(要約)中長期テーマが生まれないのは、現場の発想力不足ではありません。営業評価、顧客要望対応、短期成果偏重の評価運用が連動し、中長期テーマを「やるべきこと」ではなく「やれたらやること」にしてしまっているからです。つまり、マネジメントの問題。本稿では、その構造と見直しの方向性を整理します。
筆者の経験では、R&D現場で最もよく見られる課題の一つは、「中長期の成長に貢献するテーマが創出できない」というものです。中長期テーマが必要であること自体は、多くの企業で共有されています。しかし現実には、既存製品のモデルチェンジや顧客要望対応が優先され、中長期の成長を支えるテーマは後回しになりがちです。
この問題を考えるとき、よく見られるのが次のようなすれ違いです。上司は「中長期テーマを出せ」と部下に求めます。一方で部下は、「評価されないのに、どうやって進めればよいのか」と感じています。つまり、問題は単なる発想力不足ではありません。中長期テーマを本格的な業務にできない構造そのものに問題があるのです。これをマネジメントが放置しているのが問題です。
本稿では、中長期テーマが生まれにくい理由を、営業評価、顧客要望対応、短期成果偏重の評価運用という3つの観点から整理します。そのうえで、どこを見直せば中長期テーマへの投資が可能になるのかを考えます。

中長期テーマが生まれない会社で起きている上司と部下のすれ違い
上司の立場から見ると、中長期テーマが出てこない現場は、問題意識が弱いように見えるかもしれません。経営から「中長期の成長テーマを出せ」と求められれば、その要請を現場に下ろし、会議で伝え、進捗を確認するのが自然な行動です。上司としては、期待を伝え続ければ、そのうちテーマが出てくるのではないかと考えています。
しかし、部下の立場から見る景色は違います。現場には、顧客要望対応、既存製品の改良、納期対応、不具合対応など、すぐに締切が見える業務が大量にあります。そのような中で、「中長期テーマも考えておいてほしい」と言われても、実際に評価されるのが短期成果だけであれば、中長期テーマの探索はどうしても後回しになります。
ここで重要なのは、部下が中長期テーマの重要性を理解していないわけではない、ということです。むしろ、多くの現場は必要性を理解しています。そのうえで、評価されない活動に十分な時間を投じることが難しいのです。したがって、この問題を「現場の意識が低い」で片づけると、解決の糸口を見失います。
なぜ現場は「中長期テーマをやれ」と言われても動けないのか
理由は単純です。評価されない活動は、本格的な業務になりにくいからです。企業の現場では、重要であることと、実際に時間が配分されることは同じではありません。時間が配分されるのは、通常、締切があり、責任者が明確で、評価につながる業務です。
中長期テーマの探索には、顧客課題の調査、競合分析、潜在ニーズの仮説構築、用途探索などの活動が必要です。しかし、これらは成果が出るまでに時間がかかります。また、成果の定義が曖昧なままだと、「今期何をどこまでやれば評価されるのか」が見えません。結果として、現場では「大事だが、今やる仕事ではない」という扱いになりやすいのです。
人事制度の建て付けだけを見ると、多くの企業では業績評価だけでなく、人物評価や行動評価も導入されています。したがって、理屈のうえでは中長期的な活動も評価できるはずです。しかし現実には、目標設定と運用の段階で、売上、納期、予算達成といった短期成果に重心が寄りがちです。そのため、中長期テーマ創出のための行動は、制度上は評価可能でも、運用上は評価されにくい状態に陥ります。

顧客要望対応がR&Dを短期小粒テーマに引き戻す理由
製造業のR&Dが中長期テーマに向かいにくい背景には、顧客要望対応の構造があります。営業は目先の売上につながる案件を取りに行きます。顧客から小改善、試作、仕様調整、不具合対応などの依頼を受けると、それを社内に持ち帰り、R&Dに対応を求めます。これらは一見すると仕事が増えているように見えますし、短期的には売上や受注可能性にもつながります。
しかし、この種の案件は、手間のわりに大きな収益につながりにくいことが少なくありません。しかも、すぐに締切が見えるため、R&D側はどうしても優先せざるを得ません。結果として、中長期テーマの探索に使うべき時間が削られます。少し厳しく言えば、「仕事はあるが、儲からない」という状態、つまり「貧乏ひまなし」に陥りやすいのです。
この構造は、単なる現場の忙しさの問題ではありません。営業の評価が目先の売上に強く結びついていると、営業は短期案件を増やす方向に動きます。その声が強いままR&Dに流れ込むと、R&Dテーマの構成自体が短期小粒テーマに引っ張られていきます。

評価制度は中長期テーマを本当に評価できる設計になっているのか
ここで一度、人事制度そのものを冷静に見てみる必要があります。制度の設計思想としては、多くの企業が短期成果だけを見ているわけではありません。業績評価と人物評価を組み合わせれば、中長期テーマのための行動も本来は評価対象にできます。
問題は、制度そのものよりも、現場での運用です。特に営業では売上、R&Dでは納期やマイルストーン達成など、短期的で測定しやすい指標が重視されやすくなります。なぜなら、これらは数値化しやすく、評価しやすいからです。逆に、中長期テーマのための行動は、何をどこまでやればよいかが定義されていないと、評価者も被評価者も扱いづらくなります。
その結果、制度上は評価可能であるはずの中長期活動が、実務上は「ボランティア」のような位置づけになってしまいます。10%ルールのような自由時間の発想だけでは、この問題は解決しません。中長期テーマ創出のための行動を、正式な業務として定義し、計測し、評価可能にする必要があります。

中長期テーマを増やすには、何を評価対象に変えるべきか
では、何を変えればよいのでしょうか。答えは、中長期テーマそのものを評価することではありません。正確には、中長期テーマを生み出すためのプロセスを評価対象に変えることです。
たとえば、中長期テーマを作るためには、顧客課題の調査、競合分析、用途探索、潜在ニーズの仮説構築、提案シートの作成などのプロセスが必要です。これらを「やるべきだ」と口で言うだけでは、現場は動きません。しかし、「どの報告書を、いつまでに、どの水準で作成したら評価されるか」が明確になれば、初めて本格的な業務になります。
この発想に立つと、評価制度を見直すポイントも明確になります。見るべきなのは、結果だけではありません。結果を生むための行動を、どこまで具体的に定義し、測定可能にし、評価に結びつけているかです。中長期テーマを増やしたいのであれば、抽象的な期待ではなく、評価される具体的行動にまで落とし込む必要があります。
解決の方向性はF軸、プロセス評価、テーマ棚卸しにある
もっとも、評価制度だけを変えれば、それだけで中長期テーマが増えるわけではありません。評価制度の見直しは必要条件ですが、十分条件ではありません。実際に中長期テーマを生み出すためには、少なくとも3つの取り組みが必要です。
第一に、F軸の発想です。競合との同軸競争は禁止です。競合と同じ土俵で少し勝つのではなく、顧客の潜在課題を解決するのです。F軸とは、本来の意味での差異化(差別化)のこと。間違った意味で差異化という言葉が運用されるため、わざわざ別の言葉を作って使っています。
第二に、プロセス評価です。中長期テーマ創出につながる行動を、業務として定義し、評価可能にする必要があります。
第三に、テーマ棚卸しです。既存テーマを見直し、継続するのか、生まれ変わらせるのか、棚入れするのかを判断しなければ、新しいテーマに資源を移せません。
要するに、中長期テーマを増やすとは、「もっと考えろ」と言うことではありません。テーマを作る行動が評価され、既存テーマが見直され、新しい差別化軸を作る努力に人と時間が配分される状態を作ることです。日本企業のR&Dが短期小粒テーマから脱却し、中長期成長テーマへ投資していくには、まずそこから考え直す必要があります。

FAQ よくある質問
Q)中長期テーマが生まれない最大の原因は何ですか
最大の原因は、現場の発想力不足ではなく、短期成果偏重の評価運用です。営業評価、顧客要望対応、R&Dの納期評価が連動し、中長期テーマ創出のための行動が本格業務になりにくくなっています。
Q)評価制度が中長期テーマに与える影響はどこにありますか
中長期テーマそのものよりも、中長期テーマを生み出すための行動が評価されるかどうかに影響があります。調査、用途探索、競合分析、仮説構築などが評価されなければ、現場はそこに十分な時間を使いにくくなります。
Q)営業評価はなぜR&Dのテーマ構成に影響するのですか
営業が売上中心で評価されると、短期受注につながる顧客要望対応案件が増えます。その案件がR&Dテーマ化されることで、開発側の資源配分も短期案件寄りになります。
Q)評価制度を変えれば中長期テーマは増えるのですか
評価制度の見直しは必要ですが、それだけでは不十分です。顧客課題調査、F軸の発想、競合分析、既存テーマの棚卸しなどと組み合わせて初めて機能します。
Q)中長期テーマを増やすために最初に見直すべきことは何ですか
最初に見直すべきなのは、現在どの業務に時間が吸われているかです。特に顧客要望対応、小改善案件、短期納期対応がどれだけ資源を占めているかを可視化することが出発点になります。
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