本コラムを書くに際して、最初に断っておきたい。筆者は日産が嫌いではない。むしろ、かつて日産車に乗っていたファンの一人として応援している気持ちからこのコラムを書いている。
さて、日産の収益性が見通せない。24年4−9月期の決算では黒字を確保しているものの、販売の苦しさを表す販売奨励金が大幅に増加し、競争力のない商品を値引きで売っている販売実態が垣間見える。また世界で9000人のリストラを発表したが、これは売れる商品がないために保有する生産力が過剰になってきたことを示唆する。
マクロ環境を確認しておくと、2024年も世界の自動車販売台数は伸びているようだ。複数の自動車市場の情報源によれば、ここ数年では、コロナ禍での失速を底にして緩やかなV字回復を描いている。
全体が好調な中での単独失速のようにも見えるし、その原因について日本からは「売れる車がない」「買う車がない」という声も聞こえる。日産にとっては、北米・中国市場こそが勝たなければならない市場だが、そこでも日本と同様に魅力は低下しているのだろう。
これについて技術開発に落ち度があるのだろうか?日産には技術革新を早期に取り込むイメージがある。多くの読者には、商用EVの取り組みが早かったのは日産というイメージがあるだろう。CMにおいて自動運転ライクな操作感を俳優に披露させ、ADAS開発をアピールしていたのも日産だ。e-Powerというハイブリッドもあり、パワートレインも抜かりなく見える。低迷の原因はどこにあるというのか?
低迷の原因は
2つあるだろう。一つは、北米。HV、PHVの選択肢が十分に提供できておらず選択肢が少ないことである。もう一つは中国。中国ではEVだけでなくHVも提供できているものの、景気減速が著しい中国の国内事情は大きい。また、EV競争では中国EVメーカーのコストパフォーマンスには及ばないと評価されているだろう。
これに対して日産が何もしていない訳ではない。北米向けのe-Powerは投入予定と発表されているし、PHV(北米向け)もこれから開発すると発表されたばかりだ。しかし、e-Power は投入まで2026年かかり、PHV投入は2020年代後半になると言う。北米日産は、今年だけでなく、25年も「売るものがない」という状況で乗り切ることが必要だろう。
保有技術はあるように見える一方で、特に北米でタイムリーに市場に提供できていない理由はなにか?技術へのこだわりが過ぎて投資が投機(ギャンブル)的になってしまっていたことが原因であると筆者は考えている。
というのも、EVであるリーフは斬新だったし、手放し運転のCMも非常に目を引く機能だったと思う。しかし、こうした目を引く技術に投資を傾けすぎて、北米向けe-Power(高出力が必要) やPHVの自社開発への投資が遅れたのではないだろうか。
確かに、数年前までEV化のスピードは速かった。中国は急速にEV化したし、アメリカもカリフォルニアだけを見ればテスラが大量に走る社会になった。それで、頼みのアリア(EV)の開発に賭けるという投資は、当時は合理的だったのだろう。しかし、急速な市場変化は続かず、2023年くらいから市場はEVからHVに回帰している。
当てにしていた予想が外れ、当時は投資だと思っていたものが実は投機だと分かった、というのが現在の日産経営者の本音だろう。とはいえ、結果責任を問われる経営者という職業のため、自身の判断への過信があったという誹りは免れないだろう。
日産から何を学ぶか
さて、我々は日産のケースから何を学べるのだろうか?第三者のコンサルタント風情の立場で誠に恐縮だし、後講釈でなんとでも言えるのであるが、筆者なりに考えてみたい。
前述の通り、北米向けe-Power(高出力が必要) やPHVの自社開発等のパワトレ開発をもっと早期にしたほうが良かったのであるが、社内事情はどうだったのか?社内事情は情報源が限られ知る由もないが、テーマへの投資という観点からはシンプルに推測できる。投資は提案と決定というプロセスで行われるからだ。そのため、日産社内から上記のようなパワトレ開発テーマの提案がなかったか、提案されても経営者によって切られたか、いずれか、あるいは両方しかない。
「提案がなかった」という方向について考えると、日産レベルの(有能な)社員がいながら提案が(能力的に)できなかったというのは考えにくい。提案がなかったとすれば、提案しにくい雰囲気や組織構造があったはずである。そのため、開発が遅れた理由は、提案しにくい雰囲気や組織構造があったか、提案があっても経営者によって切られたかの二択しかない。そこに硬直的な組織が透けて見える。より具体的に言えば、EV開発を中心とする経営者の方針以外にはモノが言えない雰囲気があったのではないか、ということだ。
というのも、戦略づくりをする組織と戦略実行をする組織の分業が進んだ外資系企業によくある話なのだが、ひとたび経営方針が出されればモノが言いにくい雰囲気になっていくのだ。「組織は戦略に従う」という言説からすれば、経営方針を組織が粛々と実行するのは正しい。しかし、戦略を修正するのもまた組織だ。そこにモノを言いやすい雰囲気があるかないかは、戦略修正能力を大きく左右する。
英断を好む経営者は多いが、英断がいつも当たる訳では無い。経営者の見通せる範囲など限られているからだ。むしろ、日産の経営者は、社員が提案できる幅を広げ、提案に対して投資をしていくのが正解だった。そこに大胆な決断などいらなかったのではないか。
仮に、日産経営者が、薄くなるかも知れないが幅広く北米向けHV・PHVのパワトレ投資を早期に開始していれば、ここまでの失態にはならなかっただろう。薄い投資では勝てないかも知れないが、負けない状態を作り出すことはできたのではないだろうか。
今回の日産の業績悪化は、経営者のできることには限界があるため、むしろ社員の創意工夫を引き出すことが重要だということを認識させられる出来事だったのではないだろうか。社員が自由闊達に研究開発テーマの創出をし、経営者がそこに投資することが企業のサバイバルを決める、というのが教訓であると思う。
日産とその社員に精一杯の応援をして、今回のコラムを終えることにしよう。
研究開発ガイドライン「虎の巻」を差し上げます
研究開発マネジメントの課題解決事例についてまとめた研究開発ガイドライン「虎の巻」を差し上げています。また、技術人材を開発するワークショップやコンサルティングの総合カタログをお送りしています。
部署内でご回覧いただくことが可能です。
しつこく電話をするなどの営業行為はしておりません。
ご安心ください。
・潜在ニーズを先取りする技術マーケティングとは?
・技術の棚卸しとソリューション技術カタログとは?
・成長を保証する技術戦略の策定のやり方とは?
・技術者による研究開発テーマの創出をどう進めるのか?
・テーマ創出・推進を加速するIPランドスケープの進め方とは?
・新規事業化の体制構築を進めるには?
・最小で最大効果を得るための知財教育とは?