ここ数ヶ月新規事業に関することを書いてきましたが、今月のコラムでは既存事業の収益性に焦点を当てます。新規事業の投資原資は既存事業だからです。この既存事業の収益が上がってこないと、十分に投資ができない。そうなると新規事業も出来ません。
なぜ既存事業の収益が上がらないのか?それはひとえに差異化できていないビジネスによるものです。差異化出来ていないビジネスは収益を産まない。失われた30年。アドバンテージがあると油断し改革を怠ったツケが今一気に噴出しているのを感じる読者は多いのではないでしょうか?
そこで今月ご登場いただくのは、足元の面白くないテーマを一気に変更したCTOのAさんです。既にテーマとして立ち上がったものは組織としての慣性(反対・反発)が働くもの。それを強権でねじ伏せて先に進もうとするCTO・Aさんの行動とは?
A社での物語に入る前に一般動向について確認しておきましょう。国内においては少子高齢化、グローバルでは脱炭素、EV化、インダストリー4.0などの大きなトレンドがあります。このようなトレンドに対してきちんと対応できていれば追い風になりますが、向かい風と感じている会社も多いと思います。
長年の先送り主義が招いた収益性の低下は少子高齢化のような徐々に起こる変化では露呈しづらいものですが、コロナによるデジタル化は一気に起こりました。急速な環境変化で一気に弱点が露呈された会社も少なくないでしょう。
例えば、よく聞く話は「コロナで打ち合わせができなくなった」というもの。しかし、これは対策ができていない会社でのみ起こっているのであって、対策がきちんと出来ていた会社では「コロナで打ち合わせが増えた」になっているのをご存知でしたか?多くの会社がこのことに気づけていないのです。
A社では打ち合わせが増えた?減った?
A社は打ち合わせが減る方の会社でした。「昨今のコロナで顧客との打ち合わせができなくなった」というのはA社社員から異口同音に聞かれた言説でした。
そんなA社で何が起こっていたかといえば、コロナによる打ち合わせ機会の激減ということに留まりませんでした。それは、現状肯定的な意思決定の積み上げによる差異化軸の喪失だったのです。
A社は機械系のメーカーです。この業界では最近、インダストリー4.0というキーワードを聞かない日はありません。守秘義務の関係上詳しい話は書けないものの、A社でのインダストリー4.0とは、業務全体のデジタル化でした。
お察しの通り、コロナはデジタル化を加速させました。デジタル化の準備が出来ていた会社では業務が激増しました。一方でA社はといえば、準備が出来ていなかったために機会を大きく逸しそうになっていたのです。
それでCTOのAさんは大号令をかけました。「デジタル化に対応したテーマを提案せよ」というものでした。そもそもインダストリー4.0によるデジタル化はコロナ前からあったテーマ。そのため前倒しで提案をするように社内に発破をかけたのです。
「社内から上がってきたテーマはどんなものでしたか?」と私が聞くと、Aさんは残念そうに話されました。
「実は、デジタル化に対応したものでした」と。
デジタル化に対応できていれば良さそうなものを、その残念そうな様子から私は理解しました。
「単純なトレンドフォローだったのですね?」と私が聞くと、Aさんは頷いたのです。
そう、社内で提案されたのは顧客のデジタル化要望に単純に対応するテーマばかりだったのです。デジタル化に対応できて良いではないか、と思う読者の方もおられるかも知れませんが、私とAさんの認識はそうではありませんでした。
Aさんの認識とは?
どういうことかと言えば、「デジタル化」といういかにも今風なトレンドであったとしても、所詮は顧客要望への対応です。Aさんは「デジタル化」といかにも今風になっていることにごまかされてはいませんでした。
Aさんは物事を先送りしないタイプの経営者でした。ことなかれ主義の経営者であれば、「デジタル化」で満足していたでしょう。しかし、Aさんはそうではありませんでした。
「そうですか、それは早急にリニューアルが必要ですね。」と私が訊くと、
「そうです、その通りです。」と躊躇なくAさんは答えられました。
Aさんが間髪を入れずに答えられたことに私はややたじろぎました。躊躇なく答えることの意味は、それだけの覚悟をしていることの裏返しだと思ったからです。というのは、私が話した「リニューアル」の意味は、部下が提案してきたテーマの差し戻しを命じ、新しい軸での差異化を命じるだけでなく、納得いかなければそれを繰り返す、という意味も含まれているからです。
「デジタル化しているのだからそれで良いでしょう」とか「そんな時間がありません」という部下からの反発も想定しなければならないでしょう。それでもやり抜く、という気迫がAさんの返答にはこもっていました。
ただ、この時点でAさんが「リニューアル」に関して具体的な手法を持っていた訳ではありません。というのは、私とAさんの会話は今後のリニューアルの進め方の相談だったからです。
優秀な経営者というのはいい意味でこんなものだと思います。具体的な方法論はあとから付いてくる、と考えています。まずはやることを決め、徹底的にやり抜くことについて腹を括ります。重箱の隅をつついて先送りすることはしません。
おそらくA社での歴代経営者はAさんのような決断をしていなかっただろうと思います。先送りをしているからこそ、膿が溜まって破裂しそうになっていたからです。そんな時にAさんが着任した、という解釈もできます。
リニューアルプロジェクトは意外にも
その後しばらく、Aさんと私はリニューアルするための分析手順やチーム編成、必要期間やリソースについて協議しました。協議後、Aさんは少し落ち着いたようで話すスピードが緩やかになりました。
A社は規模が大きく技術者の人数が多い会社なので、テーマも多岐に渡っていました。決断力のあるAさんでも大所帯のA社での舵取りは難しかったでしょう。さらに、やることを先に決めて手法はあとで考える、というのは勇気が必要だったに違いありません。
とは言え、その後、Aさんの決断により大所帯が大きく動き始めました。私はコンサル(といってもファシリテーターですが)として、テーマごとのリニューアルを支援しました。
着手前は「現場での大きな抵抗に遭うのでは?タフな仕事になりそうだ」と思っていましたが、意外にも技術者が協力的だったのが印象的でした。Aさんの人選が良かったのでしょう、イヤイヤでやっているというよりも喜々として分析をしている技術者が多かったのです。
当然私の仕事もやりやすくて、思った以上のリニューアル成果を出していただきました。私の提示した分析手法はありふれたものでしたが、Aさんのハッキリとした要求や人選が良かったと思います。ハッキリとした差異化軸が提示されたテーマが多かったです。
迎えたテーマごとの報告会。オンラインでしたのでAさんの表情までは見えませんでしたが、声のトーンや発言内容からはある程度満足した様子が伺えました。「提案されたテーマの推進が期待される」と肯定されたのです。
大所帯のA社でのその後とは
もちろん完全に満足できる内容ではなかったでしょう。差異化の軸が見つかったに過ぎず、差異化が完了した訳ではないのですから。さらに、投資にはリスクがつきものです。
ただ、その報告会は非常に穏やかな雰囲気に包まれたように私には感じられました。道が見つかった晴れやかさ。モヤモヤが吹き飛んだように感じられ、そこに参加した多くの技術者の心が晴れ晴れしたものになったと思います。
「迷いなくこれを推進すべきだと思います」とは一つのテーマを担当したリーダー技術者の言葉でした。それくらいハッキリとした差異化軸が見つかったので、社内的な評価も高かったのでしょう。
A社では今後、既存事業の差異化による収益性の向上が期待されます。収益性が向上すれば新規事業もできます。A社では、新規事業への取り組みも加速するでしょう。
「次は新規事業ですね」会議終了後に私が声をかけると、Aさんはこの時も躊躇なく「そうですね、やっとその準備が整いました」と言われました。AさんはCTO、成長投資が本来の役割ですからその準備ができたことでしょう。
さて、コロナ禍になって1年半以上経過しました。その間止まっている会社もあるでしょうし、大きく前進したA社のような会社もあります。その原動力とったのは経営者の意思決定でした。
自らの意思決定があれば進められるのに重箱の隅をつついて意思決定しようとしない経営者と、Aさんのようにやると決め腹を括る経営者。どちらが成果を出すかは一目瞭然です。
新規事業に投資できる経営をするか、投資原資が出せないジリ貧経営になるか、既存事業にメスを入れるかにかかっています。抵抗勢力があるかも知れませんが、フタを開けてみないとわかりません。しかし、A社のように先送りしないで結果を出すことはできるのです。
あなたは先送りしないでやると腹を決められるでしょうか?それとも現状の延長を望みますか?
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