「差異化」の本当の意味【技術企業の高収益化#107】

 競合比較に基づく開発企画は論理的に間違っている、そう前回に書きました。本コラムの掲載と前後してセミナーを開催した際にも、「競合比較に基づいて競合に追いつこうとする開発企画は間違いだ」とやはり同じことを講師として提案しました。 すると、かなりの反響がありました。その1つに、「当社は『差異化』の考え方を完全に間違えていた」というコメントがありました。話を聞いたところ、前回紹介した競合比較を使った開発の通りに競合に追いつくための開発をしていたというのです。前回提示した競合比較は以下のようなものでした(表1)。

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表1●競合比較表

これも前回書いたことですが、競合に追いつくのは売り上げの維持には意味がある一方で、収益性(利益率)が低下するのは論理的に当然です。では、収益性を高めるにはどうすればよいのでしょうか? 前回は、「そもそも差異化できない上記のような開発プロセスには納得しないようにしよう」と提案しましたが、それだけで十分なわけではありません。差異化できるようなプロセスが必要ですよね。では、今回はもう少し詳しく検討してみましょう。

差異化をロールス・ロイスに学ぶ

分かりやすいエピソードが最近ありました。英Rolls-Royce Motor Cars社(以下、ロールス・ロイス)の最高経営責任者(CEO)の言葉がメディア各紙に紹介されたのです。ロールス・ロイスと言えば、超高級車。航空機のエンジンメーカーというイメージもあるかもしれませんが、ここでは自動車の話です。同社のCEOは、新車発表時に記者から自動運転のことを聞かれてこんな言葉を語ったそうです。「ファントム(発表した新車)の顧客はたいてい運転手がいる。だから、(自動運転は)必須ではない」。

自動運転といえば、今や自動車メーカー以外もこぞって開発しているイメージがありますが、その自動運転を「必須ではない」と宣言したのです。一方で、この新車では「計器盤から助手席まで横に伸びるダッシュボードをガラス張りにし、内部に金細工や陶器作品など好きなアーティストの作品を埋め込むことができる」ようにしたそうです。高級車の頂点を目指したのだとか(2017年7月28日付の日本経済新聞Web版)。

この記事を読んで私は、思わず「差異化ってこういうことだよな」という言葉が口から出ました。だって、上記の考えは収益の向上にピッタリだと思いませんか?

筆者は以下のように解釈しました。
・ターゲットである富裕層には自動運転機能は必須ではないから、開発しても意味が薄い。従って、優先順位は低い。
・富裕層はラジグジュアリー(贅沢)さに価値を感じるから、ガラス張りにしたりして高級感を演出することに開発資源を投入する。

つまり、「ターゲットに価値を感じてもらえる部分には投資する。しかし、それ以外には投資しない」という考え方がはっきりと感じ取れました。ロールス・ロイスのCEOのコメントは、気持ちが良いほどはっきりしていました。

差異化とはそもそも何か

上述の通り、ロールス・ロイスはターゲットに忠実なクルマづくりをしているようです。では、そもそも「差異化」とはどういう意味でしょうか。冒頭の機能比較表に戻って検討してみましょう。 先の記事にあった自動運転だけではなく、自動車業界では環境対応(エコ)や燃費競争も激しくなっています。また、電子化・電動化(以下、電化)も加速しています。そこで、競合として「一般的自動車メーカー」(トレンドに沿った開発をしている想像上の会社)を設定し、ロールス・ロイスとの比較をしてみました(表2)。

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表2●ロールス・ロイスと一般的自動車メーカーの比較

ロールス・ロイスは、「自動運転」や「エコ・燃費」、「電化」といったトレンドに沿った項目では負けることでしょう。一方、「超高級さ」では圧倒的な勝利を収めるはずです。超高級さという比較軸は同社独自のものであり一般的自動車メーカーには「存在しない軸」なのです。

すると、どうなるでしょうか。市場で競争にならないのです。競争にならなければ価格を引き下げる必要もないため、高い収益が見込めます。上記から、差異化という言葉を抽象化すると、「競合比較表で比較されない軸を自社(自分)で作ること」となります。

逆に、トレンドに沿った開発をしている一般的自動車メーカーは、市場に出たときに競争になりますから、全く差異化できていないことになりますね。ここから、トレンドに沿っていることと差異化していることは別のことだと分かります。

テーマ選定プロセスに求められるものは何か

上記から、テーマ選定プロセスに求められるものは何かを検討してみましょう。言うまでもなく収益性の向上には差異化が必要です。差異化とは、市場に出たときに競争にならない軸のことです。市場に出たときに競争にならない軸とは、ロールス・ロイスの場合には、自社が作った軸(独自性)であり、トレンドに沿っていない軸のことでした。いずれにせよ、競合がやっていないことを行うことがテーマ選定プロセスに求められるのです。 顧客の声を重視する一般的な開発プロセスで普通に進めれば、トレンドに沿ったものにならざるを得ません。顧客の声に沿ったものが高く評価される仕組みだからです。加えて、当然のことですが、人は得られた情報に基づいて合理的に判断するものです。世間が「AI(人工知能)」と言えばAI、「IoT(Intetnet of Things)」と言えばIoTをやりたくなるものです。その意味でもトレンドに沿った開発は楽に行うことができます。

差異化を実現するテーマ選定プロセスに求められるものは、独自性が高く評価される仕組みなのです。そうでなければトレンドに沿ったものを選んでしまいます。

次回は、独自性が高く評価される仕組みについて、もう少し深く検証することにしましょう。そして、どのような項目を高く評価する仕組みにすればよいかについても見ていきましょう。

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。