
ROICは部門別に展開されていくのがセオリー
ROIC経営が経営全体に求められるようになった昨今、研究開発(R&D)の領域にもその視点を取り入れる動きが活発化しています。製造部門や販売部門にとどまらず、「R&DにおいてもROICを可視化せよ」という声が経営層から上がるのは、ROE向上という株主視点の経営が根付いてきた証拠とも言えるでしょう。
そのような中で定説となっているのが、「ROICをKPIに分解し、部門やテーマ単位で運用するべきだ」という考え方です。確かにROICという指標自体は、単に経営理念ではなく、具体的なマネジメント手法に落とし込めるという利点があります。ROICは「投下資本に対してどれだけの収益(NOPAT)を生み出したか」を表す指標であり、経営資源の効率的な活用度を測る道具として有用です。
典型的ROIC展開は?
このROICをR&Dに展開する場合、たとえば以下のようなKPIがよく例示されます。
第一に、「技術貢献売上額」です。これは開発テーマに紐づいた製品や部品の売上の累計で、例えばエンジンの燃焼制御技術を開発した場合、その技術が搭載された車両の売上を合算して算出します。
第二に、「技術貢献粗利益額」です。売上に対応する製品の粗利益のうち、該当技術がどれだけ貢献したかを推計するものです。原価構成の中におけるその技術の寄与割合を想定し、全体の粗利に乗じて算出します。
第三に、「開発ROI(Return on Innovation)」です。開発費に対する利益の比率で、技術貢献利益を試作費や人件費、設備投資などの投下資本で割る形で表されます。
他には、「開発ROIC」。これは上記のROIを資本コストまで含めて評価し直し、まさにROICの定義通り、技術貢献NOPATをテーマ別の投下資本で割った指標になります。
このように、定説に基づけば、R&DでもROICの展開はできると思えてきます。しかし本当にそうでしょうか?
典型的ROIC展開の末路
実際には、これらすべての指標には、「将来どれくらい売上や利益が出るか」という仮定が入り込んでいます。そしてその仮定には、どうしても主観が入ってしまいます。市場の成長性、採用可能性、競合状況、採用車種数など、どれをとっても明確な答えがあるわけではなく、「このくらいになるだろう」「このくらいではないか」という想定に基づいて数字が作られてしまいます。
筆者は、こうした主観を含むKPIが現場でうまく機能している例を見たことがありません。むしろ逆で、「そのKPIの前提が正しかったのか?」という議論が絶えず続き、最終的には「誰が得をして誰が損をしたか」という話になってしまいます。KPIガチャによる不公平感を生じ、日の当たらない仕事は誰もやらない、という不健全な現象が起きるのです。
ROICを展開することが目的ではありません。目的はあくまでROEを上げること。そのためにROICという手段を使うのであって、R&D部門に無理やりROICを押し付けることが、本当にROE向上に資するのか、慎重に考える必要があると私は思っています。
テーマの評価方法
では、R&DにROICを展開するのが適切でないとすれば、どうすればよいのでしょうか。筆者が提案したいのは、「テーマ単位での評価の限界を認識した上で、開発テーマの質そのものに着目する」というアプローチです。
例1「エンジンの燃費向上」というテーマをどう評価するか?
たとえば、「エンジンの燃費向上」というテーマを考えてみましょう。これは明らかに自動車メーカーにとって極めて重要な開発テーマの一つです。しかし、燃費という性能は車両全体の性能の一要素に過ぎません。実際の車両開発では、燃費だけでなく、動力性能、価格、安全性、快適性、さらにはEVとの競争など、多くの要素が同時に評価され、最終的な製品が設計されていきます。
つまり、燃費向上技術そのものがどれだけの売上や利益に貢献したのかを「テーマ単体」で評価するのは極めて困難です。そのため、「このテーマが搭載された車種の売上はいくらだった」という数値が出たとしても、その売上のうち燃費技術の寄与が何%かを明確にするのは、結局は主観の入り込む推計に過ぎません。
したがって、こうしたテーマを評価する上で重要なのは、「目標とした燃費性能を達成できたかどうか」という技術的な目標達成の有無であり、それが競合他社と比較して優位性のあるレベルであったかどうかです。技術の社会実装力や、設計部門・事業部との連携の中でどれだけ価値を出したかというプロセスに目を向けるべきです。
例2「機能化学品開発」というテーマをどう評価するか?
別の例として、「機能化学品の開発」テーマを考えてみましょう。こちらはエンジンのように完成車の中に埋もれるのではなく、製品そのものが単体で市場に流通し、売上や利益がカウントしやすい領域です。そのため、開発テーマごとにKPIを設定することが理論的には可能です。例えば、特定のコーティング材が新たな市場で採用された場合、その売上額を開発チームに帰属させることも一見すると正当な方法に思えます。
しかしながら、化学品開発の現場をよく見れば、そこにも同様の問題が潜んでいます。というのも、化学品の開発後には生産技術の確立や品質保証、顧客先での評価対応など、複数部門の活動が連携して初めて利益につながります。そのため、開発テーマ単体の貢献度を切り出して評価することは、やはり現実的には難しい側面があります。
さらに、人の異動という要素も見逃せません。化学品の中には、上市後10年、20年と安定した売上を生む製品もあります。しかし、開発に携わった技術者はその間に別部門に異動していたり、すでに社内にいなかったりすることも珍しくありません。そうした中で、過去の開発テーマが「今どれだけ利益を生んでいるか」をKPIとして見せられても、当事者としての実感は薄れ、「で、だから何なのか?」という反応になりがちです。
では、どのように評価するのか?
結局のところ、ROIC分解による展開はうまくいきません。そしてそれは、仮に数字が作れたとしても、その数字に意味があるとは限らない(ほとんどの場合、意味がない、続かない)、ということなのです。
技術者の納得感や行動変容を促すようなKPI設計をROICとは別に検討したほうが良いのです。技術者の納得感や行動変容を促すようなKPIとは、「利益の高いようなテーマを創出する」という役割に応じた行動をするプロセスに関するKPIや、結果のKPIとなります。結果だけを問わず、プロセスもKPIとして補足することがコツです。詳細は、当社セミナーに参加するなどしてご相談ください。
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