囲気だったのかもしれませんが、この結果には正直驚きました。
現在、テレビ市場で4Kテレビがどうなっているかというと、説明をするまでもなく、価格下落が始まっています。テレビメーカーには気の毒ですが、4Kテレビはもはや売上にはなるものの利益にはほとんど結びつかないことでしょう。
そもそも、先ほどのテレビメーカーの研究開発者たちは、自分たちが欲しいものを作っていないのだと思います。しかも市場は、利益が上がらない状況に陥っています。そんな研究開発者たちの心理を慮ると、おそらく「自分たちのせいではない」と思っているのではないでしょうか。だって、誰かに指示された仕事において、それを実行したら利益が出なかったのですから、「指示が悪い」と考えるのはある種当然のことです。
したいことができるのが良い技術経営
他人の指示に従って仕事をし、何かあっても「自分のせいではない」と考える思考方法を、私は好きではありません。そもそも、自分の意思のない仕事なんてまっぴらご免です。
これに対し、自分で決定したものは他人のせいにはしにくいはずです。先ほどのテレビメーカーでも、自分や自分たちのしたいことができていれば、業績が上がらなかったとしても他人のせいにはしないでしょう。逆に、自分で決めたことであれば、その時はたとえ業績が出なくても次で勝負しようと、やる気が出るのではないでしょうか。
このように、自分(たち)の仕事を自分(たち)で決める会社こそが、今後生き残っていくのだと思います。この辺の仕組みについては、日経ものづくりのコラム「3Mで学んだイノベーションの設計図」にも書かれていますので、ぜひ、ご一読ください。
もちろん、研究開発者のしたいことが必ず業績に結びつく訳ではありませんが、少なくとも、やらされる仕事を他人のせいにするような会社にはしたくないものです。「したいことができるのが良い技術経営」である一方で、研究開発者が何も考えずにしたいことだけをやっていればカオスになります。そこで、研究開発者の「したいこと」を価値に結びつけるのがマネジメントの仕事に他なりません。
マネジメントは、研究開発者の「したいこと」が価値につながるようにするための方法論を仕組みにし、研究開発者は、自分たちがしたいことを創出する自分なりの仕組みを持ちます。こうした仕組みが一つひとつ機能しているのが良い技術経営です。
では、どのようにして自社の技術経営の在り方を変革するのか――。残念ながら、このコラムで説明できるような簡単な方法は存在せず、幹部を中心にして社員が真正面から向き合う必要があると、私は考えています。
どういうことかと言えば、自分たちの研究開発の在り方を見直すための時間をまず取るのです。そして、技術経営に優れた会社とのベンチマーキングや自己採点を通じて研究開発の在り方を見直していけば、必ず課題が見えてきます。そして、その課題を一つひとつ潰していくのです。
知財を踏まえた技術経営を
技術経営に知財が必要なことは、このコラムで何度も書いてきました。いい知財を取るためのテクニックについては第6回、第11回で、知財を取ってもダメなものはダメであるということは第2回で触れました。
なぜ、知財をとってもダメなものはダメ、つまり収益が上がらないのか――。リソースベースドビュー(経営資源の独自性が収益性の維持向上に役立つとする経営学のフレームワーク)で有名なオハイオ州立大学ビジネススクールのバーニー教授は、知財は収益を維持するための一つの手段に過ぎないとし、むしろ組織文化やチームワークなどの「見えざる資産」が重要だと強調しています。「見えざる資産」といえば、特許などの知財を意味しそうですが、バーニー教授は、もっと広い意味での無形資産として組織文化やチームワークなどに言及しているというわけです(詳しくは、ジェイ・B.バーニー著『企業戦略論』(ダイヤモンド社)をご覧ください)。
これを一言で言えば、組織文化やチームワークなどの見えざる資産は、知財よりも他の企業が模倣するのを困難にする、すなわち高収益を継続できるということです。もちろん、知財が不要と述べている訳ではなく、私なりに解釈すると、知財そのものではなく、有用な知財を取り続けるための仕組み、言い換えれば、有用な知財を取り続ける技術経営のあり方が重要だと指摘しているのです。
このことを踏まえて技術経営の重要な部分を定義すると、「研究開発者のしたいことができて、かつ知財も取れそうな仕事の仕組みが、技術経営の根幹をなす部分」だということです。
自社の知財・技術経営を革新しよう
「研究開発者のやりたいことができて、かつ知財も取れそうな仕事の仕組み」に関しては、多くの技術経営マネージャーが取り組んでいます。しかし、かなりハードルが高いようにも思います。
しかし、やってできないことはありません。私が提案する改善のステップをごくごく簡単に説明すると次のようになります(図)。
第一ステップは、場の創出。自社の知財・技術経営の在り方を経営幹部が正面から考える場を作る必要があります。残念なことではありますが、著名企業の幹部であっても自社の技術経営に関してあまり真剣に考えず、担当の部署の運営に汲々としている人も多くいます。こうした状況を打破するためには、検討の場(会議)が必要となります。
第二ステップは、自社の知財・技術経営の在り方に関する客観的な診断です。私が提案するのは、「自社の知財・技術経営の在り方は、中長期的にみて自社を高収益に導くか?」という観点で評価することです。ポイントはズバリ「高収益」。高収益という目標がブレなければ、現在の施策の妥当性をきちんと評価できるようになります。
第三ステップは、評価結果を受けて経営幹部が話し合い、それによって改善し続ける場を持つこと。これにより、高収益というブレない目標を実現するための具体的な改善策が多く生まれます。
繰り返しますが、上記の三つのステップの実行ポイントは高収益という目標を絶対にブレないようにすること。高収益を継続するためには必ず仕組みが必要です。高収益を継続し続ける仕組みには型(技術経営モデル)があります。この型を意識して検討し続けることが何より重要なのです。
冒頭の家康は時代を俯瞰的に見つめて「戦で雌雄を決する時代」を終わらせました。私たちも、過去の技術経営の在り方を考え直し、正面から見直す時期に来ていると思います。是非、このコラムを読んで自社の知財・技術経営の在り方を考え直す機会にしていただきたいと思います。
さて、12回に渡って続けてきたこのコラムですが、今回で一旦終了となります。知財を取るためのテクニックにとどまらず、知財を技術経営にどう活かすのかという視点で書いてきたつもりです。お付き合いいただいた読者の皆様には感謝申し上げます。ありがとうございました。
私事ですが、現在、知財・技術経営に関する私なりの視点を盛り込んだ書籍を執筆しています。出版時期についてはまだ未定ですが、早ければ春ごろにも出したいと考えています。このコラムを終えて、今後はこの書籍の執筆に集中していきたいと思っています。
また書籍や別のコラムで皆様にお目にかかれれば嬉しいです。では、皆様、また会う日まで。