実践的な技術戦略の立て方その㊽「『あなたのテーマはゾンビです』技術者の反応は?」

「『ゾンビ』と言われて気が楽になりました」と言うのは、技術者のAさんでした。

そこはAさんの会社(A社)の会議室。Aさんと私は会議室で向かい合っていました。「今回の件でAさんが担当されているテーマを評価しました。そうしたところ、残念ながら『ゾンビ』とせざるを得ませんでした。理由は◯◯(本コラムでは省略)です。どのようにお感じですか?」と私が話すと、Aさんは上記のように答えたのです。

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コトの経緯を説明しましょう。A社では長年の収益低迷が続いていました。売上は微増傾向なものの利益は微減傾向。最近ついに売上も低下傾向が明らかになり、営業赤字がでるような体質になってしまっていたのです。

大きな会社なので原因は一つではありませんが、主要原因としてはR&Dから新しい商品が出されていないことがありました。もちろんR&Dが全く何もしていなかった訳ではありません。小改善・改良の新しい商品は出されていました。しかし、画期的な(売上や利益が共に上がるような)商品は出されていなかったのです。

その原因は何かと言えば、このコラムの読者にはおなじみの「顧客要望対応」にありました。顧客要望対応とは、顧客が「こうしてほしい」と要望することに対応することです。要望だけに売上も上がることが確実、こちらができることしか要望されないため技術的にも難易度は低めです。こうした顧客要望対応を続ければどうなるのか?

そう。減益を招きます。従来から、このコラムで「顧客要望対応は減益を招く」と主張している通りです。A社でも同様の経路をたどっていました。

このように、A社の症状はよくある典型的パターンなのですが、その病巣の背景にもはやり典型的なものがありました。何かと言えば、「貧乏暇なし」症候群とでも言いましょうか、要するに「現業が忙しいので新規テーマに手が回らない」というものだったのです。

ゾンビテーマを可視化する

現業をやっても儲からないのに、現業が忙しいから新規テーマに手が回らないのです。客観的に見ると極めておかしなことなのですが、会社では分業体制が取られ、営業が依頼したものを開発が実施するという役割分担が正当化されています。そのため、「現業が忙しいから新規テーマはできない」は中の人にとっては正しいのです。

こうしたことを防ぐために、私は儲からないテーマを「ゾンビテーマ」と名付け、その可視化を提案しています。ゾンビテーマを見えるようにすれば、ゾンビはいなくなるという考え方に基づくものです。

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ゾンビテーマを可視化するためのテーマ評価システムは上のようになります。左にテーマが不規則に並んでいますが、評価する前はテーマの良し悪しは明らかではありません。

そこで真ん中にある評価シートを用いて評価し、右にあるように「そのまま進行テーマ」と「ゾンビテーマ」に区分けします。このシステムを用いると、会社にもよりますが、多くの会社で8〜9割のテーマが「ゾンビ」とされます(※)。

※このテーマ評価システムは一例です。読者の中には、この図の評価軸で社内テーマを評価して結果を技術者に提示することをお考えの方もいらっしゃるかも知れませんが、評価結果を突きつけてゾンビと評価すると不和を招きかねませんので、ご利用には十分ご注意ください。なお、評価方法についてはこのコラムでは詳述しません。

上記のような背景から、A社でもゾンビテーマの可視化に取り組んでいました。対象とするテーマは数十。評価者はコンサルタントの私です。私はAさんを含め担当の技術者にテーマの内容について聴取していました。それで、Aさんとの会話になった訳です。

Aさんは40代の技術者でマネージャー(管理職)でした。「このテーマはAさんの発案ですか?」とお尋ねすると、「いいえ、前任者から引き継いで1年経過します」との答えが柔らかい口調で帰ってきました。

ゾンビテーマの評価、インタビューの雰囲気は?

「このテーマの難易度はどのくらいを見積もっていますか?」と私が尋ねると、「顧客がいるのでスケジュール通り実施するのは大変だとは思いますが、技術的にはまあできるだろうと思っています」とのことでした。Aさんの口調や表情が柔らかかったことから、意外感を感じていました。

というのも、ゾンビ評価のためのインタビューなので、インタビューされる側は緊張していることが多いと思っていたのです。就職活動の面接のように採用不採用が決まる時は緊張します。ゾンビと評価される可能性があると誰しも気分はよくないものではないか、と私はその時まで思っていました。

私のそうした思い込みの一方、Aさんが緊張せずにありのままを話してくださる調子だったので、私はインタビューがしやすく感じました。その調子でテーマの概要を聞いた後、本題の競争優位性の話題に移ります。

聴取する内容は、そのテーマの解決する顧客課題が顕在的か潜在的か、競合企業に同種の提案をする技術力等があるか、結果、競争優位になるのかならないのか、などの話題についてです。結局、Aさんとの会話は1時間ほどになりましたが、対象テーマの競争優位性というのは判断できました。

残念ながら、Aさんのテーマは競争優位性がないように思われました。ただ、たった1時間ほどの聴取なので私の判断に確信が持てた訳ではありません。なにか別の情報があるかも知れない。一方で与えられた時間が多い訳でもありませんでした。

Aさんの表情や口調からあまり警戒感を感じなかった私は、率直に自分の意見を伝えてAさんの反応を待ちたいな、と思うようになりました。「ここまでで大体お聞きできました。私の意見をお伝えしますのでAさんのご意見をうかがいたいのですが、よろしいですか?」とお尋ねすると「はい、お願いします」とAさんはこれまでよりやや畏まった(かしこまった)感じになりました。

私のテーマのゾンビ評価は?

「顧客課題に潜在性は乏しい印象で、競合も同種の技術を保有していることから差異化が困難で、両者を考えると開発に成功しても競争優位性はないように感じますが、Aさんはどのようにお考えですか?」と率直に私はお伝えしました。

そうするとAさんは興味津々な表情になり、「それは『ゾンビ』ということですか?」と聞き返してきました。私は苦笑いして「『ゾンビ』というのはカジュアルな造語ですけど、まあ、そう言っても良いかも知れませんね」と返事しました。

そうするとAさんは天を仰ぎました。そして私に向き直り「ゾンビと言われて気が楽になりました」と言われたのです。決して不真面目という意味ではなく、私にはAさんが少し笑みを浮かべたような、喜んだような表情に感じられました。

前述の通り私は「『ゾンビ』と評価されるのは誰しも嫌なのでは?」と思っていたものですから、拍子抜けしました。Aさんは真摯に取り組んでいながらゾンビと言われることに違和感を感じていなかったのです。

「違和感はないですか?」と私がお尋ねすると、Aさんは「いいえ、やっぱりな、という感じでした。うすうす感じていたことだったのですが、こういうゾンビ評価の機会があって明確になったことは私だけでなく現場にとっても良かったと思います」と爽やかなコメントをされました。

「そうしたら、見直しするということで報告しますが、良いですか?」と私がお尋ねすると「はい、ぜひお願いします」との返事が帰ってきました。会社への報告についても承諾を得られたのです。

「ゾンビテーマ」という評価を受け入れて

Aさんの爽やかな反応に安堵して私はインタビューを終えました。技術者はゾンビ評価のためのインタビューに警戒感があって、ゾンビと評価されることを嫌がるのでは?という私の先入観はいい意味で打ち砕かれました。Aさんに限って言えば、全くそんなことはなかったのです。

私はその後もインタビューを続け、A社では多数のテーマにゾンビ認定をしました。A社のテーマの約8割がゾンビでした。全員がAさんのように爽やかではなかったものの、「ゾンビ」という言葉のインパクトと裏腹に反発を受けることはほとんどありませんでした。

なぜ反発を受けないのか?については本コラムでは詳述しませんが、ゾンビ認定後の扱いが良いからだと思っています(※)。蛇足ですが、これはA社に限らず他社でも同じような傾向です。

※ステージゲート法では、ゲートで審査に合格した場合は継続し(go)しない場合にはやめさせる(kill)のが一般的です。やめるというのはもったいないことから、ゾンビ評価の後は見直しをさせることにしています。

「割と簡単に認めるものだな」と私は意外感を感じたのですが、読者の皆さんはどのように思われたでしょうか?自分のテーマが「ゾンビ」と判断されれば認められますか?

私はこの経験から、「人は、本当はよい仕事をしたいと思っているものの状況によって我慢しているのだな」と感じるようになりました。Aさんはゾンビであることを積極的に受け入れたように感じ、その後の見直し活動に力を入れている様子を目にすることになったからです。

反対に、ゾンビのまま実行させる要因は組織的要因だと感じました。我々日本人は他人に忖度をしてゾンビであることを言わない性格です。現にAさんも前任者への配慮からゾンビとは言えなかったという趣旨のことを言われていました。

この組織的要因を取り除けば、Aさんのようにゾンビであることを積極的意味合いで受け入れ、見直し活動する人が多いのです。そして見直し活動にこそ力が入り、ゾンビ仕事をしていた時よりもやる気になる人が多いです。

皆さんの会社では組織的要因でやる気のある人にもゾンビテーマを続けさせていませんか?

この記事は日経テクノロジーで連載しているものです。

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