
筆者が最近実施したセミナー後のアンケート調査に実際に記載されていた内容を紹介します。
こちらは、上司の方の回答内容。
「部下には中長期の成長テーマを出すように求めているが、創出できない」
一方、部下方の回答内容。
「既存製品のモデルチェンジばかりで、中長期的に成長が期待できるテーマがほとんどありません。しかも、評価されない状況でやれと言われても、進めようがありません」
筆者の経験では、日本の製造業のR&D現場で最もよく見られる課題の一つは、「中長期の成長に貢献するテーマが創出できない」というものです。この回答は背景にある分かりやすい対立構造を示しています。上司の立場の方は前者のように語り、現場の部下の立場の方は後者のように語っていました。
上司の期待と部下の受け止めのギャップ
上司は何をしているのでしょうか?経営から「中長期の成長テーマを出せ」と求められているため、その要請を部下に伝達しているのです。そして、その期待を繰り返し伝え続ければ、いずれ中長期テーマが出てくるのではないかと考えています。会議で何度も伝え、進捗を確認し、期待感を示し続けることが、上司の日常的なマネジメントになっているのではないでしょうか。
では、部下はどのように受け止めているのでしょうか。部下のセリフの核心は、「評価されないのにできない」という一点にあります。上司から求められてはいるものの、実際には評価対象になっていない。そのことを、現場は非常に敏感に感じ取っています。何度言われても、評価されない活動は本格的な業務にはなりにくいのです。この一言は、その現実を端的に表しているように思います。
では、なぜ評価されないのでしょうか。「評価対象にすればよいではないか」というのが部下の率直な思いかもしれません。しかし、実際にはそう簡単にはいかないというのが多くの企業の現実です。その背景には、多くの企業で似たような人事評価制度が採用され、しかもその運用が短期成果に偏りやすいという事情があります。
アメリカナイズされた人事評価精度
人事評価制度は、多くの場合、コンサルティング会社が設計し、人事部門が承認する形で導入されます。そして、その背景にある考え方の多くは、アメリカで発展してきた「目標管理制度」や「成果主義」などのフレームワークに影響を受けています。読者の皆様も、こうした概念にはなじみがあるのではないでしょうか。
もっとも、日本企業の人事部門は、それらをそのまま輸入してきたわけではありません。むしろ、人事部門は、アメリカ型の制度を日本企業の実情に合わせて修正し、中長期的な業務も評価可能なように対応させてきたと考えるべきでしょう。実際、多くの人事制度では、評価は業績評価だけでなく人物評価も含む形になっており、その比率も調整できる建て付けになっています。つまり制度の設計思想そのものとしては、短期成果だけでなく、中長期的な成果につながる行動も評価できる余地が残されているのです。
問題は、評価制度の運用にある
しかし、問題は制度の建て付けそのものよりも、現場での目標設定と運用のされ方にあります。もし本当に制度の思想通りに運用されているのであれば、短期的な成果だけでなく、中長期的な成果のための業務にも十分な評価が与えられ、冒頭で示したような上司と部下のギャップは小さくなっているはずです。ところが現実には、そのようにはなっていません。

筆者はR&Dコンサルタントとして、長年にわたり、R&Dの現場が顧客要望対応業務で疲弊している姿を見てきました。ここでいう顧客要望対応業務とは、小改善、試作対応、仕様調整、不具合対応など、顧客からの細かな依頼に応じる仕事のことです。これらは、実現できれば近い将来の売上につながったり、顧客からの受注可能性を高めたりします。そのため営業は、「小さなことでも言ってください。当社は小回りが利きますので対応できます」と顧客に伝え、顧客は遠慮なく要望を出すようになります。
営業はそれをR&Dにフィードバックします。そして、それがテーマになります。しかし、こうした改良依頼は、手間はかかるものの、大きな収益にはつながりにくいのが実情です。一見すると仕事に見えるのですが、大きな利益にはなりません。少し厳しく言えば、「貧乏暇なし」に陥らせる構造です。

営業の成果主義評価をモロに受けるR&D
ここで重要なのは、こうした顧客要望対応業務がテーマになる過程で、営業の評価体系がそのまま開発に持ち込まれているという点です。営業は、目先の売上や予算達成に強く結びついた評価を受けることが一般的です。極端な例として「フルコミッション」がありますが、そこまでではないにせよ、営業は業績評価の比重が高く、短期的な案件を多く取ってきた人ほど有利になりやすい構造を持っています。
自身の給与や評価がかかっている営業の声は、当然ながら強くなります。自分が担当する顧客の改良要望を開発に認めさせ、実行させることで、売上を確実なものにしようとします。そして開発は、そのような営業の持ち込む案件を優先的にテーマ化していきます。では開発はどのように評価されるのでしょうか。改良対応などの比較的難易度の低い案件は納期を設定しやすいため、その納期を達成できたかどうかで評価すれば、比較的簡単に業績評価ができるのです。
このようにして、営業の短期的な業績評価の論理が、R&Dのテーマ設定と評価運用の中に入り込んでいきます。結果として、R&Dもまた短期的な業績ばかりを評価対象にする仕組みになりやすいのです。ここで言いたいのは、アメリカ型の制度が悪いという単純な話ではありません。短期成果を測定しやすい制度設計そのものは、資本移動が活発な環境では合理性を持ちます。しかしそれが、日本企業に特有の顧客要望対応慣行や営業主導の案件運営と結びつくと、中長期テーマ創出を阻害しやすくなるということです。
中長期・成長テーマが生まれないのは現場の努力不足ではない
したがって、中長期テーマが生まれない原因を、現場の発想力不足や努力不足だけで説明することはできません。問題の核心は、評価制度そのものというよりも、短期成果を優先する運用が、営業活動、顧客対応、R&Dテーマ設定までを一貫して支配していることにあります。
もっとも、ここで注意しなければならないのは、評価制度を変えればそれだけで中長期テーマが生まれるわけではないということです。評価制度の見直しは必要条件ではありますが、十分条件ではありません。中長期テーマを本当に生み出すためには、顧客課題の調査、潜在ニーズの発掘、競合との差別化軸の設計、既存テーマの棚卸しといった活動も不可欠です。しかし、それらの活動は、評価されなければ本格的な業務として定着しにくいのです。
だからこそ、最初に見直すべきは、中長期テーマを生み出すための行動が、きちんと業務として認識され、評価される仕組みになっているかどうかです。日本企業のR&Dが短期小粒テーマから脱却し、中長期成長テーマへの投資に向かうためには、まさにこの点から考え直す必要があるのです。
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