「ありかも、BYD!」と長澤まさみさんが語りかけると、色々な思いが交錯する。長澤まさみさんは、非常に好感度の高い方だ。その好感度の高い日本人俳優が中国製EVという、いわば「黒船」を宣伝している。日本に残された唯一の巨大輸出産業が自動車だというのは疑いようのない事実。車の購買を決めるのは大抵が男性。そこに、日本人の好感度女優が控えめに推してくる。
「ありかも」というのは控えめでセンスがある。今のBYDの日本市場における立ち位置を的確に表現している。多くの日本人消費者にとって、BYDは最初の選択肢ではない。しかし、筆者目線でBYDの車を比較すると、圧倒的にコスパが良い、と言える。内外装のクオリティは申し分なしで、EVなのでガチンコの対抗馬は日本車にはないものの、同等車よりも二割安という感じだ。
現在では「ありかも」という位置づけで試乗を促すしかないものの、興味本位のユーザーに試乗を促し、試乗体験さえしてもらえば、「ありかも」を大きく超えて、「コスパが素晴らしい」という印象を形成できる、とBYDは思っているだろう。
それで目を引く広告だ。商品を確認し良ければ買う人も多いだろう。しかし、買えば日本車の需要が一つ減り、日本の産業が勢いを失うことにも繋がりかねないという不安感。日経クロステックの読者ならば感じるに違いない。
こうしたBYDの大波、いや、やや一般化して中国自動車メーカーの大波の裏にはどのような経営者の深謀があるのだろうか?
中国メーカー、経営者の戦略とは?
メディアでは、中国EVメーカーには補助金があるとか、政府のバッテリー資源戦略があるとか言われるし、どれも間違ってはいないだろう。しかし、これらの外部要因を背景に自由に戦略を決められるのが企業経営だ。ここを経営者の発想の面から解剖したい。
筆者が思うに、経営者の発想は2つある。
第一は、最初は自社が勝てる領域を土俵にすることだ。中国メーカーは、自前主義ではなく、生産技術においても研究開発においても出来上がったものを購入する傾向が強いと思う(ターンキーソリューションを志向しがちだ)。結果、早くでき、大量生産の結果安くできる。EVは部品を購入して組み立てるだけなのでカンタン。戦略は明確。コストリーダーシップだ。この発想はイメージしやすいと思う。
第二は、表からは見えにくいが、経営者ならでは、の発想がある。それは、戦略の教科書等には載らないようなものなので戦略とは言えないのかも知れない。しかし、長期目線で企業経営する経営者ならば当たり前に発想することだ。
それは、「粘り勝ち」を狙うことだ。どういうことかと言えば、安売り競争をしていると、必ず脱落者が出てくる。脱落者が出てくれば競争が緩くなる。粘れば粘るほどに脱落者が増えて競争環境が緩み、いずれ儲かるようになるというものだ。
この「粘り勝ち」の論理は、日本では既視感がある。それは日本が成長していた頃だ。市場が成長期にある時は雨後の竹の子のように多くの企業が誕生し競争する。やがて成熟期になると統合や廃業などでプレイヤーが少なくなるのだが、価格勝負を挑んだ会社は生き残り、現在の成熟日本で大企業になっている、という訳だ。
成長市場が少ない日本では「貼り勝ち」を狙う会社は少なくなったと思うが、中国でのEV市場競争を日本から眺め、また日本の自動車市場を脅かされている状況を見れば、それらの会社経営者が「粘り勝ち」戦略をとっているな、と感じざるを得ない。
戦略の勝ち目をどのように計算しているのか?
こうした競争の渦中にある経営者は、その戦略で勝てるかどうかをどのように計算し、マネジメントをしているのか?その内実を知ることは競争にさらされている読者にとっても興味のあるところではないか。
経営者、特にオーナー経営者の視点は長期視点である。粘り勝ちでもなんでも、長期的に見て儲かることを志向するのだ。そのために最も勝ちやすい戦略を、彼らは歴史や他産業から学ぶ。そして、長期的に見て勝てる戦略を模倣しているのだ。
例を挙げよう。ユニクロは一昔前までは安売りの代名詞のようなブランドイメージだった(筆者は幼少期の頃からユニクロの服を買っているが、以前は購入後一週間でボタンが取れるなどしていた)。しかし、価格は安いままでユニクロの商品は徐々に良くなった。そうして多くのアパレルメーカーが駆逐された。そして現在、筆者はユニクロの服は値上がりしているように思う。同じように感じる読者も多いと思う。
何が起こったのか?品質が悪くても、安売りなら売れるのが市場だ。安売りすることで経営者が得ているのは生き残る機会なのだ。売れなければすぐに資金繰りが悪くなるが、売れていく限りカツカツでもお金は回る。ブランドイメージが多少下がってもお金が回っていれば商品の改良の機会が与えられる。改良により商品が良くなっても安く売り続けるとどうなるのか?目先の利益を優先して高く売ろうとする競合を駆逐できるのだ。
ユニクロのような事例は枚挙に暇がない。身近な例で言えば、ニトリもそう、IKEAもそうだ。こうした他産業や歴史的な事例に基づく長期的な視座を背景に、中国EVメーカーの経営者は戦略を実行しているのだ。
そうした戦略を実行する経営者にとって、R&Dのマネジメントはどのようなものか?それは、「カイゼン」である。奇をてらわずに技術を磨き、モデルチェンジの度に安く良いものを作れるようにする。競合に出し抜かれても(差異化されても)慌てない。次の改良で追いつき、勝てるような価格設定をすれば良いだけなのだから。
上記のように、BYD含めて中国EVメーカー経営者はコストリーダーシップで粘り勝ちを狙っており、今後も価格勝負を挑んでくると考えて間違いない。そうして多くのメーカーが淘汰されていくだろう。日本のメーカーとそのケイレツが淘汰される側に回るのも想像に難くない。
歴史は同じことを繰り返さないが、韻を踏むように同じようなことが繰り返される。経営者が歴史に学んでいることを知れば、驚くような事態ではないはずだ。このコラムでは経営者の発想とR&Dの要諦を解説していく。
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