技術トレンドと経営トップの戦略その⑲「ソフトバンクの大量特許出願に見る、知財部不要時代のサバイバル」


ソフトバンクの大量出願が示したこと

ソフトバンクグループが数千件の特許出願を行っていることが明らかになった(ソースはこちら)。その時期と規模から察するに、生成AIをフル活用して作成した明細書であると考えられる。通常、人間の弁理士や特許事務所が作成するのであれば、一度にこなせる量と質には物理的な限界がある。しかし生成AIは、その限界を大きく超えることができると示された。

特許出願という実務において、弁理士をはじめとした知財専門家が介在する価値が、極めて大きく低下した事例と捉えてよいだろう。製造や設計などのハードウェア領域だけでなく、法務・知財といった知識集約型サービスの領域でも同様のことが起きていると思われるが、ここまで明確に可視化された事例はほかにないように思う。

出願業務などの知財サービスの付加価値の低下

時期を同じくして、私はある会社で知財部門向けの研修を行っていた。その受講者から、知財部門が抱える課題について次のような話を聞いた。その方を仮にAさんと呼ぼう。Aさんは30代の中堅の知財担当者だ。

「技術者から技術の説明を受けて、その技術に関連する特許出願の提案や、特許性を高めるための提案は日常的に行っている。しかしそれ以外の提案も行っていくべきだと感じていて、おぼろげなイメージはあるのだが、具体化する余裕がなかった。」

知財部門が発明提案書を受けてから特許出願に至るまでの一連のフローは、クレームの作成、先行技術調査による新規性の判断、進歩性を表現するための実験やデータ取得を技術者に促すこと、そしてそれらを踏まえて専門家である弁理士につなぐことだ。いわゆる「守りの知財業務」と言える。

重要な業務であることは間違いないが、起点はあくまで技術者が実施した発明にある。知財部員はその仲介役として何らかの付加価値を加えてはいるものの、その付加価値が高いとは、知財部員自身も認識していないのではないだろうか。

誰でもできる仕事ではない。専門性はもちろん必要だ。とはいえ、そもそも「リエゾン(liaison)」という言葉の意味は「連絡係」だ。日本語に直すと、付加価値が低そうに聞こえてしまう。実際、私の周りには「出願管理や期限管理といった守りの知財業務であれば不要だ」と公言するマネージャーが少なくない。

生成AIが「仲介役」を不要にさせつつある

生成AIの影響も大きい。技術者が発明の概要をざっくり説明するだけで、AIはそれなりのクレームを生成してくれる。そのクレームの新規性についても「判断してほしい」と伝えれば、それなりの回答を返してくれる。出願として十分なレベルかどうかはさておき、知財部員が人間として加える付加価値と一見大差がないように見えてしまう。技術者にとって、知財部門に仲介してもらう意味が感じられなくなっているとしても、無理はない。

川下に目を向けてみよう。弁理士業界でも生成AIの活用は広がっている。クレームの作成にとどまらず、特許明細書の作成、場合によっては出願書類全体の生成まで活用が進んでいる。最初はそのまま採用できないとしても、使い込んでプロンプトを洗練させれば、ほぼそのまま採用できるレベルに達する。

こうして発明提案書から出願に至るほぼすべての過程において、人間が関与することの付加価値が大きく低下している中、冒頭のソフトバンクによる大量出願が明らかになった。これを受けて、強い危機感を抱いている知財業務関係者は少なくないはずだ。

自分たちの付加価値が低下していることを薄々感じながらも、危機が実際に目の前に現れるまで人間はなかなか動けないものだ。冒頭のAさんのコメントは、まさにその危機感の表れだ。「守りの知財業務をするだけでは生き残れないのではないか」という感覚が、Aさんの言葉の背後にある。

では、知財部門はどのように生き残ればよいのか。以下に具体的な提案を述べたい。

知財部門が生き残るための5つの提案

1)もう「知財部門」である必要はない

従来の「知的財産部門」は、特許や意匠などの知的財産を取得・管理するために設立された専門部署だ。専門性が極めて高く、専門家を計画的に育成しなければ対処できない業務が多いことから、独立した部署として設立された経緯がある。

しかし先に述べた通り、出願などの「守りの知財業務」の付加価値は大きく低下している。細かい議論は省くが、「守りの知財業務」の多くは今や外部委託が可能であり、社内で抱える意義を強く感じている会社は多くないのではないだろうか。付加価値が低下し、残る業務の量も縮小している。2026年の今、知財部という形にこだわり続ける必要があるのだろうか。

ただし、これは知財部門の解体を推奨しているのではない。部門の定義を、自分たちの手で書き換えるチャンスが来ているということだ。守りの業務をAIや外部に渡すことは、喪失ではなく解放であると思う。空いたリソースで何をするかが、これからの知財担当者に問われている。そう捉えたほうが建設的ではないか。

2)今後の付加価値はどこにあるのか

では、知財部門の付加価値はどこに求めるべきか。

一昔前に注目を集めたIPランドスケープは、知財部門の付加価値業務として大きく期待された。実際に戦略立案などの機能を担い、成果を上げている会社もある。しかし当時IPランドスケープが知財部門に根づいた背景には、特許情報を解析するための専用ソフトウェアの存在があった。そのツールを最も習得しやすい立場にいたのが知財部門だったというのが、筆者の見立てだ。つまり、知財部門がIPランドスケープを担ったのは、「思考の専門性」ではなく「ツールへのアクセス」が理由だった側面が大きい。

ここ1〜2年で生成AIが登場し、そうした専用ツールがなくてもかなりの調査・分析が行えるようになった。しかしそれは同時に、技術者自身が調査を完結できる環境が整いつつあることも意味する。知財部門にとってのジレンマはここにある。生成AIで代替できるなら知財部門がやる必要はなく、かといって専用ツールを手放せば付加価値を発揮できる場がなくなってしまう。

だが、見方を変えれば活路はある。重要なのはツールのスキルではなく、「何を問うか」という思考そのものだ。その思考を持ち、生成AIだけでなく知財専用ツールも道具として使いこなすのであれば、知財部門はむしろ最も強い立場に立てる。

3)「インテリジェンス部門」への転換という発想

知財部門が生成AIを使ってはならないというルールはないし、知財情報だけに調査を限定する必要もない。むしろ技術者の立場から見れば、知財以外の情報も収集・整理したうえで、業務に役立つ提案をしてくれる存在はありがたい。

そう考えると、「知財部」という名称にこだわる理由はほとんどなくなる。技術者や事業部門にとって本当に価値ある調査・提案を行うことが付加価値の源泉になるのであれば、部門の名称を「インテリジェンス部」と改めることも一つの選択肢だ。

名称の変更はあくまで象徴的な一手だが、軽視すべきではない。「知財部からインテリジェンス部へ」という転換の意思を社内外に示すことで、部門に期待される役割が変わり、担当者自身の意識も変わる。名称より中身の転換が先であることは言うまでもないが、名称はその転換を宣言するための有効な手段になりうる。

4)インテリジェンス部門が担う業務

インテリジェンス部門が担う業務として、事業戦略・技術戦略の立案支援が挙げられる。具体的には、顧客課題の調査、競合動向の分析、活用可能な技術の棚卸し、差別化軸の提案などが含まれる。その多くは生成AIを活用することで、以前よりはるかに少ない工数で実施できる。

一方で、抵触調査や先行技術調査など、正確性が求められる領域では引き続き知財情報の専門的な扱いが必要だ。ここは知財部門としての専門性が残る部分であり、インテリジェンス部門の信頼性を担保する核となる。広く情報を集めて戦略の示唆を出す機能と、知財の精度を保証する機能を両輪で持つことが、インテリジェンス部門の強みになる。

5)インテリジェンス部門に必要なスキル

では、現在の知財担当者はどのようにスキルを磨けばよいのか。求められるのは、生成AIを前提とした戦略的思考のスキルだ。

「戦略立案」と聞くと難しく感じるかもしれないが、そうではない。事業部や技術者が本質的に求めているのはシンプルなことだ。「もっと儲かるようにしたい」——突き詰めればそういうことである。

そのためには、競合と比較して自社が差別化されているかどうかを見極める必要がある。この差別化の判断は、特許における新規性・進歩性の判断と構造的によく似ている。顧客から見て大きな価値を提供できているかどうかを問う、という点で本質は同じだ。知財担当者はすでに、その思考の土台を持っている。

おわりに――Aさんへの答え

冒頭のAさんは「それ以外の提案も行っていきたいが、具体化する余裕がなかった」と言った。しかしその「余裕がない」状態を作り出しているのは、生成AIが代替できる業務に時間を使い続けているからではないだろうか。

繰り返しになるが、守りの業務をAIに渡すことは、喪失ではなく解放だ。Aさんが「おぼろげに感じていた」提案の仕事こそが、これからの知財担当者の本業になる。

知財部門の未来は、AIに仕事を奪われるかどうかではなく、AIを使って何を問うかにかかっている。出願書類を一枚でも多く処理することより、事業部が気づいていない競合の動き、技術の空白地帯、差別化の根拠を一つ先に見つけること——その習慣を今日から始めることが、サバイバルの第一歩だ。

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。

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