知財が強くてもダメなものはダメ

本連載の第1回にも書きましたが、このコラムのタイトルは、大河ドラマ「真田丸」から取りました。もともと私は大河ドラマを含む歴史ドラマ好きで、たくさんの番組を見てきましたが、その中でも真田丸はとりわけ面白いと思います。

そこで、真田丸の評判が気になってネット検索をしてみました。すると、評価が賛否両論いろいろある中で、視聴率は概して悪くないようです。私は、ドラマの分析や批評はできませんが、放送時間中は目を離せません。それは、登場人物の感情の浮き沈みを細かく表現していたり、物事をハッキリ描かずに視聴者に解釈の余地を残していたりするなど、じっと見ていたくなる工夫が随所にちりばめられ、私のような素人は大変面白く感じています。

例えば、徳川家康の描き方。家康が落ち着かない様子で自分の爪を噛んだり、その行為がたしなめられたりするシーンがありましたが、これは、多くの方が持つ、いわゆる家康のイメージとは違うものだと思います。実際、視聴者からは「家康はああいうキャラクターではない」という批判もあるそうですが、このドラマでは、主役だけではなく、家康をはじめとする多くの脇役たちにもちゃんと個性を持たせることで視聴者の記憶に残る仕掛けがなされているように思います。

大河ドラマに限らず、ドラマや映画では脚本がその出来不出来に大きな影響を与えるのは周知の事実です。脚本が面白くなければ、原作や俳優がどんなに素敵でも映像作品としては魅力あるものになりません。実は、このような関係が、知財と研究開発テーマの関係によく似ているのです。

名優がいても、脚本が悪ければつまらない

私は仕事柄、研究開発部門の方々を対象に、知財戦略の立て方など知財関連の教育をよくさせていただきます。手前味噌で恐縮ですが、研修の評判は上々で、多くの受講生の方から「役に立った」というお褒めの言葉をいただきます。しかしその一方で、私の研修が受講生の会社の成果に何かつながっただろうかと自問すると、甚だ自信がありません。

「研修屋」としては、高い評価をいただけただけでも十分かもしれません。しかし、受験指導をする予備校が「合格」という結果までコミットするのに対して、企業研修においては結果がハッキリしません。満足度などを見ても、受講効果に関してはあいまいになりがち。講師としては、高い評価をいただいてもイマイチ腑に落ちず、「結果につながっているのか」と心配になってしまいます。

だって、結果につながってナンボでしょ?

ほとんどの場合、知財は技術やビジネスに先立つものではありません。技術やビジネスのネタ(研究開発テーマ)があって、初めて知財の知識が生きてきます。良さそうな研究開発テーマがあれば、それを研究しつつ知財を取得することによって、その知財は、ビジネスになった際に強力な参入障壁として機能するのです。

知財研修をしている講師の私がこう言うのもなんですが、私の経験を踏まえれば、知財だけを教育しても無駄です。もちろん知財は重要ですが、それだけでは足りません。冒頭の例に戻れば、どんなに名優を配しても悪い脚本だったら良いドラマにはなりません。逆に、優れた脚本であれば、俳優陣が生きてきて良いドラマに仕上がります。

これと同じで、ビジネスにおいては知財は手駒の一つに過ぎないのです。

「コア技術の融合」は絵に描いた餅

別の経験を紹介しましょう。それは、知財に非常に強い、ある中堅メーカーでのこと。「研究開発アイデアの出し方やテーマ創出に関して話をしてほしい」との依頼を受け、少しお話をさせていただきました。

その会社では、知財部の教育が非常に行き届き、研究者個々人の知財能力が高いと聞いていました。確かに、研究者が自ら特許出願書類(明細書)を書き、代理人である弁理士には全く頼らない。特許庁との意見交換(中間処理)も、研究者自身が行っていました。加えて、その会社の審査請求率や登録率も同業他社と比較して非常に高いなど、知財力の高さは折り紙付きでした。

このように知財が強いのであれば、その他の部分もさぞかし立派に違いない、と思うのが世の常。そこで私は、訪問前の下調べでその会社のホームページを拝見し、研究開発の理念に「コア技術の融合による新しいテーマを創出する」と書かれているのを発見しました。

そしてセミナー当日、私はあえて聞いてみました。「コア技術の融合はどのようにして行うのですか?」と。しかし、若き受講生からは答えが出てきません。若いから無理もないかと思いつつ、今度は、昼食をご一緒している時に幹部の方々にも同じことを聞いてみました。すると、「融合が起こらない」「(そのための)テーマの創出ができない」とこぼされたのです。

繰り返しになりますが、その会社の知財力は非常に強い。おそらくいいテーマが出れば、高い確率でモノにすることでしょう。しかし、肝心要のテーマが出ないのです。実は、「コア技術の融合」というくだりを用いる会社は数多くありますが、ほとんどは絵に描いた餅に終わっています。私が講師を勤めた上述の会社も、例外ではありませんでした。

知財教育の前にすべきことがある

つまり、知財能力を高めてもダメなものはダメなのです。

こう書くと、知財を否定しているように思われるかもしれませんが、そうではありません。知財教育に力を入れたり、研究者に特許出願書類を書かせたりすること自体は決して悪くありません。

知財は法律や基準が明確で教育も定型化しやすいために、前述の会社のように、守るべき技術や事業の創出よりも先に取り組みが進んでいる会社が多々あります。結果、知財が強い会社でも、研究開発テーマの創出には疎いという事態に陥ってしまうのです。

研究開発テーマという言葉の意味はあいまいです。テーマの創出は定型化しにくいため、伝承も難しい。しかし知財が強い会社であればなおさら、テーマの創出に取り組まなければ意味がないのです。

前回の第2回は、知財が弱い会社のことを取り上げましたが、今回は知財が強い会社の皆さんに向けて提案します。

テーマ創出に取り組んでください――。

良い脚本に良い俳優が加わればドラマが面白くなるように、良いテーマに強い知財が組み合わせればそのビジネスはとても強固なものになるはずです。

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。