「AIバブル」という言葉が新聞やビジネス誌の見出しに登場するようになった。テクノロジー企業の巨額投資表明がバブル的でリターンを生み出すものではないという懐疑的見方が広がっている。
一方、研究開発の現場では生成AIを活用したアイデア出しや文書作成、コードレビュー支援など、実務レベルでのAI活用が現実のものとなっている。AIがR&Dの日常にも入り込んできた。AIと人類との共存などという深遠な課題もあるが、R&Dマネージャーとしては業務上の効率を高めるために生成AIを活用しなければならない、まさに目の前の課題だと感じる方が多いだろう。
せっかく使い始めたAIとそのバブル崩壊。一見矛盾するような状況が私達の前にあらわれている。そもそもAIはバブルなのか?AIバブル崩壊はどのようにR&Dに影響するのか?この状況に私たちR&D関係者はどのように向き合うことができるのか?今日のコラムではこのことについて考えてみよう。
AIサプライチェーンの構造:だれが稼ぎ、だれが投資するのか
この巨額資金はどのように流れ、どの部分でリターンを生むのか。その構造を確認しておきたい。
まず、AI向けの高性能GPUを製造するNVIDIAが川上に位置し、そのチップを活用するデータセンター業者、そしてそれらを統合してクラウドAIサービスを提供するハイパースケーラー(Google、Microsoft、Amazonなど)が中核を成す。さらに、これらの基盤上にアプリケーションを構築するAIサービスのプロバイダが存在し、最終的に消費者や企業がそれを利用するという構造である。

GAFAMはハイパースケーラーであり、同時にAIサービスプロバイダでもある。彼らは垂直統合された形で、インフラからサービスまで一貫して収益を得ようとしている。
世界を席巻するAI投資の全貌
ではバブルというのは本当なのか?現在のAI投資のスケールを押さえておこう。GAFAMのAI関連投資総額はすでに3,200億ドルに達するとされる情報がある[1]。さらに、ChatGPTで知られるOpenAIは、自社の計算リソースやデータセンター整備のために、今後1兆3,000億ドル規模の投資を行うと報道されている[2]。
上記の3200億ドルは2025年の単年度で行われ、OpenAIの1兆3000億ドルは複数年に渡る投資であるとの情報もある。過度な単純化は禁物だが、それでも合算すれば、主要プレイヤーだけで約1兆6,200億ドルという驚異的な資金がAIに投じられようとしていることになる。
リターンの試算:数字で見る現実的な上限
では、こうしたAI投資がどの程度のリターンを生むと見込まれているのか。ここでは、代表的な生成AIサービスであるChatGPTの利用モデルを参考に、試算してみたい。
ChatGPTの有料版(月額20ドル)を基準とし、日本の生産年齢人口(15~64歳)6,000万人のうち、多く見積もって50%(3,000万人)が有料で利用すると仮定する。この前提に基づけば、日本国内での年間利用額は次のように計算できる。
月額20ドル × 3,000万人 × 12ヶ月 = 72億ドル(年間)
この72億ドルは日本国内の利用額だ。これを世界全体の推定値に換算するために、日本のGDPが世界全体の約6%を占めるという比率を用いると、以下のようになる。
72億ドル ÷ 6% = 1,200億ドル(年間)
つまり、世界中の企業・消費者がAIサービスに支払う金額は、多く見積もっても年1,200億ドル程度と見積もれる。ちなみに、OpenAIの2025年の収益は130億ドルと見込まれており、十分の一程度の額である。
あくまでもこれは概算である。もちろん、他の利用形態やもっと高額な料金も発生するだろうし生産年齢人口の半分が利用するという仮定は多いかも知れないし、少ないかも知れない。本来なら精密さを追求したいところではあるが、このコラムではそれが目的ではないのでこれを与件として以下を進めよう。
これはAIサービスプロバイダの売上であり、そこから演算資源やインフラ費用を差し引くと、ハイパースケーラーや基盤側に残る利益はさらに少ないということである。にもかかわらず、AIへの総投資額は1兆6,200億ドルである。
単純計算すれば、この投資を年1,200億ドルで回収するには約13.5年かかる計算になる。ハイパースケーラーに渡る金額は1200億ドルの半分の600億ドルとすれば27年だ。仮定に基づく計算をしているため上振れ下振れはあるだろうが、投資回収期間としては長すぎる。この仮定や計算をどう読むか。それが、AIバブルの核心的な問いである。
サービス提供側の乱立:玉石混交のカオス
では、サプライチェーンの末端で収益を生み出そうとするAIサービス・プロバイダの様相はどうだろうか?
AIサービスのプロバイダ層では、文字通り玉石混交の様相を呈している。アイスマイリー社が公開している生成AIサービスのカオスマップ[3]を見ると、その様子がよく分かる。議事録作成、メール要約、契約書レビュー、画像生成など、さまざまなニーズに応えるサービスが林立しているが、その多くは耳慣れない名称ばかりであり、十分な売上を上げられている企業は一握りであると考えられる。
というのも、AI議事録サービスを提供していたオルツ社の事例であるからだ。同社は2025年、粉飾決算の疑いで報道された。売上の約8割が循環取引によるものであり、実需に基づく収益ではなかったという。一部から全部を推測できるとはとても言えないが、「ゴキブリが一匹いれば何匹もいる」という理屈も成り立つだろう(この言葉はJPモルガンJ.ダイモンCEOの言葉)。
ここまでのところをまとめる。見込める収益がそもそも大きくは見込めず、AIサービス・プロバイダも収益の創出に苦しんでいることを考えると、ハイパースケーラーの巨額投資投資が過大であるというのがこれまでの趣旨だ。このバブルはいつか崩壊せざるを得ない。
では、AIバブルが崩壊すると、R&Dの現場では何が起こるのか?
AIバブル崩壊と研究開発の現場
R&Dマネージャーの視点からAIのバブルを見てみよう。AI開発現場の投資判断は相当甘くなっていることが予想される。テーマの質よりもAIの名前がついたものであれば何にでも投資するようになっている可能性もある。どこにでも資金調達の上手い人はいる。AIの名の下に集まった投資マネーが収益を見込めるか不確実性の高い案件に投資されているだろう。
甘い投資が積もり積もったバブルが崩壊すると何が起こるのか?それは、効果が見通せない研究テーマの停止である。「AIを使っている」というだけで評価されていた研究テーマが、投資判断の厳格化によって次々と打ち切られることになるだろう。担当するR&Dマネージャーは、現在から投資が打ち切られることを念頭においた対応が求められる。
つまり、AI関連の研究開発テーマを立案している場合には、その投資対効果について明確に説明できる様になっておく必要がある。投資対効果が見込めるものはバブル崩壊しても打ち切られないからだ。それでも、ハイパースケーラーのように回収に13.5年もかかるものはダメだ。3年で黒字化、5年で回収できるように見込みたい。
R&D現場では生成AIの利用者の場合もあるだろう。利用者の立場では、利用していたAIサービスが供給停止になるということでもある。上記の議事録サービスのオルツのように粉飾決算ほどひどい事例にはならないかも知れないが、投資資金の停止でサービスの縮小や停止に追い込まれる事例は必ず発生するだろう。
そのため、AIサービスを利用している場合にはサービスの打ち切りに備えておくことだろう。特にAIに自社データを学習させた場合に、サービス停止のインパクトは大きい。すっかり自社のことを学習させて賢くさせたAIに頼り切りになってしまうことが発生することは考えられるからだ。具体的には、マテリアルズ・インフォマティクスや設計データ活用などのAIサービス分野でこうしたことは起こり得る。
さて結論だ。AIバブル崩壊は必ず起こる。起こるかどうか、ではなく「いつ」の問題だ。R&Dマネージャーはその崩壊に備えておきたい。
[1] BUSINESS INSIDER 2025年10月7日「Why the biggest risk in AI might not be the technology, but the trillion-dollar race to build it」。https://www.businessinsider.com/big-tech-ai-capex-infrastructure-data-center-wars-2025-10?utm_source=chatgpt.com
[2] 日経新聞2025年10月16日「OpenAI、NVIDIAと200兆円「循環投資」 ITバブル型錬金術に危うさ」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN090FV0Z01C25A0000000/
[3] アイスマイリー社「生成AIカオスマップ 国内向けサービスを初公開!掲載数は258製品!」https://aismiley.co.jp/ai_news/generativeai-chaosmap/
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