技術トレンドと経営トップの戦略その②「中国EV・第一波が終了、次の波はなにか?」

日本の自動車業界の現在を俯瞰すると、消費者の選択がテスラ一択から中価格帯では中・韓メーカーに広がり、高価格帯ではメルセデス、BMWなども次々とEVモデルを登場させて選択肢が広がっている。日本勢では日産サクラなど特徴ある商品は売れているものの、中価格帯〜高価格帯では競争力のあるものは販売開始できていない、というのが妥当な見方だろうと思う。

海外に目をやると、メルセデス、BMWは共に業績が悪化傾向にあり、フォルクスワーゲンのドイツ工場が閉鎖の危機という。いずれも中国市場での販売不振が原因の一つで、中国市場ではジャーマン3の高価格帯セグメントを中国国内メーカーが脅かすという構図のようだ。ここ十年、旧来型ビジネスモデルが変わると言われていたが、ついに音を立てて瓦解するような実感がある。

国内では日産の不信がそれを象徴しているように思う。国内でも世界でもトップを走るトヨタの業績は絶好調で全方位戦略がもてはやされているが、国内自動車産業やそのサプライチェーンを楽観する関係者は少ないだろう。原因はなにか?それは「パワートレインの主流がEVになるから」ではない。

こうした地殻変動のキーワードとして、数年前はCASE(Connected、Autonomous、Share、Electric)という言葉があった。このCASE、自動車の機能的コンセプトとして業界でよく用いられていたが、最近はCASEを実現する手段としてのSDV(Software Defined Vehicle)が注目されるようになった。

CASEやSDVが注目される理由はなにか?単にそういう自動車を作ろうという流行ではない。自動車会社がこのトレンドに追随しなければ生き残れない、逆に言えば、追随すれば生き残れるという話ではない。何が起こっているのか?

従来の自動車産業をカンタンに振り返ると、自動車産業は自動車のハードを作る産業として付加価値を生み出してきた。ケイレツも垂直統合もそのためにあった。ハードをいかに効率よく作るかで儲けが決まったと言っても良い。

自動車業界の変化は

現在の地殻変動は垂直統合の対局にある。従来の自動車メーカーがICEに加えて売れるEVを作れるようになれば良いという話ではもちろんないし、もちろんPHEVでもない。問題は、EVであったとしても、これまでのように優れたハードを作れても儲からなくなることにある。

そう。ICE はもちろん、EVであろうがFCVであろうがハードで儲けられなくなることが予想されるのだ。地殻変動の中核にあるもの、それは水平分業化だ。

水平分業化とは、かなり大雑把に言えばハードとソフトの分業化のことだ。水平分業化には多くの読者に既視感があるのではないか。PC産業で見たからだ。Wintelと言われたアレだ(WindowsのMicrosoftとCPUのIntelでPCができるようになったこと)。エレキの業界では懐かしい話になるが、水平分業が進んで付加価値の源泉は大きくソフトにシフトした。その象徴が日本メーカーの多くがPC事業から撤退したことだろう(資本を外資に譲渡してもブランドのみを残しているメーカーは多いが)。また、最近までIntelは儲かっていると言われていたものの、奇しくも今年巨額の赤字を計上した。要するに、ハードを作っても儲からなくなったのだ。一方、ソフトのMicrosoftは最高業績を記録し続けている。

この例はどんな示唆をもたらすのか?思考実験として、さらに水平分業で自動車業界がどう変わるのか考えてみよう。

CASEの要素別に見てみると、国や地域により大きく違うものの、ConnectedはGoogleやAppleのCarPlay、AutonomousはWaymo(Google)やBaidu(百度)、ShareはUberやDiDi(滴滴出行)が既に高いシェアを握るなど有力な水平プレイヤーは既にいる。Electricはハード要素ではあるものの、バッテリー分野ではPanasonicだけでなく、CATLやLGなどの中韓勢が高いシェアを握っているのは周知の事実だ。

利用形態別にも見てみよう。車を所有しない人は今後車をどう利用するのか?現在と同様に、Uberでタクシーを呼べれば車(ハード)は何でも良いという人が多いのではないだろうか。移動さえできれば、ハードはそれほど高額・高級でなくても良いという人が今と同様に多いだろう。

車の使用頻度が高く所有する人はどうか?この層でも、自分で運転する人は減り、自動運転を利用しているという人は既に多い。今後、自動車に自動運転アプリをインストールできるようになれば、ハード(車)のメーカーを問わず自動運転サービスを利用するのが容易になる。多くのアプリ同様におそらくサブスクになるだろう。

自動車メーカーの利益はどうなるのか?

既に配車サービスにおいては、利用者がお金を払うのはUberなどのサービス業者になっている。自動車会社には1銭も入らない。こうした状況に自動車会社ももちろん黙っていない。カンタンに水平分業して利益構造を明け渡さないために、SDV開発で主導権を握ろうとしているとも見える。

ダイアグラム  低い精度で自動的に生成された説明

その努力の一部は功を奏するだろうが、そうではない部分も出るだろう。配車サービス(タクシー)については既にUberなどのソフトウェア会社に軍配が上がったと言って良いのではないか。特にWaymoは完成車にセンサーを後付けすることで特定の車種に依存しない配車サービスを既に作り上げている。

近未来的なシナリオとして、既に受託生産を手掛けている鴻海精密工業(台湾)などが格安のハードを作り、利用者が自動運転アプリを選択できるようになれば、利用者は格安でマイカーを入手できる上、サブスクで自動運転サービスを利用できる構図が完成する。

格安のハードは中国製EVで既に想像が容易だし、サブスク自動運転アプリも想像に難くないのではないか。もちろんこの件は、机上の空論ではある。しかし、PC市場ではすでに似たようなことが起こっていて、決して座視できないはずの話である。図に示すように、ハードの対価は確実に低下するのだ。

こうなった時に、自動車メーカー、いやサプライヤーを含めて日本の自動車産業はどう戦うのか。次回のコラムではこの視点から、自動車という産業における経営者の生き残り戦略を眺めていきたい。

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。

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