ゾンビテーマの評価実務 〜技術者の複雑な心情に触れて〜

「それで、儲かってるんですか?」
私がそう尋ねた瞬間、開発者のAさんは口を閉ざしました。

その場は研究テーマの評価会議。私はインタビューのつもりで、そのテーマについて様々な角度から質問していました。Aさんは「このテーマは他社が容易に真似できない」「顧客とは良好な関係を築けている」と自信を見せていました。

会議が始まると、Aさんは冒頭こそ理路整然と説明していました。しかし、私が「なぜそのテーマが重要なのか」と掘り下げると、徐々に語気が強くなり、ついには強弁するような口調に。そして例の質問、「儲かってるんですか?」を投げかけたのです。

しかし、明確な答えは返ってきませんでした。会議室のスクリーンに映し出された数字は…赤字。これがそのテーマの実態だったのです。

売れる商品には「法則」がある

「売れる商品を開発する」これは多くの企業にとって永遠の課題です。私自身、コンサルタントとして10年企業経営に携わる中で、売れる商品には明確な法則があると確信するようになりました。

その本質とは「不便の解消」です。

例えば、iPhone。登場以前、インターネットはパソコン経由でしか使えず、多くの人が不便を感じていました。その不便さを解消するデバイスとして、iPhoneは圧倒的に支持されました。

また、自動車もそうです。100年前、移動手段は馬。飼育や世話という高コストを伴うため、誰もが手軽に利用できるものではありませんでした。しかし、自動車はその「不便」を解消し、一気に生活に浸透しました。

このように、ヒット商品には必ず「不便を解消する」という共通点があります。

顧客要望と「儲かる商品」のすれ違い

「顧客の声に応える」これも商品開発の常套句です。しかし、顧客が「こうしてほしい」と語る要望にそのまま応えるだけでは、儲かる商品は生まれません。

なぜなら、顧客が口にする要望は、すでに彼ら自身が言語化し、図面化し、形にしたもの。開発者がそれに従うのは、あたかも「箸を落とした客に箸を持っていく」ようなものです。それは「当然やるべきこと」であり、顧客にとってサプライズはありません。対価を払ってまで欲しいとは思わないのです。

一方、顧客が「まさか、そんなことまでできるとは!」と驚くような解決策こそが、ヒット商品に繋がります。要望に沿った商品が儲からないのは、驚きがないから。ここに多くの商品開発者が陥る「落とし穴」があります。

Aさんのプライドと葛藤

冒頭のAさんも、「参入障壁が高い」「顧客との関係は良好」と説明していました。しかし、実態は赤字。競合企業が存在することを指摘すると、「競合ではない」と強く否定されました。「同じ商品を売っているのに、なぜ競合でないと言えるのか?」と聞くと、「こちらが競合だと思っていないから」という苦しい返答。

その瞬間、私はAさんの心の中にある葛藤を感じました。自分の担当テーマが否定されることへの抵抗感。しかし、どこかで「優位性がない」ことも自覚している。そんな複雑な心情が、言葉の端々ににじみ出ていました。

そこで、私はあえてトドメを刺すようなことはせず、こう伝えました。

「競合も多数あって、相違点のない商品を作っている状況では、競争優位性がないと評価せざるを得ません。どう思われますか?」

Aさんは納得できない表情を浮かべながらも、小さく「わかりました」と答えました。

本当はわかっていたAさんの「本音」

後日、このテーマは経営者の指示で見直しが決定されました。そして驚いたことに、Aさんはその見直し作業に前向きに取り組んでいるというのです。むしろ嬉々として。

理由を聞くと、「問題がないとは思っていなかった」とのこと。つまり、Aさんは最初から自分のテーマに疑問を感じていたのです。ただ、自分が携わったテーマが否定されることへのプライドが、素直な態度を取らせなかった。それだけの話だったようです。

このエピソードは、技術者が抱える「プライド」と「葛藤」を象徴しているように感じました。

ゾンビテーマをなくすために

テーマ評価には、開発中止(Kill)やストップの判断が伴います。しかし、それを機械的に行えば、開発者のモチベーションを著しく損ないます。そのため、多くの企業が「厳しく評価するとストップになるため評価は甘くする」という運用をしています。

結果、ゾンビテーマが温存され、開発者にとってもキャリアにならない仕事を続けることに。これは企業にとっても個人にとっても不幸な状況です。

私は、「評価は厳しく、処分は柔軟に」という姿勢が大切だと考えます。つまり、「(ストップではなく)改善を前提に評価を厳しくする」ことで、開発者にとっても前向きな改善の機会を与える。これが、健全なテーマ評価の運用だと思うのです。

Aさんも、最初は「自分は間違っていない」と虚勢を張っていました。しかし、ストップで終了させるのではなく改善の機会があったからこそ、最終的には前向きに改善に取り組むようになりました。

商品開発テーマの評価とは、単なる技術論ではありません。開発者の感情、プライド、そして競争優位性との本当の向き合い方が問われる、極めて人間臭い営みだと思っています。

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