本記事は、株式会社如水(高収益技術・知財経営コンサルティング)による、IPランドスケープの解説記事です。
IPランドスケープとはどんなもので、なぜ必要なのか?また、IPランドスケープを主体的に推進していくのは誰なのか?具体的な推進方法などについて、当社の経験を元に解説します。
IPランドスケープの定義:IPランドスケープとは何か?
IPランドスケープ(Intellectual Property Landscape:知的財産の地勢的俯瞰)は、近年頻繁に取り沙汰されるようになった、いわゆる『バズワード』であり、全世界で統一的な定義が為されているわけではありません。
2017年に特許庁が公表した『知財人材スキル標準(※1)』において、IPランドスケープは「自社、競合他社、市場の研究開発、経営戦略等の動向及び個別特許等の技術情報を含み、自社の市場ポジションについて現状の俯瞰・将来の展望等を示すものである」と定義されました。
単に知財を調べるだけが「IPランドスケープ」ではない、ということです。
一方、海外で IP Landscape というと、単なる知財状況の把握、という意味しかありません。日本の「IPランドスケープ」に近い意味合いの言葉としては、Patent Landscape が用いられます。
当社では、よりシンプルに、IPランドスケープを「競争優位を作るために知財情報を有効活用すること」と定義しました。
ここで言う「競争優位」とは「他社と比べて優れている」という意味ではありません。
マイケル・ポーターは『競争と戦略(※2)』の中で「競争とは、他社と異なる道筋を選ぶこと」と言っています。また、競争優位が発生する原因は「企業が行なう活動が他と異なるためだ」と述べました。
つまり、競争とは、自社が狙う業界の中で独自のポジションを得るための活動を意味します。
これを元に、当社が定めたIPランドスケープの定義を噛み砕くと、「独自のポジションを確立する戦略策定のために、自社の強みや他社の弱みを知財情報から明らかにすること」だと言えるでしょう。
※1:知財人材スキル標準(version 2.0)特許庁(https://www.jpo.go.jp/support/general/chizai_skill_ver_2_0.html)
※2:ジョアン・マグレッタ著 「マイケル・ポーターの競争戦略」早川書房
IPランドスケープ推進の背景と目的:なぜ重要なのか?
IPランドスケープの重要性が認識されたのは、海外企業の事業成功事例に、「知財情報の活用による戦略策定(つまり、IPランドスケープ)」が大きな役割を果たしていることが分かったためです。
知財活用により、独自のポジションを得た好例は、ダイソンです。ダイソンと言えば「吸引力の変わらない、ただひとつの掃除機」というキャッチコピーが有名になりました。今となっては「ただひとつ」ではないかもしれません。しかし、発売当初は間違いなく「ただひとつ」でした。
ダイソンは徹底的な知財調査から、「価格」や「吸引力」、「耐久性」以外の価値を見出しました。それが「吸引力の安定性」です。各メーカーが全く触れていない新たな価値基準を作り出したからこそ、他のメーカーより高額な掃除機を販売することができ、高い収益を上げることができました。
ダイソンでは、技術者・知財部・経営者で知財情報を共有し、経営戦略や技術戦略に活かす取り組みを実施していました。国内でもこうした動きを活発化していくため、国が企業の知財活用を積極的に支援しています。
当然ながら、知財情報の活用が重要であることは(程度の差はあるものの)国内の多くの企業でも周知されています。知財を有効活用している企業では昔から、こうした活動を行っていました。キャノンでは、「攻めの知財」を行っていることで有名です。
しかし、知財を上手く活用できない企業も存在します。その原因は、IPランドスケープの「具体的取り組み」、「目指すゴール」、「主体として活動する人」が明確になっていないためでしょう。以下では、それらについて詳しく解説していきます。
IPランドスケープの具体的内容:誰が、何をするのか?
IPランドスケープに関わるのは、以下の3者です。
・技術者:自社技術について知識を持つ
・経営者:企業の財務状況に関する知識や大きなビジョンを持つ
・知財部:特許情報を持つ
IPランドスケープは、この3者が相互に情報を共有しつつ、進めていかなければなりません。
IPランドスケープを1つの人格と見なすならば、その『体』は知財部ですが、『頭』となるのは技術者や経営者であると、当社は考えています。どういうことかというと、実際に手を動かして知財調査を行うのは知財部ですが、知財調査の方針は技術者や経営者が示すべきだということです。
技術者がテーマ創出を行ったり、経営者が戦略策定をしたりする際、そのサポートとして知財情報を示すことが、IPランドスケープにおける知財部の役割になります。意思決定の主体は、あくまで技術者や経営者であるべきです。
一点注意して頂きたいのですが、知財部が主導してIPランドスケープの方針を示すような場合もあります。本稿で提示する「IPランドスケープの考え方」は、当社の経験を元にしたものであり、事業形態や業種によっては知財部が主導するIPランドスケープもあり得る、ということをご承知おきください。
以下に当社が提示するIPランドスケープを図にしました。
重要なことは、IPランドスケープの起点が、技術者や経営者にある、ということです。
一方で、知財部がすべきことは次の2点となります。
・テーマ企画、戦略策定に必要な知財情報を技術者 or 経営者に求められた際に、すぐに提示できる体制の構築
・IPランドスケープの有用性についての宣伝
知財部は求められて動き出す立場です。しかし、常に受け身で仕事を待つのではなく、自分たちがどんなことに役立つのか、何ができるのか、を発信し続けることが求められます。
IPランドスケープ推進方法:どうやって進めるのか?
IPランドスケープにおける知財部の役割については、知財部を「飲食店」に例えることで理解が容易になります。
つまり、先に述べたことを言い換えると、飲食店(知財部)のすべきことは以下の2つです。
・注文(知財調査要求)を受けた際に、すぐに商品(調査結果)を出すためのシステム構築
・自社(知財情報の価値)の宣伝
この2つを、どのように進めていけば良いのか、について以下で解説します。
メニュー作成
普通の飲食店にあって、たいていの知財部にないもの、それは「メニュー」です。
飲食店に立ち寄ってメニューがなければ、利用者は困ってしまいます。それと全く同じ状況が、知財調査メニューのない企業において、技術者や経営者が置かれている状況です。ただし、技術者や経営者はメニューがないことが当然だと思っているため、店にクレームは付けません。そのお店から離れていくのみです。
知財部の仕事は外部からは見えません。まずは、その仕事を可視化し、技術者や経営者に何が提供できるのかを示すべきです。
作成するメニューは可能な限りシンプルなもので構いません。時間は掛からないはずですし、必ず効果を上げられるものなので、未だ導入していない企業には、是非、導入を検討して頂きたいと思います。
マニュアル化
均質で、属人性のない商品の提供は商売の基本です。マクドナルドを訪れる客は、商品の味も、提供されるまでの時間もおおよそ分かっています。知財調査においても、調査要求を出したら「どのくらいの期間」で、「どの程度の情報」が得られるのかは事前に知っておきたいものです。
戦略策定に必要な情報がいつも同じレベルで提供できるようにするためには、「マニュアル」が効果的に機能します。
競合調査、顧客ニーズの調査、最新技術動向調査など、各メニューに応じたマニュアルを用意しましょう。
需要の喚起
顧客は、何を売ってくれるのか分からずにお店に立ち寄ることは稀です。IPランドスケープにおいても、意思決定の主体である技術者や経営者が知財情報を活用したくなるようにすべきでしょう。
ハンバーガーやお寿司、ステーキ、焼肉と違い、知財情報は美味しいか美味しくないかが分かりにくくなっています。
知財部が提供するサービスをはっきりと示し、どんな効果があるのか、何に役立つのかを宣伝しましょう。知財情報を活用したいと思わせることも知財部の仕事に組み込むべきです。
応用:競争優位性のある意思決定支援のための知財部育成
知財部は、提供するサービスの宣伝をすべきですが、それが押し売りになってはいけません。
技術者にとって、技術を良く知らない外野から投げかけられる無責任なアドバイスほど、気分を害するものはありません。部外者は黙っていろ、と思うはずです。
だからこそ、IPランドスケープの主体はあくまで技術者や経営者でなければなりません。部外者から特許情報を元に方針を示されても、説得力など全くないからです。
同様に、経営者に知財情報を活用してもらうためには、経営者と同じように広い視野を持って知財情報をまとめる必要がありますし、それは難易度の高い提案でしょう。
競争優位を作り出す知財部として、ゆくゆくは気の利いた提案ができることが望ましい状態です。
しかし、そのためには技術者や経営者が何を求めているのかを読み取れなければなりません。これには多くの経験が必要です。継続的な人材の育成を心がけましょう。
まとめ
本記事では、IPランドスケープとは何なのか?どうやって推進していくのか?について解説しました。
本記事は主に知財部の視点から、知財部のすべきことを解説しましたので、技術者や経営者が「知財部をどう使えばいいのか」という内容が十分ではありません。
他にも、「IPランドスケープ」と「知財戦略」は何が違うのか、ということに関しても、ここでは詳細を省いています。
以上のような内容について、より具体的な方法は以下リンクで詳しく解説します。ご参照ください。
◇知財戦略とは何か?
◇知財の限界:価値を生み出すのは技術であって、知財ではない
・実践的な技術戦略の立て方その⑪ IPランドスケープで何か見えると思っていないか?
・知財力が低いのではない、技術力が低いのだ【技術企業の高収益化#110】
◇技術者・経営者は知財をどのように捉えればよいか?