生成AIブームに乗って時価総額が世界一になったNVIDIA。誰しもそれを実現した経営について知りたいと思っていたところ、2024年末にその一端が記事になった。日経ビジネスの記事である。食い入るように読んだという読者も多いのではないか。
NVIDIAはGPUの会社だったものの、いまやAI用半導体の会社になった。記事によれば、歴史的なピボットは2013年にあったという。前年の2012年にディープラーニングのコンテストで画像認識のブレイクスルーがあったことをキッカケに、全社員にディープラーニングを学ばせ、今につながるAI用半導体開発への礎を作った。
10年余りが経過した今どうなったのか?時価総額世界一というのもすごいが、筆者が注目するのはなんといっても驚異的な粗利率(76%)、営業利益率(61.5%、24年Q4会社公表資料に基づき筆者計算)だ。コンサルティングやソフトウェアであればこのような利益率も考えられるものの、製造業でありながらこうした数字を叩き出すのは驚異的だ。
そんなNVIDIA、どんな経営をしているのだろうか?詳しいことは記事によるが、NVIDIAの経営の中で今日のコラムで取り上げたいのは2つある。一つは中期経営計画や事業計画をつくらないというもの。同社幹部はその理由について「数カ月単位で技術のパラダイムが変わる。誰がスケジュールを考えられるのか」という。一方、中期経営計画と言えば、日本企業がよく実施しているものだ。
もう一つは正式な組織図がないというもの。おそらく上司と部下を定めた組織図はあるのだろうが、その正式度は低く、上司の部下拘束度は高くないのだろうと理解した。そんな組織で大丈夫か?と思うが今日のコラムはそこが論点ではない。記事によれば、「『ミッション・イズ・ボス』という標語がたびたび使われ(中略)ミッションを実現するために部署を横断してチームが立ち上がる」とのことで、上司よりも事業環境を踏まえたチームが優先されるとのこと。一方、日本企業では「部門横断的なチームは機能しない」とよく言われる。
JTCのR&Dへのアンチテーゼ
日本企業、いやJTCへのアンチテーゼが提示されているようで大変面白かった。NVIDIAの業績は中期経営計画を作らずとも上司などいなくても圧倒的な業績が残せるということの証拠だ、というのは持ち上げすぎだろうが、少なくとも学ぶところがあるはずだ。
ここで筆者が数年前に感じた違和感を紹介したい。それはある会社での「成果報告会」だった。成果報告会とは、ある取り組みに関して出た成果を報告しようとするものだ。例えば、R&Dで言えば研究開発テーマ創出活動の成果報告会というものがある。この成果報告会、成果を共有するもので趣旨自体は悪くない。
しかし、中計や上司を立てる文化のあるJTCで開催されると話が違ってくる。どちらかと言えば悪い方向に変容するように感じるのだ。どういうことか。
筆者の経験した違和感を詳しく紹介しよう。ある日、技術者のAさんは設定された「成果報告会」で報告をしなければならなかった。筆者はコンサルタントとしてAさんの話を聞いていた。Aさんの話の趣旨としては、新商品を開発したこと、それが事業部に移管されて喜ばしい、ということだった。
しかし、筆者は全く異なる印象を持った。そもそも成果というには小さすぎたのだ。Aさんを含めてその成果報告会に出るメンバーは、そもそも部門横断的な研究開発テーマを出すのがミッションだった。しかし、Aさんが発表したのはある部門内で完結する改良型の新商品だったのだ。
従来の改良型の新商品ではなく、難易度の高い部門横断型の新商品を出すはずだったAさん。発表しながらその表情は曇っていたように見えた。求められているものを出せていない違和感を感じていたのだろう。成果報告会のトップはCTOだった。CTOの反応はどうだったか。
CTOはAさんの発表内容についてハッキリとは言わないがイマイチだと感じていたようだった。私には記憶できないようなありきたりの感想を述べた。その他の報告者も同じような報告をし、CTOはやはりありきたりの感想を述べてその成果報告会は終わったのだ。その実態は、「成果報告会」と称した御前会議のように見えた。
違和感の正体は
御前会議では上司の意図通りの会議進行が求められ問題があってはいけない。筆者の感じた違和感の正体は、ここにあった。本来であればどうあるべきなのか?せっかくの機会なので、このコラムではNVIDIAならどうするか?と問うことにしよう。
日経ビジネスの記事に戻る。記事によれば、NVIDIAには独自の報告ルールがある。「トップ5項目(Top 5 Things)」という。記事によれば、「社員はCEOをはじめとする幹部などに、その時に自分にとって最も大事な5つの事項を簡潔に書いてメールで報告する。新市場への期待、足元の業務への不満など内容は問わない。(中略)社員は上司などに忖度(そんたく)せず率直な意見を書くので、現場の課題感も伝わる。自身もトップ5を常に検索する副社長は『時折、目からうろこが落ちるような情報を発見できる』と効果を語る。」とのこと。
このような経営を続けてきた結果が、AI半導体への経営資源の集中だ。記事によれば、「AIの潜在的な可能性に気付いたファン氏(CEO)は、『今日から全員がディープラーニングを学んでほしい」』と全社員に指示した。」という。
これを好意的に解釈すれば、NVIDIA社員は機会や社員の困難も含めて重要な課題を常に幹部に報告し、幹部は社員が困っていることを解決したり、資源配分を見直したりする。先述の通り、大胆にディープラーニングへの資源投入もするということだ。
これがJTCであればどうだろうか?もし、社員の一人が「GPUがディープラーニングに好適」というチャンスに気づけば報告するのはだれか?課長か部長だろう。しかし、その部課では予算と業務がしっかり決まっている。ポッと出の新用途を深堀りするリソースはない。良い会社なら翌期に深堀りをするリソースを取って小さく始めるのだろうが、逆に良くない会社であれば報告自体が部課長にスルーされ会社としてチャンスを見失うのではないか。
さて話を戻すと、NVIDIAであれば成果報告会という御前会議の設定自体がないだろう。上司が成果を聞くことには意味がないからだ。上司が実施して意味があるのは社員が直面する困難の解決と資源配分の見直しだ。成果報告という御前会議にはこうした機能が期待できない。
上で触れたAさんは苦しかっただろうと思う。成果報告会という御前会議は、そもそも社員が困ったことやチャンスを上司に伝える場ではない。場の設定からして何らかの成果を言わなければならないAさんは、小さな仕事を成果と言わされることになった。その上、困っていることを上は解決してくれなかったからだ。
あなたの会社にも成果報告会のような御前会議がないだろうか?小さな仕事をいくら成果報告してもチャンスは掴めない。こうした仕組みがあなたの会社で放置されていないだろうか?
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