実践的な技術戦略の立て方その㊿「役員が日和見主義者なのに新規事業などできるか!」

「それ、どこでやるの?人員はどうするの?」というB役員の棘(とげ)のある質問に、提案者のAさんは絶句しました。とは言え、この発言、Aさんの予想の範囲だったそうで言われたAさんは意図的に沈黙しつつも「やっぱりね」と思ったそうです。

そこは新規テーマ提案会の場でした。多くの技術者が入れ代わり立ち代わり新しいテーマを提案して行くという恒例の会議です。年に二度このような会議を開催する目的は来年度の予算を策定するために使うというものでした。

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Aさんは中堅の技術者。そのテーマ提案会に出るのも一度や二度ではなかったそうです。曰く、「毎年恒例行事なので、いつもは皆が手持ちのテーマを発表して予算をもらう会になっていました」。

皆、いつも手持ちのテーマを発表するので、技術者同士はお互いに発表することを事前に知っている内容。B役員への報告会という色彩が強かったようです。そのため、発表の場の雰囲気は予定調和的で時間割重視、質問もなければ特に不備もない、と言った感じで進めていた訳です。

そんな例年の様子を知っていたAさんですが、足元で実施しているテーマよりも斬新なテーマを着想したので、それ以来アングラで調査をしていたのです。思った以上に良いテーマになりそうだったので、その会議で提案することにしたのです。

しかしAさんは提案することに迷いがなかった訳ではありません。後日談ですが、むしろ「どうせ通らないだろうな」と思っていたとのことです。そんなこともあって、B役員に否定的なことを言われたと感じた時、Aさんが「やっぱりね」と意図的に沈黙していたのです。

Aさんがある程度の期間をかけて調査したテーマだったものの、上の人に否定されるようなテーマなのですから、テーマの質がそんなに良くなかったのでは?とも思えます。確かに上はジャッジする側ですから、質がよくなければ拒絶するのが役割です。

Aさんのテーマは良かったのか?

Aさんのテーマはどうだったのでしょうか?いわゆる予定調和的なものではなく、Aさん曰く「少しはみ出したテーマでした」。技術的事業的な詳細は省きますが、Aさんの説明を聞くと確かに少しはみ出しているものでした。

この「はみ出し」について。「はみ出し」と書けば予定調和的ではなく良くないもののように思われますが、新規事業においては全くそうではありません。むしろどんどんはみ出して欲しいものです。Aさんのテーマも聞く所によるとほどよいはみ出し具合で新規事業的な視点からはむしろ歓迎すべきものだと感じました。

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しかしながら、この会議においてはみ出しはむしろ悪いものと扱われてしまったのです。B役員の反応を振り返ると「それ、どこでやるの?人員はどうするの?」と質問してきました。この質問にはやや棘があったとのことですが、文字通りに受け取ったとしても問題があります。

どういう問題かといえば、あたかもB役員の立場から見れば正しい質問をしているように見えるのです。B役員は責任者ですから、ヒト・モノ・カネの責任を負うはず。それらをどうするのかを問うのは当然と言えなくはないでしょう。

しかし、よく考えてみてください。そのヒト・モノ・カネをAさんが動かせますか?Aさんは中間とは言え、一介の技術者です。その一介の技術者に経営資源の導入に関する意思決定などできるはずがありませんよね。むしろ意思決定できるのはB役員の方です。B役員がAさんにそうした質問をするのは、ハッキリとした反対ではないものの十分な阻害効果がありました。

会議の場面に戻りますが、Aさんが黙っていると時間切れとなり、Aさんのテーマは採用されなかったですが、B役員はそれを見ても平然としており、Aさんに労いの言葉もなかったということでした。

B役員の心理は

それを聞いて私は、B役員はヒト・モノ・カネに関する質問をしてAさんを困らせることを通じて責任逃れをしたのだな、と感じました。つまり、Aさんが黙っていれば、そのまま採択されませんし、Aさんがなにか発言すればヒト・モノ・カネの配分の権限はAさんにないことを指摘すれば良いだけで、どのみち拒絶になることを分かっていた訳です。

そしてしたかったのは、「自分は不採択を決めていない」という(自分や周囲への)言い訳でしょう。Aさんのテーマを採択しないことをB役員は「決めていない」ことになりますから。あくまでも悪いのはAさんという形に持っていったのです。いやいや、巧いけどズルいですね(笑)。

一方、会社は成長目標を掲げていました。しかし、B役員の立場ではAさんのテーマのようなややはみ出したテーマにはリスクがあります。B役員には従来テーマよりリスクが大きく見えたのでしょう、失敗のリスクや責任のことを考えると採択することに踏み切れなかったのかも知れない、とも思えます。要するに先送りしたのです。

Aさんの話に戻ります。Aさんはこのような反応に「やっぱりね」と思ったのですが、それにも訳がありました。Aさんが言うには「これまでも同じような提案をしても受け入れられたことがないですからね、今回も同じだと思っていましたよ」とのことでした。

過去何年間か同じようなはみ出した提案をした人がAさん以外にもいたとのこと。それなのにヒト・モノ・カネの説明責任を質問され、採択されることはなかった。採択されなくても労ってもらえたり、採択されない理由を合理的聞けたりすれば再挑戦する意欲もわくものですがそれすらなかったそう。こうしたことが続けば「やっぱりね」と予想できるAさんの気持ちも分かります。

それでもAさんが挑戦した理由を聞いてみると面白い答えが帰ってきました。

「うちでは言い出しっぺが損をする仕組みになっています」

「うちでは言い出しっぺが損をする仕組みになっています」とAさんは言いました。「B役員はやりたくないようですね?」と私が応じるとAさんは「まあ、それは分かっていたのですけどね、それでもやってみようと思いまして」と答えました。「なにかあったのですか?」私が深堀りするとAさんは「まあ、気の迷いみたいなものですよ」と苦笑いしながら答えました。

こんなやり取りをして、その時は真相を聞けなかったのですが、後日Aさんがメールをくれました。それが会社アドレスではなくプライベートのアドレスからの連絡だったので謎が解けました。

Aさんは新天地での活躍をするということでしたので、転職祝の名目で後日Aさんと一杯やったのですが、Aさんの話を聞けば聞くほど「優秀な方なのだなあ」と惚れ惚れしたのを記憶しています。

聞けば「提案した時は、会社に見切りをつけようと思っていた」とのことでした。さらには「これまで会社に様々な提案をしてきたものの、先送り体質で受け入れられなかった。会社としては新規テーマによる成長を掲げているものの、既存テーマにヒト・モノ・カネを割き続けて新しいテーマをやるつもりがないように見えた」とのことでした。

一方のB役員。会社としては優秀な人材を逃したことになるのかも知れませんが、そもそも先送りができるような会社なのですからそんなに痛くはないのでしょう。とは言え、新規事業の提案をわざわざリスクをとってしてくれる人物を逃がすのはもったいないようにも思われました。

今回のことがコンサルタントの私の目にどのように写ったかをまとめますと、成長のために新規事業をやるのであればB役員にはせめて「やらない」と決めてほしかったと思いますね。B役員は「やる」とも決めないし、「やらない」とも決めなかった挙げ句、その後にAさんへのフォローもなかったのです。

Aさんに対して少なくとも「提案してくれてありがとう。今回は(明確な理由)でできない」と労ってほしかったと思います。自分で決めることもなく、そうした気遣いもなく、いわば日和見を決め込んだのは悪手中の悪手だったとしか言えません。

とはいえ、B役員を指名したのは会社ですから、B役員が悪いわけでもないのです。何が悪いかと言えば、そういう日和見主義でも経営者でいられるガバナンスに問題があると思います。成長のために新規事業を志向すると公言しながら中ではリスクを取らない経営者がいては成長できないのは当然です。Aさんの退職、起こるべくして起こったのだよな、と思います。

さて、研究開発でもROICとかPBR向上とか言われるようになってきました。R&Dの改革は待ったナシです。あなたはリスクのある提案を実施しますか?それとも目先の安全を取って先送りしますか?

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。

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