技術力と知財力をなんとかしないとまずい

 本コラムの名称「知財で築く真田丸」は、ご想像に難くなく、2016年1月にスタートした、NHKの大河ドラマ「真田丸」をヒントにさせてもらいました。

ご承知の方も多いと思いますが、真田丸は、大阪城の弱点部分を強化するために同城の一番外側に築かれた出城(でじろ)です。そこで真田信繁(幸村)は、徳川氏が率いる江戸幕府軍を痛い目に遭わせることになります。何重もの堀を備える強固な大阪城と要塞・真田丸に苦戦した徳川氏は、和睦の条件である外堀に加えて、そうでない内堀までを埋めてしまい、豊臣氏を滅亡へと追いやります。

「歴史に『たられば』は禁物」を承知で申し上げれば、もし堀を埋められなかったら、大阪城は落ちなかっただろうと思います。大阪方の大半が雑兵の寄せ集めだったにもかかわらず、徳川氏を大いに苦しめました。大阪城の堀と真田丸は、それほど強固だったのです。

知的財産(知財)はよく城や堀に例えられます。強固な城には「難攻不落」という表現が使われますが、事業も同じことです。知財によって難攻不落にすることができます。すなわち、模倣困難にするのです。

薄型テレビは、あっという間に模倣されてしまい、日本メーカーの多くがこの事業から撤退しました。結果を見れば、模倣が容易だったということになります。一方、デジタルカメラや産業用FA機器については、知財がしっかりしているために模倣できず、事業基盤は強固です。大阪城になぞらえていえば、堀がしっかりとあり、真田丸で攻撃も可能という状態といえます。

一般に、城が意図的に築かれて強固なものになるのと同様に、知財も意図的に作って強固にする必要があります。ここで、「意図的に」築いたり作ったりするのは誰かといえば、城の場合は設計者で、知財の場合には研究開発の現場に他なりません。

 特許は外部の弁理士任せ?

 では、その肝心の研究開発の現場で、次のようなことが起きていないか、チェックしてみてください。

・特許出願のノルマをこなすために、先願*を見逃したことがある
・特許出願は外部の弁理士任せにしている
・知財は企画段階で勝負が決まるという実感がない

もし、これらに当てはまる場合には残念ながら、あなたの会社は良い知財を取れない状況にあります。せっかく開発した技術なのに、形だけの知財によってさっとお化粧する程度に留まっています。

研究開発者は技術開発を行いますが、それだけでは事業は高収益にはなりません。知財思考と実務能力があって初めて、高収益事業にすることが出来るのです。つまり知財というのは、エンジニアが研究開発した技術を表舞台で長く活躍させ続けるための重要なツールなのです。

知財は研究開発者の必須能力の一つになっていますが、現場を観察すると、前述のような状況が散見されます。筆者は部外者であるとはいえ、とても心配になります。「大丈夫ですか」と。いやいや、このコラムをせっかく立ち上げた以上、はっきりと言ってしまいます。「なんとかしないと、まずいですよ」と。

*先願 特許を出願するために実施する事前調査において見つかる引用発明のこと。先願を見逃しても出願はできるが、特許庁に拒絶される根拠となる。

知財の質が低いとマネされる

研究開発の現場ではしばしば、忙しいことを口実にして、「知財がなくても仕事はできる」というようなことを言う人を目にします。しかも、マネージャークラスが堂々と口にしたりします。ここでも、はっきりと言います。その主張は、「まやかしである」と。

そんなことを言えるのは、どうやって事業を高収益にするかを考えていない証拠です(読者の皆さんを敵に回したい訳ではありません。感じが悪ければごめんなさい)。高収益化を真剣に考えれば、質の高い知財が必要です。知財思考を抜きに事業の高収益化は考えられません。

特許を侵害されなくても、事業を模倣される場合があります。知財の質が低い場合です。知財の質は、技術の模倣困難性ではなく、事業の模倣困難性として計られるべきです。事業の模倣困難性を意図して作り出すためには、事業の視点で意図的に知財を作り出すことが必要なのです。これには相当頭を使います。

事業を模倣されれば、当然収益性は下がります。特許侵害なしに事業を模倣することは日常的に行われているからです。つまり、放っておけば、収益は勝手に下がると思っていいのです。定期的に筋トレしなければ筋肉が落ちるように、日常的に知財開発を行っていなければ収益性は下がることになります。

大事なことは放っておかないことです。日常的に知財開発をすることを業務にすれば、必ず成果が上がります。そして日常業務にしてしまえば、知財業務へのアレルギーもなくなるのです。

このように、知財開発は頭をつかうものですし、日常的に行う必要があることから、「知財はなくても仕事はできる」は「まやかし」であることがご理解いただけると思います。

リアルセミナーの話題を提供

最後に、このコラムを始める抱負について述べたいと思います。

このコラムは、エンジニアが興味を持てるように工夫した知財の話題を提供したいと思って始めることにしました。知財を正面から学ぶのは退屈です。筆者はセミナーで講師として活動していますが、真正面から特許法の講義などしようものなら、大半の人が寝てしまうのです(笑)。講師の立場からすれば、受講者に寝られてしまうセミナーは屈辱です。だから、私のセミナーでは工夫を凝らして面白くするようにしています。

そんなリアルセミナーの中からの話題を提供することによって、読者の皆さんに知財意識を高めてもらえることができたら望外の喜びです。そんなことを願いつつ、このコラムを書き綴っていきたいと思います。

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。