実践的な技術戦略の立て方その⑮ 両利きの経営に成功する最初で最後の一手とは?

「最後の手段は人の入れ替えですね」と冷静にかみしめるような表情でつぶやいたのはA社長でした。変わらない経営幹部たちにフラストレーションを感じているという趣旨のことを話された上で、「やはり最後はそこか」という覚悟を持たれているようでした。

この会議が行われたのは数年前の秋でした。ちょうど来期予算を考える頃でした。来期予算といえば、来期の会社の業務を決めて予算を割り振ることです。翌年の会社業務の大枠が決まります。

A社のコンサルタントである私は、この半年以上前からA社長がこの意思決定ができるような準備をしていたのです。どういうことかと言えば、A社では、既存業務の利益率の低さから事業の大規模な見直しが必要でした。

しかし、従来型の「積み上げ型」の予算策定プロセスにおいては見直しが出来なかったのです。積み上げ型とは、部門から来年度計画を出させ、出させた計画を積み上げて経営が調整・承認するものです。

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それもそのはず、事業部門はお客様からの要望を受けて商品を開発すれば売上が上がるという論理で動いており、来年度もお客様要望を受けて商品開発をしようという計画を立てていました。

一般的に、お客様要望に過度に追従した商品開発はデメリットが多いです。例えば、商品ラインナップの広がり、在庫の増加、管理の不行き届き、品質問題です。A社も例外ではありませんでした。

「きちんと研究開発できる会社になりたい」というA社長の願いから、私が着手したのはテーマの棚卸しでした。各部門の提案するテーマを可視化することで、「これをやることで儲かるのか?」を明確にしました。

思わず蓋をしたくなるデータを前に、社長は

テーマの可視化をした結果出てきたのは、A社長にとってあまり見たくない内容だったに違いありません。

というのも、A社の来年度予算の実に9割が、成長もしない、利益率も低いと確定しているテーマだったのです。なぜ成長しない、利益率も低いと分かるかと言えば、成熟した業種(事業)において競合もやっている商品のため、売価も原価もやる前から分かっているからでした。

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「臭いものには蓋をしろ」を言いますが、まさにそれ。ごくわずかではありますがA社は利益を出していましたので、A社長が自分の任期だけを気にするのであれば先送りしようと思えば出来たはずです。しかし、A社長はあえてその蓋を開けました。

データをまとめたのはA社の社員の方々。社員の方々はデータを見ながら、「これをどのように使うのか」と恐恐(こわごわ)と会議に参加されていました。

というのも、そのデータを表に出せば、事業部を敵に回してしまう可能性もあるからです。誰だって「あなたの仕事は儲かりませんよ」と言われれば愉快ではありませんからね。

会議でデータを眺めながら私は言いました。「どの辺りで手を打ちましょうか?」と。「どの辺り」というのは、何割の業務をやめさせて、新規テーマの創出にかけてもらうかのお話です。

「中村さんは何割くらいがいいと思いますか?」とA社長は聞かれましたので、「売上や利益が下がらないギリギリまで削るのが良いと思いますよ」とお答えしました。

何割かをお答えすることは私には出来ませんでした。というのも、私がA社の事業を知っているわけではないからです。A社内部でもこのような判断基準などあるはずがなく、かといって緻密なシミュレーションなどできるはずもありません。最後は社長の胆力で決めるしかないのです。

改革をやりきる秘訣とは

その後、何割にするかの話をした後に、分析したデータをどのように開示するかの話をしました。「データはできる限り開示して、オープンにしてください」と私は提案しました。

なぜオープンにするかと言えば、若手社員に経営層が変革していることを知ってもらうためです。往々にして、若手社員は経営幹部(中間管理職)の先送り主義に辟易(へきえき)しています。しかし、改革期待を持ちながらも上下関係から直属上司を批判出来ないのです。

改革したいのは経営層と若手社員。一方、中間層の経営幹部は先送り主義。このようなサンドイッチ構造になっている点でA社は一般の会社と同じでした。

オープンにすれば、若手にも経営数字が見えるようになります。自分の仕事が利益になるのかを若手が知ることができれば、利益にならないことを放置するのは上司だということが白日の下に晒されるわけです。

中間の経営幹部としては変わることを上からも下からも迫られるというわけで、データをオープンにすることで経営幹部が改革から逃げられない状況を作ることが出来ます。

余談ですが、この方法について、先送り主義の経営幹部から見れば嫌だと思われるかも知れませんが、私はこの方法はとてもマイルドだと思っています。というのも外資系企業では、会社に行ったら自分の椅子なくなったなんてことはザラにあるからです。

外資系との比較で見れば、A社でテーマごとの利益や成長を開示して変革を促すのは、「変わってください、変わったら雇い続けてあげますよ」というメッセージであり、非常に優しいものだな、と思っています。

A社での会議に話を戻しますと、上記のようにデータの開示の方針とその理由までお話をした後、私は「ここまでやれば経営としては責任を果たしたことになります」とお伝えしました。それは、経営幹部への説明責任を果たせるという意味でした。

これを受けてA社長が察したように冒頭の言葉を言われました。「(それでもだめなら)最後の手段は人の入れ替えですね」と。私は「はい、その通りです」と言い、A社長と目を合わせました。

A社長はうろたえることはなく、しっかりと前を見据えた、冷静な表情だったのを記憶しています。

その後のことですが、A社長は予定通りデータを会社内で開示されました。もちろん、社内の経営幹部が変わることを期待しての話ですが、ことはそう簡単ではありませんでした。

A社長の覚悟とは

A社では「どうせうちの会社は変われっこない」という雰囲気が予想以上に蔓延していたようです。というのも、開示されたデータを経営幹部はスルーし、例年通りの予算を要求してきたからです。

例年通りの要求に、A社長や私を含めた改革のメンバーは、多少困惑しました。「やっぱりな」という感想もあれば、「これでも変わらないのか」という嘆息も聞こえました。

その事実を受け止めて、A社長は予定通りやるべきことをやることにしました。なにかといえば、「人の入れ替え」です。変わらない経営幹部には退任していただき、新しい人を据えるという異動です。

私はかねてから「組織変革を成し遂げる要は人の異動です」と進言していましたし、従来からの方針変更はありません。改革のメンバーはそれを粛々と実行に移すのみでした。

しかし、それを最終的に決めたのはA社長です。社長の中には迷いやしがらみがあっただろうと想像します。というのも、利益が出ていないとは言え、A社長は生え抜き。利益が出ていないことの責任がないとは言えません。また、異動させる対象となるのに先輩・同期・後輩も含まれていたでしょう。

先送りという判断も出来たでしょう。しかし、利益が出ていたその時、あえて決断をした訳です。「清濁併せ呑む」とはまさにこのことだと思いました。

さて、読者の皆さん。A社長が先送りせずに意思決定をされたように、皆さんも適切なタイミングで意思決定をなさっているでしょうか?人間関係やしがらみにとらわれて決断出来ないでいませんか?

先送り主義の決断不足が蔓延した今の日本。進化する世界の後塵を拝する様になったのを実感ようになってきました。私達にできるのは小さな決断かも知れませんが、少しずつでも前向きな意思決定をしていきましょう。

A社がその後そうだったように、きっと会社をいい方向に変えられると思いますよ。

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。

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