
読者の皆様へ:このコラムは2026年に行ったセミナーを再編集したものです。日々のR&Dマネジメント・ガバナンスの視座となれば幸いです。
要約:2026年、上場企業ではとくに、ROIC経営をR&Dに適用することが重要な課題になってきています。しかし、短絡的適用は人事評価制度と衝突し相性が悪いです。どのように整理するとよいのかを論考しています。
執筆:中村大介
株式会社如水代表。20年以上にわたりBtoB製造業のR&D・技術マーケティング・知財・新規事業支援に従事。R&Dテーマ創出、ステージゲート、R&Dガバナンスの研修・コンサルティングを行う。
- ROIC時代に、中長期・成長テーマへ資源を移すための実践論
- 中長期のR&Dテーマが生まれない本当の理由
- なぜ日本企業の人事評価制度はROIC経営と噛み合いにくいのか
- ROIC経営をR&Dにどう適用すればよいのか
- R&Dの資源配分は固定比率ではなく動的に変える
- R&Dテーマを「売れるか・できるか」だけで評価してはいけない
- 競争優位性のあるR&Dテーマを作る「F軸」とは何か
- ゾンビテーマを切るのではなく「生まれ変わらせる」
- 人材開発・テーマ評価・人事評価を一体で変える
- R&D変革を現実的に進める方法
- 知財部門を「インテリジェンス部門」に変える
- R&Dを「テーマの集合」ではなくパイプラインとして経営する
- ROIC時代のR&Dマネジメントの本質は「動的な資源配分」である
- R&DマネジメントとROIC経営に関するよくある質問
- まとめ:中長期テーマ不足を「アイデア不足」の問題にしない
ROIC時代に、中長期・成長テーマへ資源を移すための実践論
「中長期の研究開発テーマを増やしたい」「将来の成長事業を作りたい」と考え、技術マーケティング研修、新規テーマ創出研修、ステージゲート、テーマ評価制度などを導入する企業は少なくない。
ところが、さまざまな施策を実施しているにもかかわらず、「小粒のテーマが多い」「既存テーマをなかなかやめられない」「新しいテーマが出てこない」「技術マーケティングを導入したが成果につながらない」といった問題が残り続けることがある。
本稿では、ROIC経営をR&Dマネジメントにどう適用すればよいのかを、テーマ創出、競争優位性、テーマ評価、人事評価、資源配分、R&Dパイプラインという観点から整理する。特に重要なのは、「中長期テーマが生まれない」という問題を、技術者個人の発想力不足だけで捉えないことである。
なぜだろうか。一つの大きな理由は、テーマ創出の方法だけを変えても、R&Dの資源配分を決めている仕組みそのものが変わっていないからである。研修を実施して新しい考え方を学んでも、既存業務が100%残っていれば、新しいテーマに時間を使うことは難しい。テーマ評価制度を変えても、人事評価や営業評価が短期成果に偏ったままであれば、現場の行動は変わりにくい。
本稿の中心的な主張は、R&Dにおける資源配分を固定的に考えず、事業環境や事業ステージに応じて動的に変えられる仕組みを作ることである。短期と中長期の比率は、7:3でも6:4でもよい。必要であれば10:0も0:10もあり得る。重要なのは、理想的な固定比率を決めることではなく、経営上の必要性に応じて人・時間・評価を実際に動かせることである。

中長期のR&Dテーマが生まれない本当の理由
中長期テーマが生まれないとき、「技術者の発想力が足りない」「もっとアイデアを出してほしい」と考えがちである。しかし、実務ではその前に確認すべきことがある。
それは、人と時間がすでにどこへ配分されているかである。研究開発の現場では、既存製品の改良、顧客要望対応、不具合対応、営業支援、納期対応など、目の前にある業務が優先されやすい。これらは無駄な仕事ではなく、事業運営に必要な仕事である。そのため、現場だけの判断で簡単に減らすこともできない。
その結果、新規用途探索、潜在ニーズ発掘、競合調査、新しい価値軸の検討などの活動は、「時間があれば行う仕事」になりやすい。しかし、実際には時間が余ることはほとんどない。したがって、中長期テーマ不足を発想力の問題だけで捉えると、本質的な原因を見誤る。
関連ページ:PPTX p.43〜45、p.67〜69、p.81
研修やステージゲートだけではR&D変革が進まない
企業がR&Dを変革しようとすると、最初に検討されやすいのが人材開発である。技術マーケティング、新規事業創出、顧客課題探索、デザイン思考などを学べば、技術者の視点を広げることはできる。
しかし、研修を実施しただけでは、日々の仕事の配分までは変わらない。研修後も既存製品の改良、顧客要望対応、不具合対応、営業支援、開発納期への対応などで勤務時間が埋まっていれば、新しいテーマを考えるための時間は生まれない。
ステージゲートも同様である。テーマ評価の仕組みを整えても、ゲートに持ち込まれるテーマの大半が顧客要望対応型であれば、テーマポートフォリオ自体は大きく変わらない。テーマ創出を人事評価の加点項目に入れても、既存業務の負荷が変わらなければ、現場にとっては「余裕があればやる活動」になってしまう。
したがって、R&D変革では、研修、テーマ創出、テーマ評価を一つひとつの施策として実施するだけでは十分ではない。人材開発、テーマ評価、人事評価、営業評価、資源配分までを一つの仕組みとしてつなげる必要がある。
関連ページ:PPTX p.5、p.9、p.13、p.112〜113
営業の短期評価がR&Dの短期テーマを増やす
R&Dの短期化は、研究開発部門の中だけで起きているとは限らない。
例えば、事業部に年間売上目標が設定され、それが営業担当者の売上目標へ展開されたとする。営業担当者から見れば、今期の売上を達成するために、既存顧客から確実性の高い案件を獲得することは合理的な行動である。
その結果、「現在の商品を少し改良してほしい」「この性能をもう少し高くしてほしい」といった顧客要望がR&Dへ持ち込まれる。R&D側にも納期、マイルストーン、テーマ進捗などの評価指標が設定されていれば、これらの案件を期限までに完成させることが合理的になる。
こうして会社全体として見ると、短期テーマへ次々と人が割り当てられ、中長期テーマには誰もアサインされない状態が生まれる。
これは営業が悪いわけでも、R&Dが悪いわけでもない。それぞれが、自分に与えられた評価指標に対して合理的に行動した結果である。だからこそ、R&Dの資源配分を変えるためには、テーマ評価だけでなく、営業評価や人事評価まで視野に入れる必要がある。

関連ページ:PPTX p.45、p.47〜50
【図挿入:PPTX p.45「営業が売上で評価されるとR&Dはどうなるのか?」】
なぜ日本企業の人事評価制度はROIC経営と噛み合いにくいのか
ROIC経営をR&Dに導入する際、日本企業ではもう一つ見落としやすい問題がある。それが、ROIC経営の考え方と、メンバーシップ雇用を前提とした人事評価の運用との間に生じるギャップである。

ROIC経営では、本来、限られた経営資源をより競争力の高い事業へ配分することが求められる。収益性や将来性が低い事業については、事業売却や他社への譲渡を含めて「誰がその事業のベストオーナーなのか」を検討し、資本配分を見直すという考え方も含まれる。

しかし、日本企業では、事業だけを切り離して人材まで機動的に移動させることは容易ではない。メンバーシップ雇用を前提とすれば、事業ポートフォリオを変更したとしても、基本的には「今いる社員に、別の方法で成果を出してもらう」という対応が必要になる。
ここに、日本企業でROIC経営を実践する難しさがある。

関連ページ:PPTX p.37〜40
【図挿入:PPTX p.40「株主を代表する経営者の論理」】
ROIC経営とメンバーシップ雇用には構造的なギャップがある
米国型のROIC経営では、低収益事業について、自社がその事業のベストオーナーなのかを問い直す。自社よりも他社が保有した方が価値を高められるのであれば、売却や事業譲渡を含めて検討するという発想である。
一方、日本企業では、雇用慣行や組織文化を背景に、事業と人材を簡単に切り離すことが難しい。事業を再編したとしても、人材は社内に残り、別の形で価値を生み出すことが求められる。
そのため、日本企業でROIC経営を進める際には、単に「低ROIC事業から撤退する」という議論だけでは不十分である。今いる社員の仕事の内容、評価される行動、時間の使い方を変え、競争優位性を高める活動へ資源を移す仕組みが必要になる。
関連ページ:PPTX p.37〜40、p.125〜127
「ROICスプレッドを上げろ」だけでは短期志向になりやすい
経営側から見れば、収益性の低い事業に対して「ROICスプレッドを上げてほしい」と要求すること自体は自然である。
しかし、その要求を現場へ落とす具体的な仕組みがなければ、短期的に数値を改善しやすい行動へ流れやすい。売上を増やす、コストを削減する、R&D支出を抑えるといった対応である。
特にR&Dでは、この問題が深刻になりやすい。将来の競争優位性を作るためには、新規用途探索、潜在ニーズ発掘、競合調査、新技術の獲得など、今期の売上には直接つながらない活動へ人と時間を配分する必要がある。
それにもかかわらず、「今期のROICを改善する」という要求だけが強く伝われば、中長期投資を減らす方向へ動く可能性がある。

そのため、日本企業でROIC経営を進める場合には、ROICという財務指標だけを現場へ下ろすのではなく、「将来の競争優位性を高めるために、今何をすべきか」まで具体化する必要がある。
関連ページ:PPTX p.40〜43、p.52〜58、p.62
日本の人事制度は中長期評価ができないわけではない
ここは誤解を避ける必要がある。日本の人事制度そのものが中長期評価に対応できないわけではない。
営業であれば、顧客価値の定義力、案件設計力、提案力、関係構築力、社内巻き込みなどを評価できる。R&Dであれば、問題設定力、仮説思考、学習量と学習の質、技術の深さと広さ、知識共有、協働などを評価対象にすることができる。

また、業績評価と人物評価の比率は、役職や部門によって変えることもできる。制度設計上は、中長期成果のための行動を評価に組み込む余地がある。
問題は、制度の存在よりも実際の運用である。
関連ページ:PPTX p.47〜49
実際の運用では短期成果評価に偏りやすい
実際の運用では、営業は売上や粗利、R&Dは開発納期やテーマ進捗が評価の中心になりやすい。
営業担当者が売上目標を達成しようとすれば、既存顧客から確実性の高い改良案件を獲得することが合理的になる。R&D側が納期やマイルストーンで評価されていれば、その案件を優先することが合理的になる。
その結果、人事制度上は中長期行動を評価できるにもかかわらず、現実には短期成果に人と時間が集中する。

ROIC経営は中長期的な企業価値向上を求めている。一方で、人事評価が今期の売上や進捗中心で運用されれば、現場は短期成果へ向かう。この二つが噛み合わなければ、中長期テーマへの資源配分は進まない。
関連ページ:PPTX p.49〜51
【図挿入:PPTX p.49「よくあるケース:営業の影響を受ける評価」】
日本型ROIC経営では人事評価が資源配分の装置になる
日本企業でROIC経営を実践する際に重要なのは、今いる社員が、より競争優位性を高める行動へ時間を使える仕組みを作ることである。
そのためには、人事評価の中で短期成果だけを評価するのではなく、中長期成果につながるプロセスも評価対象にする必要がある。
例えば営業であれば、売上だけでなく、潜在ニーズの発掘や新しい顧客課題の探索を評価する。R&Dであれば、テーマ進捗だけでなく、新規用途探索、競合調査、F軸の検討、テーマの生まれ変わりなどを評価する。
人事評価は、単に給与や賞与を決める制度ではない。何を評価するかによって、人がどこへ時間を使うかが変わる。その意味では、R&Dにおける人事評価は、経営が望む方向へ人と時間を移す「資源配分の装置」と捉えることができる。
関連ページ:PPTX p.48〜51、p.113、p.119
ROIC経営をR&Dにどう適用すればよいのか
ROIC経営が広がるなか、R&D部門にも「資本コストを上回る成果を出すこと」「研究開発投資を経営的に説明すること」が求められるようになっている。
しかし、ROICを今期の財務数値としてR&Dへ単純に適用することには注意が必要である。今期のROICを上げるだけなら、利益を増やす一方で、研究開発費を抑制することも一つの方法になってしまう。

短期的には数値が改善しても、新しい技術、新規用途、潜在ニーズ探索への投資が減れば、数年後の競争力を失う可能性がある。したがって、R&DにROICを適用する際には、単なる費用削減ではなく、将来の競争優位性をどのように作るかという視点が必要になる。
関連ページ:PPTX p.35〜42、p.52〜65
R&DではROICを「競争優位性の向上」と読み替える
R&Dに「ROICスプレッドを上げてください」と言っても、研究者が明日から何をすればよいのかは分かりにくい。財務指標と研究開発活動の間には、翻訳が必要である。
実務的には、「事業の競争優位性を向上させる」と読み替える方が研究開発活動につなげやすい。つまり、研究開発テーマについて、「売れるか」「技術的にできるか」だけではなく、「このテーマによって他社に対する競争優位性を作れるか」を問うのである。

ROICをこのように捉えると、中長期R&Dへの投資にも経営上の理由を与えやすくなる。今期の利益を生んでいなくても、将来の競争優位性を構築する活動であるならば、経営として資源を配分する理由を説明できるからである。
関連ページ:PPTX p.52〜58
ROICスプレッドだけで事業やテーマを判断しない
ROICスプレッドは重要な指標である。しかし、それだけで将来の事業価値を判断することには限界がある。
ROICスプレッドは、これまで構築してきた競争優位性が現在どの程度の収益として現れているかを見る指標として有用である。一方で、新しい技術やテーマによって将来の競争優位性を構築できるかどうかを直接表しているわけではない。
そこで、過去の競争優位性実績と「将来の競争優位性見込み」を分けて考える。現在の収益性が低い事業でも、新しい顧客価値や競争優位性を構築できる見込みが高いのであれば、すぐに撤退することが最善とは限らない。
反対に、現在は高い利益を上げていても、競争優位性が失われつつあるのであれば、将来に向けたテーマ再構築が必要になる。
この二つの時間軸を持つことで、ROICを「過去の成績表」だけではなく、「将来への資源配分」を考える材料として使えるようになる。
関連ページ:PPTX p.59〜65、p.92〜97
R&Dの資源配分は固定比率ではなく動的に変える
中長期テーマを増やそうとすると、「短期50%、中長期50%にしよう」といった比率の議論になりやすい。しかし、重要なのは50:50という数字ではない。
R&Dの資源配分は、本来、事業環境や事業ステージに応じて動的に変えられるべきものである。ある事業では短期70%・中長期30%が適切かもしれない。別の事業では60%・40%かもしれない。
既存事業の大きなトラブルに対応する局面であれば、一定期間10:0にする判断もあり得る。反対に、既存事業の延命よりも次の事業創出へ集中すべき局面であれば、0:10に近い資源配分もあり得る。
重要なのは「理想の比率」を決めることではない。経営上の必要性に応じて、7:3にも6:4にも10:0にも0:10にも変えられ、その判断が実際の人員配置、業務時間、テーマ評価、人事評価に反映されることである。
関連ページ:PPTX p.76〜81、p.92、p.97、p.119
事業ステージによって必要な成果とプロセスは異なる
成長初期の事業と成熟事業では、R&Dに求める役割は異なる。
事業開始時には商品化や市場投入が重要になる。成長段階ではシェア拡大や新しい用途探索が重要になる。成熟段階では、既存事業の効率化と同時に、次の成長軸を作る活動が必要になる。
したがって、すべての事業、すべての社員に同じ評価軸と同じ資源配分を適用すること自体が不合理である。事業ステージごとに成果とプロセスを定義し、それに合わせて人と時間の配分を変える必要がある。

資源配分を見直すのであれば、評価見直しが必須。
関連ページ:PPTX p.76〜81
【図挿入:PPTX p.78「対象事業のステージ別の成果とプロセス」】
R&Dテーマを「売れるか・できるか」だけで評価してはいけない
研究開発テーマを評価する際、「売れるか」「できるか」は当然重要である。しかし、この二つだけでテーマを選ぶと、ある問題が起こる。
最も「売れる確実性」が高い案件は、すでに顧客から要望が出ている案件である。そして最も「できる確実性」が高い案件は、自社がすでに持っている技術を少し改良すれば対応できる案件である。
そのため、「売れるか・できるか」を重視すればするほど、顧客要望対応型の改良テーマへ収束しやすい。
ところが、競合企業も同じ顧客から似た要望を受けている可能性がある。各社が同じ評価軸で性能改善を続ければ、最終的には価格競争になりやすい。売上は増えても、高い利益率が維持できないテーマが増える可能性がある。
そこで、テーマ評価にもう一つの問いを加える必要がある。「競争優位性を作れるか」である。
関連ページ:PPTX p.4、p.6〜12、p.100〜107
競争優位性のあるR&Dテーマを作る「F軸」とは何か
競争優位性を考える際、本稿では「F軸」という考え方を用いる。
例えば、市場で性能A、性能B、性能C、性能D、性能Eが主要な競争軸になっているとする。その市場で性能Aを10%改善し、競合が12%改善する。次に自社が15%改善する。このような競争は、既存の同じ軸の上で行われる「同軸競争」である。
F軸とは、既存のA〜E軸とは異なる新しい顧客価値を競争軸として設定する考え方である。差異化を単なる「性能向上」と混同せず、「競合にはない顧客価値を作ること」として明確にするための言葉である。
関連ページ:PPTX p.14〜20
【図挿入:PPTX p.15「F軸、同軸競争禁止」】
F軸は競争優位性そのものではない
競争優位性を得るために、必ずF軸が必要なわけではない。
競争戦略には、差異化だけではなくコストリーダーシップもある。競合と同じ商品を同じ価格で販売しても、自社だけが圧倒的に低いコストで生産できれば、高い収益性を維持できる。
F軸は、差異化戦略を実務で考えやすくするための概念である。したがって、R&Dテーマの競争優位性を評価するときは、「F軸があるか」だけではなく、「競合にない顧客価値を作れるか」または「競合より低いコストで利益を出せる仕組みがあるか」を見る必要がある。
関連ページ:PPTX p.100〜107
潜在ニーズからF軸を発見する
新しいF軸を考えるには、技術スペックだけを見るのではなく、顧客の課題を見る必要がある。特に重要なのが、顧客自身がまだ明確に要求仕様として表現していない「潜在ニーズ」である。
潜在ニーズは、顧客の行動の中に現れる。例えば、より良い方法がないために大量の人手をかけている、複数の設備を組み合わせている、何度も測定している、手作業で調整している、複数企業から別々に製品を購入して統合している、といった行動である。
顧客はその状態を「当たり前」と考えているため、「この問題を解決してください」とは言わないかもしれない。しかし、その不便を別の方法で解決できれば、新しい顧客価値になる。
「ドリルを売るのではなく穴を売る」という考え方と同様に、R&Dテーマ創出でも、自社製品の性能ではなく、顧客が本当に実現したいことを見る必要がある。
関連ページ:PPTX p.16〜22
生成AIで顧客課題調査とR&Dテーマ創出を加速する
従来、潜在ニーズを探索するにはかなりの調査工数が必要であった。顧客企業の商品、研究開発課題、生産工程、評価方法、業界トレンド、競合、外部技術などを調べたうえで、顧客との議論に使う仮説を作る必要がある。
生成AIの登場によって、この事前調査の作業量は大幅に削減できるようになった。
例えば、顧客の研究開発上の課題、生産上の課題、評価上の課題、背景となる技術・社会トレンドについて事前に調査し、「このような課題はありませんか」「このような解決方法が考えられませんか」という仮説を作る。その仮説を顧客との対話によって修正していく。
この方法であれば、「何か困っていることはありませんか」という御用聞き型営業から、顧客がまだ明確に言語化していない課題について議論する営業へ変えることができる。

関連ページ:PPTX p.21〜33
【図挿入:PPTX p.22「3点セットにより、潜在ニーズを発見できる」】
競争優位性は「顧客課題・競合・技術」で評価する
面白いアイデアが出ただけでは、競争優位性があるとは言えない。少なくとも、顧客課題、競合、技術の3つを確認する必要がある。
まず、その顧客課題は本当に存在するのか。次に、競合企業はすでに同じ解決策を提供していないか。さらに、自社の解決方法を競合が容易に模倣できないか。
差異化を評価する場合、顧客課題を特定し、実質的な競合を明らかにしたうえで、競合にはない方法で課題を解決できるかを見る必要がある。また、技術プラットフォームに違いがあるか、ユーザー評価系などに模倣困難性があるかも重要になる。
R&Dテーマの評価では、「新規性がある」「技術的に面白い」という判断だけでなく、顧客価値と競争環境まで含めて見る必要がある。
関連ページ:PPTX p.100〜107
ゾンビテーマを切るのではなく「生まれ変わらせる」
R&Dテーマを見直すとき、競争優位性の弱いテーマをすべて「中止」にすればよいわけではない。
過去には合理的だったテーマが、市場環境や競争環境の変化によって優位性を失っている場合もある。また、技術的には価値が残っており、対象市場や顧客課題を変えれば再構築できる可能性もある。

そのため、テーマ評価では「継続するか、中止するか」の二択にせず、棚入れや生まれ変わりといった出口を設ける方が実務的である。
関連ページ:PPTX p.83〜97
ゾンビテーマとは何か
本稿でいう「ゾンビテーマ」とは、活動そのものは継続しているものの、将来的に十分な競争優位性や収益性を生む可能性が低くなっている研究開発テーマを指す。
ゾンビテーマが生まれる原因は、技術者が怠けているからではない。むしろ、過去には合理的だったテーマが、市場環境や競争環境の変化によって優位性を失っていることも多い。
問題は、そうした変化が起きても、一度始めたテーマをやめにくいことである。長期間取り組んできたテーマには技術蓄積があり、担当者の思いもある。そのため、テーマ評価を「継続か中止か」の二択にすると、評価する側にもされる側にも大きな抵抗が生まれる。
関連ページ:PPTX p.11、p.83〜90
テーマ評価を「継続か中止か」の二択にしない
テーマ評価には、継続と中止以外の出口を用意しておく方が実務的である。一つが「棚入れ」である。
例えば、技術的には当初の目標まで完成した。しかし、市場が想定通り立ち上がらなかった、あるいは競合が追いついて差異化がなくなった。このような場合、テーマを失敗扱いする必要はない。

技術成果を文書として残し、「現時点では事業化しない」と判断したうえで、担当者を次のテーマへ移す。棚入れは、技術成果と担当者の努力を認めながら資源を解放する方法と考えることができる。
もう一つが「生まれ変わり」である。現在のテーマに競争優位性が弱くても、市場、顧客課題、技術構成、外部技術などを見直すことで、新しいテーマとして再構築できる可能性がある。
関連ページ:PPTX p.89〜93
テーマを生まれ変わらせる
生まれ変わりでは、テーマの性能目標を少し変更するだけでは不十分である。
技術の棚卸しを行い、事業環境を調べ、顧客課題を再確認し、競合を分析する。そのうえで新しいF軸を検討し、必要であれば外部技術を取り込み、投資提案まで再構築する。
生成AIを利用すれば、PEST分析、サプライチェーン調査、顧客課題調査、競合調査、外部技術探索などの一次調査をかなり高速化できる。

ここで重要なのは、「競争優位性がないからやめなさい」と経営側が一方的に判断することだけではない。テーマ担当者自身に競争優位性を評価してもらい、「このテーマを生まれ変わらせたい」という意思も判断材料にする。
技術者自身が、まだ可能性があると考えているテーマには、一定期間の猶予を与える。その期間に競争優位性のあるテーマへ再構築できるかを検証するのである。
関連ページ:PPTX p.91〜108
【図挿入:PPTX p.93「生まれ変わりシステム」】
【図挿入:PPTX p.108「生まれ変わりプロジェクトの実施事項」】
人材開発・テーマ評価・人事評価を一体で変える
ここまでの仕組みを作っても、制度だけで組織は変わらない。反対に、人材開発だけでも行動は定着しにくい。
例えば、技術者にF軸の考え方や潜在ニーズ探索を教えたとしても、実際のテーマ評価では従来通り「売れるか・できるか」だけを問われるのであれば、技術者は以前と同じテーマを提案するようになる。
営業に潜在ニーズ探索を教えても、人事評価が売上だけで決まるのであれば、今期の売上につながる活動が優先される。

そこで必要になるのが、人材開発、テーマ評価制度、人事評価制度の連動である。
関連ページ:PPTX p.112〜120
【図挿入:PPTX p.113「基本コンセプト:人材開発と制度改善を並行させる」】
人材開発だけでは行動は変わらない
人材開発によって新しい方法を学んでも、その方法を実務で使う時間が与えられず、評価もされなければ、行動は定着しない。
逆に、制度だけを変更しても、現場が「何をすれば評価されるのか」を理解していなければ、形式的なチェック項目が増えるだけになる可能性がある。
そのため、人材開発と制度改善は並行して進める必要がある。新しい行動を教え、その行動を実務で試し、その結果をテーマ評価や人事評価へ反映するという流れを作ることが重要である。
関連ページ:PPTX p.112〜113
テーマ評価基準に競争優位性を正式に入れる
まず、テーマ評価の中に競争優位性を正式な評価項目として入れる。
研修では競争優位性を重視しているのに、正式なテーマ評価シートにはその項目がない、という状態を避ける必要がある。

また、結果だけではなく調査プロセスも評価する。顧客課題を調査したか、競合を調べたか、F軸を検討したか、ユーザー評価系を確認したか、といったプロセスである。
競争優位性の評価と、そのために必要な調査プロセスを正式なテーマ評価に組み込むことで、テーマ企画段階から現場の行動を変えることができる。
関連ページ:PPTX p.98〜107、p.118
R&Dの人事評価では中長期の「プロセス」を評価する
中長期テーマは、今期中に売上や利益として成果が現れないことが多い。そのため、売上、開発納期、テーマ進捗率、特許件数など、測定しやすい短期成果だけで人事評価を行うと、中長期活動は不利になる。
一方で、「中長期を頑張ったか」という曖昧な評価にしてしまうと、今度は公平性が低くなる。

そこで、中長期成果につながる活動をプロセスとして定義する。例えば、潜在ニーズ仮説を何件作ったか、新規用途候補をどこまで調査したか、顧客課題をどの程度検証したか、競合との差異化仮説を作ったか、といった活動である。

測定できるものだけを評価するのではなく、「将来成果につながる仕事を測定可能な業務として定義する」という発想が重要である。
関連ページ:PPTX p.66〜75、p.79〜80、p.119
人事評価の短期・中長期比率も動的に変える
人事評価についても、短期50%・中長期50%を標準値として固定することが目的ではない。
事業ステージ、職種、役職、現在置かれている状況によって、短期と中長期の比率は変わる。営業とR&D、あるいは役職によっても評価の設計は異なる。
重要なのは、経営が「中長期に40%の資源を配分したい」と考えているにもかかわらず、人事評価では短期成果だけが評価される、といった矛盾をなくすことである。
経営上の資源配分、人員配置、業務時間、テーマ評価、人事評価が同じ方向を向いて初めて、現場の行動が変わる。
関連ページ:PPTX p.48〜49、p.78〜81、p.92、p.97、p.119
R&D変革を現実的に進める方法
理論的には、人事制度まで一度に変更できれば早い。しかし、大企業で最初から全社の評価制度を変更することは現実的ではない場合も多い。
そのため、実務では小さく始め、実際のテーマを使いながら制度へ広げていく方法が考えられる。
関連ページ:PPTX p.112〜123、p.129
人材開発→実践→制度化の順で進める
まず、社内セミナーなどを通じて「なぜ競争優位性を評価する必要があるのか」という共通認識を作る。次に、実際のテーマについて競争優位性を評価してみる。
その中で優位性が弱いテーマについて、生まれ変わりプロジェクトを実施する。この実践によって、「どのような活動をすれば競争優位性のあるテーマにできるか」というノウハウが社内に蓄積される。
その後、テーマ評価基準へ競争優位性を正式に組み込み、さらに必要であれば営業・技術の人事評価制度へ反映する。
実務を先に行い、その結果を制度化することで、形だけの制度変更になることを避けやすい。
関連ページ:PPTX p.115〜120、p.129
営業・R&D・知財・人事・経営を横断する
R&Dの資源配分を変えるには、研究開発部門だけで完結させることは難しい。
営業評価が短期化の原因になっているのであれば営業部門が必要である。人事評価を変えるのであれば人事部門が必要である。競争優位性や技術情報を評価するのであれば知財部門も必要になる。
部門長同士の調整だけでは限界がある場合も多い。そのため、ROIC経営という旗印のもと、CEO、事業部長、CTO、人事部長など、部門横断で意思決定できる経営層を関与させることが望ましい。
関連ページ:PPTX p.114
知財部門を「インテリジェンス部門」に変える
競争優位性を考えるためには、競合技術、特許、代替技術、技術プラットフォームなどの情報が必要になる。そこで重要になるのが知財部門である。
従来の知財部門は、出願、期限管理、中間処理など「守りの知財業務」に多くの時間を使ってきた。
今後は、事業戦略立案支援、技術戦略立案支援、競合調査、技術調査など、競争優位性を作るための「攻めの知財業務」を強化する余地がある。
知財部門を、単に特許を管理する部門から、R&Dや事業部の意思決定に必要なインテリジェンスを提供する部門へ進化させる考え方である。

営業、R&D、知財が別々に活動するのではなく、顧客課題、競争環境、技術を横断してテーマを考えることが重要になる。
関連ページ:PPTX p.122〜123
R&Dを「テーマの集合」ではなくパイプラインとして経営する
最終的に目指したいのは、個々のテーマを一件ずつ管理する状態から、R&D全体をパイプラインとして経営する状態への移行である。
出発点は、現在の利益と将来の目標利益との差である。例えば、数年後の目標利益を達成するために、新商品・新事業からどの程度の利益を生み出す必要があるのかを考える。
そこから必要な商品数を逆算する。さらに、研究テーマから商品化までの移行確率を使えば、その商品数を実現するために何件の研究テーマが必要かを考えられる。
その前段階として、テーマ候補を何件作る必要があるか、新規用途探索や潜在課題探索をどの程度行う必要があるかまで逆算していく。
関連ページ:PPTX p.10、p.124
【図挿入:PPTX p.124「ROIC経営におけるR&Dテーマのパイプライン・マネジメント」】
将来の利益目標から必要なテーマ数を逆算する
R&Dパイプラインでは、「研究者一人あたり何件テーマを出すか」を先に決めるのではない。
まず、将来の利益目標と現在の利益との差を確認し、その差を埋めるために必要な新商品・新事業の規模を考える。そこから、必要な商品化件数、必要なテーマ数、必要なテーマ候補数を逆算する。
この考え方によって、R&D活動を経営目標から切り離された独立活動ではなく、将来利益を作るための一連のプロセスとして捉えられるようになる。
関連ページ:PPTX p.10、p.124
R&Dテーマ創出を確率で管理する
もちろん、研究開発は不確実であり、商品化確率を精密に予測できるわけではない。
それでも、「テーマ候補を何件出すと正式テーマになるのか」「正式テーマのうち何件が商品化されるのか」といった実績を継続的に蓄積すれば、自社なりの傾向は把握できる。
現在の利益と目標利益との差、それを埋めるために必要な新商品数、必要テーマ数、必要テーマ候補数、必要な探索活動量を一つのパイプラインとしてつなげる。
これによってR&Dマネージャーは、「今年テーマを10件作りました」という説明から、「将来の利益目標を実現するために、この段階にこれだけのテーマが必要である」という説明へ変えることができる。
関連ページ:PPTX p.10、p.124
R&DのKPIはテーマ件数だけでは足りない
パイプラインでR&Dを見ると、KPIの考え方も変わる。
テーマ件数だけを増やしても、そのテーマの競争優位性が弱ければ意味がない。また、テーマ数が少ない理由も一つとは限らない。
潜在課題の探索量が不足しているのか、新規用途候補が少ないのか、候補は多いが競争優位性評価で落ちているのか、正式テーマから商品化への移行率が低いのか。
パイプラインとして見ることで、どこがボトルネックなのかを特定できるようになる。その結果、「とにかくアイデアをもっと出せ」という一律の施策ではなく、問題のある工程に資源を投入できる。
関連ページ:PPTX p.10、p.124
ROIC時代のR&Dマネジメントの本質は「動的な資源配分」である
ここまで見てくると、ROIC経営とR&Dマネジメントをつなぐ中心概念が見えてくる。それは、資源配分である。
ROIC経営をR&Dに導入する目的は、研究開発費を一律に削減することではない。また、中長期テーマを無条件に増やすことでもない。
事業の競争優位性と将来性を見ながら、「今、どこへ人と時間を配分するべきか」を経営として判断し、その配分を実際に変更できる状態を作ることである。
ある時点では7:3でよい。それが翌年には6:4になるかもしれない。危機対応で10:0になる場合もあれば、次の成長事業へ大きく舵を切るため0:10にする場合もある。
資源配分は固定された制度ではなく、経営の意思を反映して動くものである。
日本企業の場合、メンバーシップ雇用を前提とするからこそ、「今いる社員の行動をどう変えるか」がROIC経営の成否を左右する。その意味では、人事評価は単なる給与決定制度ではなく、R&Dにおいて経営が望む方向へ人と時間を移すための資源配分の装置である。
そして、人材開発、テーマ評価、人事評価を連動させ、その結果をR&Dパイプラインとして経営と接続する。この状態まで作って初めて、ROIC経営を短期コスト削減ではなく、中長期の企業価値向上に使えるようになる。
関連ページ:PPTX p.38〜51、p.78〜81、p.113〜124、p.127〜129
R&DマネジメントとROIC経営に関するよくある質問
R&DにROICをそのままKPIとして設定すればよいのでしょうか
必ずしもそうではない。ROICは事業や資本効率を見る経営指標であり、研究者の日々の活動へそのまま落とすと、R&D費削減など短期的な行動へ偏る可能性がある。
R&Dでは、ROIC向上を「将来の競争優位性向上」と読み替え、潜在ニーズ探索、競合調査、新規用途探索、テーマ再構築など、競争優位性につながるプロセスへ展開する方が実務的である。
関連ページ:PPTX p.52〜62
中長期テーマへの資源配分は何%が適切ですか
固定的な正解はない。50:50、70:30、60:40はすべて一例である。
事業ステージ、競争環境、既存事業の緊急度、将来の競争優位性見込みによって、10:0や0:10を含めて動的に変えることが重要である。
関連ページ:PPTX p.76〜81、p.92、p.97、p.119
R&Dテーマはどのような基準で評価すべきですか
「売れるか」「できるか」に加えて、「競争優位性を作れるか」を評価する必要がある。
競争優位性は、顧客課題、競合、技術の3つを確認し、競合にない顧客価値を作れるか、またはコスト優位を作れるかという観点から見る。
関連ページ:PPTX p.100〜107
ゾンビテーマはすぐに中止すべきですか
一律に中止する必要はない。
継続、棚入れ、生まれ変わりという複数の出口を設け、技術資産や担当者の意思、将来の競争優位性見込みを踏まえて判断する方が実務的である。
関連ページ:PPTX p.89〜108
まとめ:中長期テーマ不足を「アイデア不足」の問題にしない
中長期・成長テーマが不足すると、「もっと良いアイデアを出そう」「技術者のマーケティング力を高めよう」という議論になりやすい。もちろん、それらも重要である。
しかし、中長期テーマが生まれない原因は、技術者の発想力だけにあるとは限らない。短期テーマに人と時間が流れる予算・評価・人事の仕組みが存在すれば、どれだけテーマ創出研修を行っても、中長期テーマへ十分な資源は配分されない。
ROICを「短期利益を上げるための指標」だけではなく、「将来の競争優位性へ資源を配分するための論理」として活用する。競争優位性をテーマ評価へ組み込み、優位性の弱いテーマには生まれ変わる機会を与える。人材開発によって必要な行動を学び、その行動をテーマ評価、人事評価でも評価する。
さらに、日本企業ではメンバーシップ雇用を前提として、今いる社員が中長期の競争優位性につながる仕事へ動ける仕組みを設計する必要がある。その意味で、人事評価はROIC経営とR&Dをつなぐ重要な仕組みとなる。
そして最終的には、研究開発を個別テーマの集合ではなく、将来利益につながるR&Dパイプラインとして経営する。
こうした仕組みを作ることが、短期・小粒テーマから脱却し、中長期的な成長テーマへ継続的に資源を移していく一つの方法である。
本稿の考え方が、自社のR&Dマネジメント、テーマ評価、資源配分を見直す際の一つの材料となれば幸いである。
関連ページ:PPTX p.124〜129



