「優位性のない技術に基づいて新規テーマを提案しても、ゾンビになるだけじゃないですかね?」私がこう言うと、会議室は静まり返りました。
その静まりぶりに「タブーを言ってしまった」と感じたものの、私はコンサルタント。嫌われても本当のことを言うのが仕事ですので、いつも言い方には気をつけていますがその時もハッキリとお伝えしました。
というのも、「技術に優位性がない」というのは、社内では言いたくても言えないことが多いからです。メーカーである以上、何らかの技術がウリであることがほとんどです。しかし、競合も似たようなことができる以上はその技術に優位性がないことは明らかです。明白なのに社内では何故か言えないタブーになってしまうのは、巷間(こうかん)で言われるJTC(Japanese Traditional Company)の特徴でしょうか。
その会議室には私と、A社の技術者が4人おられました。4人には、ある主要事業に関して新規テーマを提案するミッションがあるということでした。新規テーマの提案をする時に、どのように進めればよいのか迷っていて、相談することになったのです。
A社技術者の説明を一通りお聞きすると、「その既存事業には競合が多数いて、多くの競合で市場を奪い合っている」、「市場成長も止まり今後縮小が予想され、利益率は低落傾向である」「そうした事業背景の中で新規テーマを提案することとなり、自分たちで実施してみたが、うまくいく気がしなかった」ということでコンサルタントの私に相談をされたということでした。
「競合とは同じ商品を扱っているのですか?」と私が聞くと、「厳密に言えば異なる商品ではあるが、顧客から見れば似たようなものである」という答えが帰ってきました。この答えには安心しました。
技術に優位性がない時、どうするか?
なぜ私が安心したかと言えば、「顧客から見れば似たようなものである」という回答が即座に得られたからでした。的確な回答に物わかりの良さを感じた私は、「そうすると、技術的な優位性もないと考えて良いですか?」と率直にお尋ねしました。一瞬の沈黙の後「はい、そう考えていただいて結構です」という答えが帰ってきました。
一般的に、顧客から見てほとんど差がない場合ほど(優位性がないほど)、技術者は「優位性がある」と主張したくなりますし、説明が言い訳がましく、かつ長くなるものです。A社技術者の皆さんは、それに反して優位性がないことを率直に認めていました。
「優位性がない」という認めづらい事実にも取り繕わずに本音で話し合うことができて、本質に迫った議論ができていると参加者が皆感じていたのだろうと思います。会議室の雰囲気は真剣そのものでした。
そこで、冒頭のように「優位性のない技術に基づいて新規テーマを提案しても、新しいゾンビを生み出すだけじゃないですかね?」と私が言うと、会議室はさらに静まり返ったのです。重要なことなので理解しようとみんな一生懸命聞いてくれているのを感じました。
「儲からない事業をゾンビ事業と言いましょう。皆さんの足元には、すでにゾンビが一匹いるのですよね?」私がこう続けると皆さん頷いて聞いていました。「ゾンビがいるのならばその退治の方が重要だと思いませんか?優位性のない技術に基づいて新規テーマを提案するのは、今いるゾンビを放置して新しいゾンビを一匹増やすことになりますよ。」
ゾンビを増やすのか、減らすのか
ここまで言うと、皆さんの頭の中には下のような構図が浮かんだと思います。既存事業が弱い中で①新規テーマの検討をするとゾンビが増える結果になります。既存事業というゾンビが退治できないことに加えて、新規テーマというゾンビが加わるからです。一方、②既存事業のリニューアルをするとゾンビが減る結果が見込めます。既存事業というゾンビが退治できるからです。
皆さんの表情が徐々に明るくなってきました。自分たちがしようとしていた新テーマ提案が「新しいゾンビ」になることに気づいたようです。私は更に続けました。「我々技術者は新しいテーマに目が行きがちですが、既存事業のリニューアルで儲かる事業にするのもお金を生み出すという意味では同じですよ。むしろ経営者も事業部も喜んでくれるのではないですか?」
ここまで言うと、会議室全体が「今いるゾンビ(既存事業)の退治をしたほうが良いのでは?」という雰囲気になっているのを感じました。念の為、「どう思われますか?」と私はお聞きしました。そうすると「確かに、今の事業もゾンビですもんね。今いるゾンビの退治の方が優先順位高いですよね。」と一人が言われました。
その一言で一気に進むかと思われましたが、そう簡単ではありませんでした。
「ゾンビ事業」という事実を
「問題は事業部にどうネゴするかだな」と管理職の方がポツリと言われました。「今いるゾンビに手を出すというのは、既存事業に手を出すことになるから事業部の承諾がいるだろう」と社内調整のことを口にされたのです。我々は現実に引き戻されました。
たしかに、既存事業のリニューアルというのは事業部の問題です。事業部の承諾もなく進めれば越権行為とされる可能性も否定できません。どんなにいい提案でも、越権行為は煙たがられるもの。クライアントは大きな会社でしたので、こうした社内配慮も重要だと思われました。
流れる沈黙の時間。「事業部の事前承諾を得る」というあまり意味を感じられない社内配慮をしなければならないことに、みんなが躊躇を感じていたように思います。しかし、次の瞬間「小さなことだから、まあ、それ(社内調整)は俺がやるよ、なんとかなるだろう」と同じ管理職の方が言われました。その瞬間、参加者全員で安堵したのを覚えています。
その後、「今いるゾンビ」を退治するための手順について、私は参加者の皆さんに説明しました。一通り説明と質疑応答を終わったあとは、皆さん晴れやかな表情でした。会議室での話なので「エイエイオー」という掛け声はありませんでしたが、既存事業というゾンビを退治するために一致団結できた瞬間でした。
後日談ですが、このチームは、「既存事業がゾンビである」という衝撃の実態を明らかにし、既存事業を再び高収益にするテーマを提案することに成功しました。テーマに予算がついた今はまさに開発の真っ最中。これから市場展開なので成否はまだ分かりませんが、経過は良好とのこと。メンバーは「今いるゾンビの退治」をしている最中です。
さて、今日のコラムでお伝えしたいのは、事業部長でもない一般の技術者が既存事業のゾンビ化に関心を持ち、その退治から逃げずに取り組もうとする姿勢です。多かれ少なかれ既存事業には忖度(そんたく)が働くもの。普通は「既存事業がゾンビだ」などとは言えず、従ってその退治などのテーマに正面から取り組むことはできないのです。
しかし、この会社では担当者のクラスでも既存事業がゾンビという正面から受け止め、退治活動に時間を費やせました。皆さんの会社ではいかがでしょうか?忖度なく、既存事業を「ゾンビ」と言える雰囲気や、ゾンビ退治に正々堂々と立ち向かう社員がおられますか?
企業の新陳代謝が進まない日本社会では、企業の課題は新しいテーマで事業を増やすことも必要ですが、今回のコラムのように、まずは既存事業(ゾンビ)をいかに高収益にするかも重要です。「既存事業がゾンビ」というタブー、あなたの会社では放置していませんか?
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