技術の棚卸しとは?効果的やり方、限界・手法の死、実務解説

技術の棚卸し、定義と期待

期待感を起こさせる技術の棚卸し

技術の棚卸しという言葉には、非常に強い期待感が込められていることが多いと思います。技術の棚卸しをすれば、有望なテーマが出るとか、富士フイルムのように本業が衰退する中で、生き残れるような大きな影響を生む事業が生み出せるとかそういう期待感です。

確かに技術の棚卸しという言葉には、富士フイルムの事例がセットのように語られており、生き残りをかけた技術の棚卸しと言う活動を富士フイルムの社内で行うことによって、テーマ王室に成功し、事業、創造、また企業の生き残りにつながったということが事実としてあります。

狭い意味での技術の棚卸し

しかし、技術の棚卸しっていう言葉は狭い味もあります。文字通り棚卸しという言葉の意味は棚から下ろすことによって、存在や数量を確かめて、帳簿に記載すると言う意味です。経理業務で期末資産の棚卸しを経験したことがある方なら、どんな業務なのかがわかるでしょう。技術の棚卸しはどんな技術的な資産があるかを確認し、その技術に名前をつけて記録する、そんな業務です。

前者の期待感を起こさせる棚卸しと狭い意味での棚卸しで意味が大きく違うことがわかると思いますが、この記事を読んでくださっている皆様は、おそらく前者の期待感を起こさせる棚卸しの意味でこの記事をご覧になってくださってるんでしょう。

この記事での「技術の棚卸し」

この記事では、技術の棚卸しという言葉に内在する期待感や、また、狭い身での現実を踏まえて、実務においてどのように取り組むことができるのかを解説します。よく経営者から「技術の棚卸しをするように(」と言う指示を受け取って、実際に取り組まなければならない方が期待感を込めて、指示された内容に対して、現実の棚卸しが期待感に沿うものではないと言うことを味わうと思います。

そのような場合にどのようにジレンマを解消すれば良いのか、期待値のマネジメント、どのように実務に落とすとどのような効果が得られるのかを解説します。

技術の棚卸しの方法論

ここでは、技術の棚卸しの意義や意味、やり方を議論します。

狭い意味での技術の棚卸し、その意義、意味

最初に意識しておきたいのは、狭い意味での技術の棚卸しだけでは、単にスプレッドシートの中に技術を書き込んでいく見すぎず、その書き込んだスプレッドシートに価値はないと言うことです。したがって、棚卸しという言葉を狭い意味だけで捉えて開始して、スプレッドシートの作成に時間をかけてしまうと期待する結果が一切生まれないことになります。ここに時間を割くことには意味がありません。

技術の棚卸しは使えなくなった。本、放論の死を意味する画像。

また、生成AIの登場が技術の棚卸しに必要なスプレッドシートの(人力での)作成を無意味なものにしました。生成AIで技術の棚卸しのアウトプットが簡単に得られるからです。かつては、スプレッドシートの作成に半年や1年などの単位で時間をかけているプロジェクトもありましたが、もはやそうする意味はありません。

「コア技術の棚卸しには意味があるだろう」という反論について

「コア技術を棚卸しすれば、新しい用途が見えるのだ」よって「コア技術の棚卸しには、意味があるだろう」とするご意見を承ることがあります。コア技術とは「製品の差異化要素を発揮する技術」と当社では定義しています。

確かに上記の言説には一理あります。コア技術に将来用途があればその棚卸しに意味があると言うことです。しかし、重大な前提が現代社会では崩壊していることを見過ごせません。すなわち、コア技術というのは過去の話をしています。過去の技術を棚卸ししても、将来の用途に必ずしもつながるものではないと言う事。またそれがコアだと定義できても(現在事業の差異化要素であっても)、将来の授業の差異化要素につながるかどうかはわからないということです。

コア技術を抽出しても、意味があるのは限定的な場合であることを意味する画像

多くの企業が技術で差異化することに苦労しています。ほとんどの産業で技術が成熟化し、競合他者が同じような技術を持っている以上製品で差異化するのは難しいといえます。差異化できていない製品にコア技術はあるのでしょうか?上記定義では、コア技術はありません。

「コア技術を棚卸しして、新しい授業を作れ」などと言う指示をする。上司がいるとすれば、それは非常に曖昧なものであり、眉唾だと思ったほうがいいでしょう。それぞれの言葉の意味や方法論が現実を反映したものでないために言葉はきれいになりますが、実施できないものになります。

狭い意味での「技術棚卸し」の手法

では、狭い意味で技術の棚卸しを実行するにはどうしたら良いでしょうか?いかに示すのは技術の棚卸しのイメージ図です。スピードガンと言う商品を棚卸しした結果を示しています。過去にはいくつもの棚卸し手法をご紹介していたのですが、この記事の執筆時(2026年)において過去に実施してきた棚卸しの手法は不要になったと判断しましたので紹介していません。

技術の棚卸しの一般的なフォーマットと記入例。スピードガンで実施した場合の記入例

紹介しているのは、製品を価値、価値を支える技術、技術の機能といった形で、項目分けして一覧表にしたものです。実際に実行するには、人力作業が必要でしたので、以下のようなブランクのフォーマットを作成して、各部署に配布して記入してもらうなどの実務が生じていました。しかしながら、各部門に配布して記入してもらうなどの作業において、記載粒度(説明の詳しさ)、誰が読むのか?用途は?などの質問が記入者から生じ、その質問に回答すると言う実務が技術の棚卸しで生じていました。そのため、半年とか1年かかっていたのです。

技術の棚卸しを組織的にやるときのイメージ。ブランクフォーマットを作り、配布して記入してもらうイメージ。

しかし、本記事、執筆視点においてこのような行ったり来たりのやりとりをする必要は一切なくなりました。生成AIで技術の棚卸しは実施することができます。以下にプロンプト例を示します。

あなたは美術企画部門の担当者です。自社のスピードガン事業の技術を棚卸しします。スピードガンの研究開発、生産、評価に関する技術に関する情報収集し一覧表にまとめなさい。一覧表は、製品の価値、技術名、技術の機能と言う項目を必ず入れなさい。

狭い意味での「技術棚卸し」では効果は得られない

上記のようなプロンプトを実行しても、スプレッドシートができるだけです。そのため、期待するような成果を得ることはできません。そう、期待するような効果を得るためには狭い意味で技術の棚卸しをするだけでは意味がないのです。このことをよく認識して実務に取り組む必要があります。

特に技術の棚卸しに取り組もうとする人は、スプレッドシートの作成作業が計画の全体像にならないように気をつけてください。以下に示すような作業が全体計画の中に盛り込まれていなければ期待する成果は到底得られないのです。

技術の棚卸をして何ができるのか?

なぜ技術の棚卸が必要か?

従来、「技術の棚卸は非常に面倒ですが、技術の棚卸を行うと多くのメリットがある」と説明してきました。例えば、以下のような効果・目的があると説明してきました。

従来の目的
・自社の技術資産について共通の認識を持つ目的
・足りない技術を明確にする目的
・事業の方向性を踏まえて研究開発の資源配分を検討する目的

しかしながら、経営環境は大きく変わり、R&Dでは従来よりももっと迅速にもっと大きな成果を出す必要に駆られていいます。そのため、技術の棚卸しの目的も、従来からは大きな変更が求められており、より迅速に大きな成果を出すための取り組みの一部として位置づけられるようになったというのが現代的な整理です。

より迅速で大きな成果を出すためには、技術戦略策定やテーマ創出の活動が必要不可欠であり、その最初のステップとして技術棚卸しを位置づけることが可能となります。

現代的目的
・テーマ創出活動の一部として技術の棚卸しを行うこと
・技術戦略策定活動の一部として技術の棚卸しを行うこと
・技術継承の目的で行うこと

繰り返すようですが、技術の棚卸だけをしてもそれだけでは何の成果もありません。また、一人の経営者が全体を見渡せるような中小企業の場合には、棚卸しをしても効果は少ないです。一人で見渡せる範囲であれば、大体暗黙知のままで事足ります。大がかりな技術の棚卸をして意味がある会社は、中堅~大企業です。技術の棚卸をするのは、大人数での情報共有のためでもあります。

効果を得るには、技術の棚卸しはトレンド分析と表裏一体で

技術の棚卸しは将来の製品像を占うトレンド分析と表裏一体です。トレンド分析は、技術トレンド、人口推計等の統計データから将来の社会、くらしを予想し、そこから新しい製品・サービスイメージをつくるというものです。

一方の技術の棚卸しは、どのような技術を保有しているか足元を確認するものです。両者を合わせて見ることで、将来的に不足しそうな資源は何かが予測でき、研究開発のリソース配分が考えられます。

すなわち、自分たちの会社がどのようになっていくか、ビジョンの策定が先です。ビジョンの策定に関しては、マクロトレンドの分析が欠かせません。マクロトレンド分析を行って、ビジョンを策定する。それと並行して技術の棚卸を行って、ビジョンを達成するための自社の現状の技術を把握するのである。現状とビジョンの際を分析し、差異を埋めるように研究開発の方向性を決定する。

技術の棚卸結果をもとにテーマ探索を行わなければ意味がない

技術の棚卸をベースとして、テーマ創出や技術戦略策定ができなければ意味がありません。技術の棚卸の結果、細分化された要素技術が出てきますが、その要素技術に基づいて

。その要素技術が他に展開できないかと探索的に調査する方法である。

私は、この方法を否定するわけではないが、幾つかの意味で難しいのではないかと思う。

技術の棚卸しを誰がやるのか?でやることが変わります

技術の棚卸しは、単に技術を一覧化する作業ではありません。最終的には、そこから新しいアプリケーションや研究開発テーマを見つけることが目的になります。

そのため、「誰が棚卸しを行い、誰がその結果を使ってテーマを考えるのか」によって、進め方はかなり変わります。技術企画部門が全社的な視点で行う場合と、担当研究者自身が行う場合では、持っている情報も、見える範囲も、得意なテーマの見つけ方も異なるからです。

技術企画が技術戦略をする場合(コーポレートでの取り組み)

コーポレートの技術企画部門が技術の棚卸しを行い、その結果から新しいアプリケーションやテーマを探索する場合、最も大きな課題は「技術そのものについては担当研究者ほど詳しくない」という点です。

研究者は、その技術について長年研究し、論文や特許を読み、実験や試作を繰り返しています。どこまで性能を上げられるのか、どこに技術的な限界があるのか、どのような新技術が登場しているのかといった情報量では、当然ながら担当研究者のほうが上です。

そのため、技術企画担当者だけで棚卸し結果を見て、「この技術は次に何に使えるか」と考えても、研究者がすでに知っているアイデアの範囲を超えられないことがあります。

一方で、技術企画部門には研究者にはない強みがあります。それは、一つの技術を特定の製品や事業だけでなく、全社あるいは複数事業にまたがって見ることができる点です。

例えば、ある事業部では特定製品の部品技術としてしか認識されていない技術でも、技術企画部門から見ると、別の事業部や別市場でも利用できる可能性が見えることがあります。

また、技術企画部門は、市場動向、競争環境、事業ポートフォリオ、将来の成長市場などを意識しながら技術を見ることができます。したがって、技術企画部門の役割は、研究者より詳しく技術を理解することではありません。

むしろ、「この技術を別の市場で使えないか」「成長市場で必要になる機能と結びつかないか」「競争優位につながる技術はどれか」「他事業の技術と組み合わせたら新しい価値が生まれないか」といった、横断的・戦略的な問いを投げかけることにあります。

その意味では、コーポレートの技術棚卸しでは、技術そのものを細かく整理するだけでなく、技術と市場、技術と競争戦略、技術と他事業を結びつけることが重要になります。

技術企画部門が単独でテーマを考えるのではなく、研究者が持つ技術知識と、技術企画が持つ市場・競争・全社視点を組み合わせることによって、棚卸しの価値が高まります。

担当研究者がテーマ探索をする場合(研究開発部門での取り組み)

一方、担当研究者自身が技術の棚卸しを行い、そこから新しいテーマを探索する場合、テーマ候補は比較的見つけやすいことがあります。

研究者は日頃から、その分野の論文、学会、特許、競合技術、材料や装置の進化などに触れているからです。
「この性能をさらに上げられないか」
「この材料を変えれば別の用途に使えるのではないか」
「最近発表されたこの技術と組み合わせられないか」
といったアイデアは、日常の研究活動の中で生まれています。

そのため、優秀な研究者に対して単純に「自分の技術を棚卸しして、新しいテーマを考えてください」と依頼しても、すでに本人が考えているテーマが出てくるだけということも少なくありません。ここが、研究者によるテーマ探索の難しいところです。

テーマが十分に出ている研究者に対しては、棚卸しそのものよりも、そのアイデアを顧客価値や市場性の観点から評価するほうが重要です。

逆に、「最近、新しいテーマが出てこない」「既存テーマの延長ばかりになっている」というテーマ枯渇の状態にある場合には、棚卸しだけを行っても状況はあまり変わりません。この場合に必要なのは、新しい情報を研究者に入れることです。

例えば、異分野の論文、スタートアップの動向、大学の研究成果、特許、顧客の使い方、ユーザーの不満、他業界の技術トレンド、規制や社会課題など、普段とは異なる情報に触れさせます。

すると、
「この技術は自分たちの技術と組み合わせられるのではないか」
「この市場では、自分たちが当たり前と思っていた性能が価値になるのではないか」
「別業界では未解決だが、自分たちなら解決できるのではないか」
といった発想が生まれやすくなります。研究者によるテーマ探索では、棚卸しは「自分が何を持っているのか」を整理する作業です。

そこに外部情報をぶつけることで、自社技術 × 新しい情報 × 顧客課題という組み合わせをつくり、新しいテーマを生み出していきます。したがって、担当研究者によるテーマ創出では、「棚卸しを詳しく行うこと」以上に、「どのような情報を与えるか」「どのような問いを投げかけるか」が重要になります。

技術企画と研究者では、役割が違う

技術企画と担当研究者では、テーマ創出における強みが異なります。研究者は技術を深く見ることに強く、技術企画は技術を広く見ることに強いと言えます。

研究者は、「この技術をどこまで進化させられるか」を考えやすい。一方で技術企画は、「この技術をどこで使えるか」「会社としてどの技術に投資すべきか」を考えやすい立場にあります。したがって、技術の棚卸しを有効に活用するためには、どちらか一方に任せるのではなく、役割を分けることが重要です。

研究者が技術の可能性や限界を整理し、技術企画が市場、競争環境、他事業との接点を提示する。そして両者でアプリケーションやテーマを検討する。このような分担にすると、技術の棚卸しが単なる技術一覧の作成で終わらず、研究開発テーマや事業テーマの創出につながりやすくなります。

技術の棚卸しの実務

用途の探索

棚卸した技術に沿って用途の探索を行います。スピードガンの技術を例に取ると以下のようなアプリケーションマップを作ることができるでしょう。 

用途探索のイメージ図。

製品から要素技術へ分解する

用途が特定できれば、次の手順は詳細化です。詳細に顧客課題を理解するには、顧客の商品を理解することが必要です。そのためには、顧客製品を構成する部品や機能に分解し、それぞれに関連する技術を一つずつ洗い出していく方法があります。

例えば、デジタルカメラを考えてみましょう。デジタルカメラは、レンズ、CMOSセンサ、映像処理エンジン、メモリ、インターフェース、ディスプレイ、筐体など、さまざまな要素から構成されています。さらに、それぞれの要素を技術に分解していきます。例えばレンズであれば、光学設計技術、材料技術、金型技術、成形技術、表面処理技術、組立技術、品質管理技術などに分けることができます。

プラスチックレンズを例にすれば、光学性能を実現するためのレンズ設計だけでなく、その形状を正確に転写する金型技術、樹脂の収縮や変形を抑える成形技術、成形後のレンズ性能を測定する評価技術など、多数の技術が関係しています。

さらに光学設計技術そのものも、要求性能の設定、光学シミュレーション、形状設計、公差設計、試作、性能評価といったプロセスに分けることができます。このように分解していけば、技術はいくらでも細かくすることができます。そこで問題になるのが、「どこまで分解するのか」です。

細かく分ければ分けるほど詳細な技術一覧を作ることはできますが、それだけでは単なる技術台帳になってしまいます。技術の棚卸しの目的が新しい研究開発テーマや事業テーマを生み出すことなのであれば、細分化そのものを目的にしてはいけません。重要なのは、その技術が「何を実現できる技術なのか」というところまで整理することです。

周辺のハイテク分野を調査する

技術を棚卸しした後は、その技術が使われそうな周辺のハイテク分野を調査します。ハイテク分野を調査する理由は、新しい市場では従来技術だけでは解決できない技術課題が発生しやすいからです。言い換えれば、新しい技術テーマが生まれやすい場所でもあります。

例えば、自社がレンズ技術に強みを持っているとしましょう。その場合、「カメラ市場」だけを見るのではなく、「今後レンズを必要とする機器は何か」という視点で周辺市場を広げて考えます。

従来は、デジタルカメラやビデオカメラが代表的な用途でした。しかし現在では、スマートフォン、ウェアラブルカメラ、スマートグラス、AR・VR機器、ドローン、ロボット、自動車、監視機器など、カメラや光学部品を搭載する製品は大きく広がっています。

こうした市場を眺めていくと、新しい技術課題が見えてきます。例えば、ウェアラブル機器であれば、装置を軽くするためにレンズの小型化・軽量化が必要になるかもしれません。スマートグラスであれば、薄型化や視野角の拡大、装着者の視線や焦点位置に応じて光学特性を変える仕組みなどが求められる可能性があります。

自動車やロボットであれば、暗所性能、耐熱性、耐振動性、汚れへの強さ、大量生産時の品質安定性などが重要になるでしょう。このように、「自社の技術」から出発して周辺の成長技術やハイテク市場を眺めることで、既存製品だけを見ていたときには見えなかった研究開発テーマが浮かび上がってきます。

ただし、ハイテク市場を眺めるだけでは十分ではありません。そこで次に必要になるのが、顧客課題と顧客価値の分析です。

顧客課題を調査する

新しい技術テーマを考えるときには、「どんな技術が必要になるだろうか」と考えるだけでなく、「その市場の顧客は何に困っているのか」を調べる必要があります。

例えばスマートグラスであれば、単純に高性能なレンズを搭載すればよいわけではありません。装置が重い、長時間装着すると疲れる、画像が見にくい、視野が狭い、消費電力が大きいといった問題が存在するかもしれません。

こうした顧客課題を把握すると、「軽量な光学系」「薄型レンズ」「低消費電力で焦点を変更できる光学機構」といった技術テーマへ具体化しやすくなります。

技術起点だけではなく、顧客課題と往復しながらテーマを考えることが重要です。

顧客の潜在ニーズを特定する

さらに重要なのが、顧客自身が明確に言葉にしていない潜在ニーズです。

顧客に「どのようなレンズが欲しいですか」と尋ねても、「F値をもっと小さくしてほしい」「非球面精度を上げてほしい」と答える顧客ばかりではありません。

むしろ一般の利用者であれば、「暗い場所でもきれいに撮りたい」「ズームしてもブレないでほしい」「夜でも失敗せずに撮影したい」といった言葉で要求を表現するでしょう。

サプライチェーン全体を見据えて顧客課題を調査する必要性を示したイメージ図

つまり、技術者が扱っている性能指標と、顧客が感じている価値は別の言葉で表現されています。この二つをつなぐことが、技術の棚卸しでは非常に重要になります。

要素技術を「顧客価値」に翻訳する

技術はいくらでも細かく分解できます。そのため、「どこまで棚卸しするのか」という問いに対する一つの答えは、「顧客価値と結び付けられるところまで整理する」ということです。

先ほどのレンズで考えてみましょう。レンズにはF値、焦点距離、倍率、解像度、収差、透過率など、さまざまな性能指標があります。しかし、写真や光学に詳しくない顧客にとって、これらの数値そのものが価値とは限りません。

例えば、F値の小さい明るいレンズを実現できることによって、
「暗い場所でもきれいに撮影できる」
「室内でもフラッシュを使わず撮影できる」
「動いている被写体でもブレにくい」
といった顧客価値が生まれます。

ここで重要なのは、「F2.0のプラスチックレンズを高精度で量産できる」といった技術表現だけで棚卸しを終わらせないことです。

例えば、
「高精度プラスチックレンズ成形技術」
  →「明るいレンズを低コストで量産できる」
   →「暗い環境でも鮮明な画像を撮影できる」
というように、技術から機能、機能から顧客価値へ翻訳していきます。

この変換ができると、技術の使い道を考えやすくなります。「高精度プラスチックレンズ成形技術をどこに使えるか」と考えるよりも、「暗い場所でも鮮明な画像を撮影できる技術が必要な市場はどこか」と考えたほうが、アプリケーションをはるかに広く探索できるからです。

例えば、防犯カメラ、車載カメラ、ドローン、医療機器、ロボット、工場監視、スマートグラスなどが候補として浮かんでくる可能性があります。技術の棚卸しをテーマ創出につなげるためには、「この技術がある」という技術一覧ではなく、「この技術によって何を実現できるのか」という顧客価値まで文章化しておくことも可能です。

顧客価値を基準に競争力を評価する

顧客価値まで整理できたら、次に競争力を評価します。例えば、自社が「暗い場所でも鮮明な画像を撮影できる小型レンズを、プラスチックで大量生産できる」としましょう。

ここで確認すべきなのは、その技術を自社だけが持っているのか、競合他社も同じことができるのかという点です。競争力を評価する際には、例えば、

・他社でも同等性能を実現できるのか
・自社はどの性能で優れているのか
・コストや量産性に差があるのか
・品質のばらつきに違いがあるのか
・ノウハウによる参入障壁があるのか
・特許によって保護されているのか

といった点を整理します。ここでは、単純に「この技術を持っている」「持っていない」と評価するだけでは不十分です。重要なのは、「どの顧客価値について競争優位性を持っているのか」を把握することです。技術、実現できる機能、顧客価値、競争力を一つの表に整理すると、自社の強みが見えやすくなります。

例えば、

「高精度プラスチック成形技術」
→「明るい小型レンズを大量生産できる」
→「暗所でも鮮明な画像を撮影できる」
→「競合より30%低コストで量産できる」

という形です。ここまで整理すると、技術の棚卸しが単なる技術リストではなく、事業テーマを探索するための材料になります。

アプリケーションを探索する

次に、「その顧客価値を必要としているのは誰か」という視点からアプリケーションを探索します。ここでは、現在の顧客や現在の市場だけを見ないことが重要です。

例えば、「暗い場所でも鮮明な画像を撮影できる」という価値を起点にすると、デジタルカメラだけでなく、夜間監視、車載センシング、物流ロボット、ドローン、医療、工場設備監視など、さまざまな用途が考えられます。さらに、「小型」「軽量」「低コスト」「大量生産可能」といった別の価値を掛け合わせれば、対象市場はさらに広がります。

つまり、技術 → 機能 → 顧客価値 → アプリケーションという順番で考えることで、技術から新しい用途を探索することができます。これが技術の棚卸しをテーマ創出につなげる基本的な流れです。

成長市場と照らし合わせる

最後に、洗い出した顧客価値やアプリケーション候補を、今後成長すると考えられる市場と照らし合わせます。例えば、ロボット、モビリティ、医療機器、AR・VR、スマートグラス、ドローン、IoT、ファクトリーオートメーションなど、今後市場拡大が期待される領域を調査します。

そして、それぞれの市場で必要になる技術や顧客価値を整理し、自社の保有技術とのマッチングを行います。

例えば、「夜間でも画像認識できる必要がある」「装置を小型化する必要がある」「大量生産しても価格を抑える必要がある」というニーズがある市場に対して、自社が持つレンズ技術がどの程度適合するのかを確認します。

マッチングの可能性が見えた市場については、さらに詳しく調査します。具体的には、

・自社技術は顧客要求にどの程度適合するのか
・現在の技術では何が足りないのか
・不足技術を開発することは可能なのか
・競合企業はどこか
・誰が顧客になるのか
・市場規模や成長性はどうか
・顧客は現在どのような代替手段を使っているのか

といった項目を調べていきます。ここで「不足している技術」が見つかれば、それ自体が研究開発テーマになります。例えば、自社のプラスチックレンズ技術がスマートグラス市場に適用できそうだが、「薄型化すると歪みが大きくなる」という問題が分かったとします。そうすると、「スマートグラス向け超薄型プラスチックレンズの低歪み成形技術」といった具体的な研究開発テーマが浮かび上がります。

製品を要素技術に分解し、その技術によって実現できる機能を整理し、それを顧客価値に翻訳する。さらに、その顧客価値を必要とするアプリケーションや成長市場を探索し、自社技術とのギャップを明らかにする。この一連の流れを通じて、初めて技術の棚卸しが新しい研究開発テーマの創出につながっていきます。

業界動向を予想したテーマ出し・技術マーケティングの事例

研究開発テーマを考える際には、自社技術だけを見るのではなく、その技術を使う顧客の業界が今後どのように変化するのかを予想することが重要です。顧客業界で新しい製品が普及する、製造方法が変わる、品質要求が厳しくなる、標準規格が整備されるといった変化が起これば、当然ながら必要とされる技術も変わります。

また、予想が常に当たるわけではありません。技術シーズを市場にだしてマーケティングを行い、用途開発を行うことにより、リスクを下げつつ事業化の果実を得るマネジメントが必要不可欠です。

この考え方を理解するうえで参考になるのが、林原のトレハロースと、三菱化学のAZO色素の事例です。

両者に共通しているのは、単に「優れた素材を開発した」という話ではないことです。その素材がどのように使われ、顧客の業界でどのような価値を生み、どのような形で市場が形成されるのかまで考えながら、研究開発や事業開発を進めています。

林原のトレハロースのケース

林原は、トレハロースを低コストで量産する技術を実用化した企業としてよく知られています。

しかし、この事例で重要なのは、トレハロースという素材そのものを開発して終わらなかったことです。食品をはじめとするさまざまな用途について研究を行い、トレハロースをどのように利用すれば顧客に価値を提供できるのかを徹底的に検討しました。

新しい素材を開発しても、顧客が「どう使えばよいのか」を理解していなければ市場は広がりません。例えば食品メーカーに対して、「トレハロースを販売します」と説明するだけでは不十分です。どの商品に、どの程度加えると、食感、保存性、品質などがどのように変化するのかまで示せなければ、顧客は簡単には採用できません。

そこで林原は、食品メーカーや製菓事業者などと連携しながら、トレハロースの具体的な使い方を開発していきました。

つまり研究テーマは、「トレハロースそのものの性能を高める」だけではありません。
「菓子に使用したときにどのような効果があるか」
「食品の品質保持にどのように利用できるか」
「どのような配合や製造条件で効果を発揮するか」
といった、顧客の商品開発に近いところまでテーマが広がっていきます。

これは、「素材開発」から「アプリケーション開発」へ研究開発の対象を広げた例と考えることができます。

さらに、新しい素材の普及では知的財産も重要になります。

自社が素材の製造技術を持っていても、その素材の主要な用途について他社が特許を持っていれば、顧客は採用に慎重になります。逆に、ユーザー側から見ても、「この材料を使った製品を販売して本当に問題ないのか」という不安が生じます。

そのため、材料メーカーにとっては、製造技術だけでなく、用途特許や周辺特許を含めた知的財産環境を整備することも市場形成の一部になります。

この事例から分かるのは、「優れた材料を作る」というテーマだけでは事業にならないということです。

顧客が実際に利用できるところまで用途を開発し、必要であればレシピや製造方法まで踏み込み、さらに知財面の障害を取り除いていく。そこまでを一連のテーマとして考える必要があります。

つまり、「素材を開発する」ではなく、「素材が使われる市場をつくる」ところまで研究開発テーマを広げて考えることが重要なのです。

三菱化学のAZO色素のケース

三菱化学のAZO色素も、技術と事業戦略を一体として考えた事例として知られています。

この事例で興味深いのは、単に将来の業界動向を「予測した」というよりも、自社に有利な事業環境が成立するように複数の活動を組み合わせた点です。

AZO色素は、記録型DVDなどの光ディスクに使用される色素で、記録性能や品質を左右する重要な材料でした。しかし、ここで重要なのは、「高性能な色素を作れば売れる」と単純に考えなかったことです。

BtoB市場では、性能が高いというだけでは採用されるとは限りません。顧客にとって、その性能が本当に必要なのか、その材料を使うことで製造上のメリットが得られるのか、最終製品の規格や品質要求に適合するのか、といった条件が重要になります。

特に記録メディアのように標準規格が重要な業界では、「どの品質を満たさなければならないか」が決まると、必要となる材料や製造技術もある程度決まってきます。そこで、色素そのものの研究開発だけではなく、DVDの製造技術、評価技術、標準化など、周辺領域まで含めた取り組みが重要になります。

例えば、将来DVD市場が拡大すると考えた場合、「高性能な記録色素を開発する」というテーマだけでなく、「その色素を使って安定的にDVDを製造する技術」「ディスク品質を評価する方法」「一定以上の品質を市場全体で求める標準」といったテーマも同時に考えることができます。

ここでは、研究開発テーマと事業戦略が表裏一体になっています。もし将来のDVD産業を「材料メーカーが色素を供給し、多数のメーカーがディスクを大量生産する産業になる」と想定するのであれば、材料の研究だけをしていては不十分です。

顧客が安定して製造できる条件を整え、一定の品質水準が市場で要求され、その品質を実現するために自社材料が有力な選択肢になるという状況まで考える必要があります。つまり、三菱化学の事例から学ぶべきなのは、「未来を当てること」だけではありません。

将来の市場構造を仮定し、「どのような製品が普及するのか」「誰が製造するのか」「どのような品質が要求されるのか」「どのような標準が必要になるのか」「その中で自社技術はどこを押さえるのか」というビジネスシナリオを描き、そのシナリオを実現するために必要なテーマを逆算している点です。

業界の未来から研究開発テーマを逆算する

この二つの事例を見ると、研究開発テーマは必ずしも「技術の延長線上」から考える必要はないことが分かります。むしろ、「顧客業界が将来どうなっているか」を先に考え、そこから必要になる技術を逆算する方法があります。例えば、ある材料メーカーが自動車業界を顧客としているのであれば、「自社材料の性能をどう向上させるか」だけを考えるのではなく、10年後の自動車がどのようになっているのかを考えます。

電動化が進むのであれば、軽量化、熱マネジメント、絶縁、電池安全性などが重要になるかもしれません。自動運転が進めば、センサ、通信、電子部品、車載コンピュータなどに必要とされる材料が変化する可能性があります。

すると、業界の変化→ 顧客製品の変化→ 顧客が直面する新しい課題→ 必要となる機能→ 必要となる技術→ 自社が取り組む研究開発テーマ という順序でテーマを考えることができます。さらに一歩進めれば、「将来こうなるだろう」と予想するだけでなく、「自社にとって望ましい市場を成立させるために何が必要か」と考えることもできます。

そこからは、材料開発だけでなく、用途開発、生産技術、評価方法、標準化、知的財産、顧客との共同開発といったテーマが出てきます。技術テーマというと、どうしても性能向上や新材料開発といった技術そのものに目が向きがちです。

しかし実際には、「その技術が使われる仕組みをどう作るか」まで視野を広げることで、研究開発テーマの選択肢は大きく広がります。

林原のトレハロースと三菱化学のAZO色素は、そのことを示す分かりやすい事例です。

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